第五部 ヴァーゴ・ホールディングス

 私は、今、ヴァーゴ・ホールディングス本社の取締役会に出席している。

 次の買収は今まで以上に巨額になるので、その承認を取る必要があるからだ。

 これでも、一応CFOだからね。

「バリューチェーン上流、転生リクルート事業へ参入しようと思います」

 私は、セクスタンス買収のときにハルトが授けてくれたビジョンを役員たちに説明した。ヴァーゴの取締役たちは初耳だろう。みんなざわざわしている。

「転生リクルート事業に参入できれば、転生事業のバリューチェーンを上流から下流まで一環で繋ぐことができます。これは史上初のサービスです」

「……どのくらいの費用をかけるつもりなんだ?」

「概算で3兆カルマです」

「3兆?」

 おじさんたちのざわめきがさらに大きくなる。

 感情に任せて文句をいう役員がなんとも多い。

 そんな中、会議の面々を注意深く観察すると……


 ただ一人、憤怒するでもなく興奮するでもなく、3Dディスプレイの資料を真剣に眺めているものがいた。

(あれが取締役会長か、彼に標準を絞ってみようかしら)

 私は一か八か、話を振ってみた。

「会長は、どのようにお考えですか」

 私の言葉を聞いて、取締役達はざわつくのをやめて会長に視線を向ける。

 役員会議室は、一瞬で異常な静寂に包まれた。

「……」

 会長は資料から目を離さずに何かをチェックしている。

 数十秒の沈黙の後、やがてぼそりと口を開いた。

「まずは、具体的な戦略を聞いてみたらいいんじゃないかな。支出が大きい小さいという議論はその後でも良いだろう」

 やった。

 これで、具体的な戦略の是非を議論できる。

 私はほっとしてハルトを見る。ハルトは、面倒くさそうに苦笑いした。

(ハルト。お偉いさんへの説明は嫌いだと言っていたけど……具体的なところの説明は任せたわよ。信頼してるんだからね)

 私は視線で檄を飛ばした。

   

 取締役会が終わると、私たちは私の執務室に戻った。

「あ、メイさん、ハルトさん、おかえりなさい」

 迎えてくれたのは元国家一級メイドのユナだ。

 私の第一秘書のミサトさんが有給休暇からなかなか帰ってこないから、臨時秘書に来てもらっている。

「で、どうでしたか?どうでしたか?」

 ユナがそわそわして聞いてきた。

「50点ってところね」

「それは……よかったというべきですか?残念でしたというべきですか?」

 ユナは心配そうに私の表情を伺う。

「さすがに3兆カルマの支出は却下されちゃったわ。でも、上流企業を買収する方針は認めてもらえたから、良かった方かな」

 私はなるべく心配をかけすぎないように、笑顔で応えた。

 ユナも最悪な状況は脱したことを知り、少しだけほっとしたようだ。

「でね、すぐにでも出張に出るわ。いろいろと走り回らないといけなさそうだからね」

「わかりました。では、さっそく出張の準備しますね」

 そして、真顔で質問を続ける。

「ところで、今回もメイさんは新入社員として同行されるのですか?それともこっそり密航しますか?」

 ハルトはクスクスと苦笑いしている。

 さすがに恥ずかしい。顔、真っ赤になってないかしら。

「こ、今回はCFOとして出張するわ」

「わかりました」

 元メイドなので段取りはミサトさん以上にしっかりしている。

「今回は長期出張になるから。リムジンも用意してね」

「はい」

「それと、ユナも出張に同行して頂戴ね」

「え?よろしいのですか?」

「ユナにはもう二度も助けられてるから実力はよく知ってるわ。今回も、力になってほしいの」

「……は、はい!」

 ユナの笑顔は今まで見た中で一番明るく思えた。

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