第七部 南船公司

 次の目的地に向かうリムジンの中で、私たちは作戦会議を開いた。

「取締役会結果が即座に銀行にリークしたってどういうことかしら?」

「取締役の中に銀行と繋がっている奴がいるということか」

「だとしたら用意周到よね。私たち、すぐに出張準備して銀行に直行したのに、それよりも先に銀行に伝えるなんて」

 はぁ。ため息が出ちゃうわね。

「いずれにしても、なんとか乗り切れたんだから良しとしよう。終わったことよりもこれからのことに神経を集中させた方が良い。実は、この後行くところは危険地帯なんだ」

「え?どういう意味?」

「……このあと買収を仕掛ける相手は、宇宙戦争真っただ中の、超巨大異世界。アンドロメダ・ワールドなんだ」

 ふーん。あっそー……

「ええー!?」


「アンドロメダは無数の異世界群の中で最も科学が発展している異世界だ」

「噂は、知っているわ」


 アンドロメダ・ワールド。

 科学が発展しすぎて、複数勢力による宇宙戦争が激化している異世界だ。

「だから……買収交渉しにいくにしても、戦場を潜り抜けなければいけない。こんな危険な業務に、二人を連れていくわけにはいかないからな。だから、ここからはおれ一人で……」

「ちょっと待って」

 私は、ハルトの言葉を遮った。

「冗談言わないで。ヴァーゴの命運をかけたプロジェクトでしょう。戦場の一つや二つ、潜り抜けて見せるわ。私は行くわよ」

 まっすぐにハルトを睨みつける。

「私も、いざとなったらお手伝いできると思います。ハルトさん、一人じゃ無理ですよ」

 ユナもスカートをちらちらと揺すりながら賛同する。

「とにかく。一人で無茶するなんて言わないでよね。CFO命令よ」

 ハルトは、困りながら頭を掻いた。

「わかった。いや……ありがとう。ここから先は危険だが、確かにおれひとりでは難しいんだ。くれぐれも、無理しないということで、手伝ってくれるか?」

 私は無言で、右手をハルトの前に差し出した。

 ハルトも、無言でその上に手を重ねる。

 ユナも続いた。

 私たち、三人が命を懸ける冒険に出るための儀式は、これで十分だった。

   

「でも、次に向かう場所はアンドロメダではないですよね?」

 ユナが質問する。

「ああ。その前に、準備しに異世界アルゴ・ワールドへ向かう」

「何それ?どこだっけ?」

「全宇宙に武器や宇宙船を提供していた軍事異世界ね。確か巨大国家が壊滅して無政府状態になったような……」

「その通り。今は無法地帯になっている。異世界運営会社も撤収しているから密転生者の巣窟になってるんだ」

「……なんか、嫌な予感しかしないんだけど?」

「まあね。でも、戦時中のアンドロメダに入るには軍用艦が必要。民間人がそんなもの調達できる場所はここしか考えられないからね」

「戦艦を買うってこと?」

「まあ、正確にはレンタルするってことだね。ここからはスピード勝負になるから、高速戦艦を借りたいんだ」

 まじかー。まさか、私のような善良な民間人が、軍用戦艦に乗ることになるとは……


 アルゴワールドの中でも、界隈ではブクロと呼ばれている超危険地域に到着する。

 ユナはリムジンに乗って、ひとりで何やら買い出しに。元々国家一級メイドなので、このようなアングラな世界での買い出しも慣れているらしい。

 私はハルトに連れられて、軍艦をレンタルしてくれる業者のアジトに向かって歩き出した。

「アルゴ・ワールドは無法地帯だから、とにかく気を付けて」

 ハルトは相変わらず用心深い。

 でも、今回は素直に従って、全身をマントで隠すように覆う。これで、一見誰だかわからないだろう。

 荒れた砂漠の荒野。そこかしこに山積みにされている大きな中古船や武器。テントが無数に乱立していて、それぞれが違法中古販売をしている。その周りを、民間人や、軍服をきた傭兵や、どこかの政府のSPのような人物までが徘徊している。

 やがて、南船公司というアングラ武器商社のビルに入った。

「ここが目的地だ」

 そういうと、ハルトは店のブースに入る。どうやら使ったことがある店らしい。

「やあ。調子はどうだい?」

「……ハルトの旦那。久しぶりだね。まだ生きていたのか?」

「おかげさまでね」 

 どうやら店主もハルトを覚えていたらしい。

「今日は何しに来た?」

「借りたいものがあるんだ。高速戦艦。それも最新鋭の一番足が速いやつ」

「実績があるお前さん相手だ……いいよと言いたいところだが……」

 店主の顔が曇る。

「あいにく、さっき大金もらって三隻貸し出したところだ」

「なんだって?」

 私とハルトは目を見合わせた。いくらなんでもタイミングが良すぎる。

「それって……どこのどいつだ?」

「おっと顧客情報は漏らさねえ。わかっているだろ? 闇稼業の掟だよ」

「確かに……」

 でも、やっぱり……まるで、私たちがこれから戦艦が必要となる場所に行くことを知っていて先手を打って邪魔しに来ているようにも思えるような……

「……じゃあ、もう在庫はないってことか?」

「高速戦艦の在庫はない……が、高速巡洋艦ならなんとかできるぜ」

 店主がニヤッと笑う。戦艦? 巡洋艦? よくわかんないけど……ハルトは身を乗り出した。

「スペックを教えてくれ。速力と火力、防御力」

「速度は高速戦艦より若干遅い。火力は戦艦に比べたら10%あるかないか。防御力はほぼゼロだな。戦艦に比べれば巡洋艦は紙飛行機みたいなもんだ」

「でも小さいから、小回りは効くんだろ? 火力と防御力はどうしようもないけど、せめて、速力を戦艦より高くできないのか?」

「まあ、改造すればできるけどね」

「どんな改造?」

「武器に使うエネルギーを減らして、推進力に割り当てるんだ。当然、火力はさらに減るけどな」

「その改造は、そっちでお願いできるのか?」

「勘弁してくれ。それはお客様の自己責任だ。もちろん巡洋艦返却時は現状復帰してもらう」

 ハルトは少し考えた後、ユナに顔を向けた。

「ユナ。巡洋艦のパワーマネジメント回路の改造が必要だ。作業できそうか?」

 えー? そんな無茶振りはないでしょ?

 と思ったんだけどね……

「そうですね。電気回路図面をもらえれば対応は可能です」

「おお、さすがだな」

「はい、元国家一級メイドですので。正規軍の軍用艦メンテナンスも仕事の一つです」

 ……ちょっと待って?

 それもメイドの仕事なの?

 色々、おかしくない?

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