第四部 ケンタウリSA

 ケンタウリは、科学力と魔法技術の融合に成功した大人気異世界。

 そこを統括している異世界事業会社『ケンタウリSA』を買収したい。


 おれは、急いで出張準備を進めていた。

 ヴァーゴとセクスタンスが力を合わせればケンタウリSAを買収することができる。それができれば、前人未到の事業完成系への進化に王手をかけられる。

 しかし、ヘルクレスに気付かれ邪魔されたら大変だ。今回は時間勝負となる。

「ハルト。まさか、一人で行く気じゃないでしょうね?」

 ……やはり絡んできたか。

 メイだ。本来であればCFOなんだから執務室でふんぞり返っているべきなのだが……

「もちろん、私も行くわよ。一人で行くなんて許さないわ」

「……連れていくわけないだろう」

「なんでよ。私、CFOよ。CFO命令よ」

「おれは子会社の社員だ。親会社のCFOから直接命令受ける義理はないね」

「なによ、屁理屈バカハルト。私たち恋人でしょ。一緒じゃなくて寂しくないの?」

 それはそうだけど……

「危険なんだよ。前回だって勝手にリムジンに密航して命の危険にさらされただろ?」

「そ、そうかしら? 危険なんてあったっけ?」

「傭兵軍団呼び寄せて砲撃受けるわ、包囲されて銃撃浴びるわ……危険極まりなかっただろ」

「私が呼んだわけじゃないわ。勝手に来ちゃったの」

 だめだこりゃ。はっきり言わなきゃわからないんだろうな。

「君はトラブルメーカーなんだ。だから、お留守番してなさい」

 それを聞いて、メイは完全に思考が停止したようだ。おそらく、今頃彼女の頭の中では、

 トラブルメーカー……

 トラブルメーカー……

 トラブルメーカー……

 とリフレインしていることだろう。まあ、事実なんだから仕方がない。

「わかったわよ……でも、一人ではいかないこと」

「そんなこと言ったって、誰を連れていけばいいんだ?ユナがいれば心強いが……」

 国家一級メイド資格を持つユナなら戦力になるのだが、今は別部門に配属されている。

「人選は私が決める。絶対に誰か一人、同行させるからね」

「……マジかよ」

「CFO命令です」

 メイのほっぺたが大きく膨らんでいる。これは、絶対に引かないという意思表示だろう。

 しかたがない。CFOであるメイを危険に巻き込まなくて済むならそれでいい。

 ……そう考えて承諾したおれが、甘かった……

   

 出張用の荷物を四次元バンのトランクに詰める。そして、運転席に乗り込もうとしたとき。メイが見送りにやってきた。

「あのね、ハルト。今回の件を通じて、あなたに新人の現場実習をお願いしたいの」

「新人実習? 勘弁してくれよ」

「だめ。これは命令よ」

 メイが一枚の辞令を広げて見せてきた。


『辞令:新入社員メイをハルトチームの新入社員実習に任命する』


「ちょ、ちょ、ちょっと待てーい」

 流石に慌てるおれ。

「この実地研修の新入社員メイって……君じゃないだろうな?」

「もちろん私ですけど、何か?」

 メイは素知らぬ顔でしらばっくれる。

「もちろんって……君はCFOだろ?」

「あら。私、新入社員の身分も持っているわよ」

 ぐっ……そういえば。最初に会ったとき、メイは身分を偽装し新入社員の肩書を取得していた。あの時の人事データは今でも生きているということか。

「ほら、ココ見て?」

 彼女が指さした場所にはセクスタンスの新社長のサインがあった。

「わかった?今の私はCFOじゃなくて新入社員のメイ。しっかり指導してね?」

 メイの勝ち誇った笑顔……くやしいが、おれの完敗だった。

   

 四次元ワープ中のバンの助手席に座り鼻歌を歌いながら異世界ケンタウリワールドのガイドブックを読むメイ。

「結構遠いわよね」

「そうだな。四次元ワープも飽きてきたな。こんなとき五次元ワープができればあっという間なのにな」

「私の秘書が五次元バイク乗っているわよ。有給休暇に持って行っちゃったけどね」

「……え?」

「え?」

「ちょっと待って。五次元ワープができる機体なんて、一部の軍用小型戦闘機くらいじゃないか。高速戦艦ですら搭載していない最新技術だぞ?」

「うーん。よく分かんないけど、どこかの親切なお偉いさんが譲ってくれたとか言っていたわ」

 ……たしか裏工作が得意な秘書と聞いた気がするが……一体どんなコネクションを持っている人なんだろう?

「そんなことより、現地の勢力関係のおさらいしておきましょう」

「あ、ああ。そうだな」

 五次元バイクに心を奪われたが、秘書の私物に思いをはせていても仕方がない。おれは気を取り直してメイが読んでいるガイドラインに目を向けた。

「ケンタウリワールドではね。魔法少女戦隊リギルという勢力がこの異世界を守っているんだって」

「大人気転生先である理由のひとつだね」

「そして、悪の軍団トリマン。超悪い奴がいるみたい」

「魔法少女の敵ってわけか」

「で、最後に……」

 メイは一段と目を輝かせた。

「リギルを陰で支える謎の美青年軍団プロキシマ」

「美青年軍団?なんじゃそりゃ」

「なんか、かっこよくない?」

「……まあ、少女漫画に出てきそうな展開だな」

「でしょ。ねえ、お願いがあるんだけど……」

 メイはおれの目をじっと見つめる。嫌な予感しかしない。

「ハルト、プロキシマ軍団に入ってよ」

 ……ほらきた。

「絶対嫌だ!」


 四次元からワープアウトした四次元バン。運転席の窓に、二つの明るい恒星が映し出される。

「実は三重連星らしいよ。もう一つはちょっと遠くて暗いから見えないけどね」

「三重連星?三つ巴ってことね。まさにケンタウリワールドの勢力図を見ているみたい」

 やがて、四次元バンは、この星系の一つの惑星に近づく。バンの進行方向が惑星の地平線に向かう。やがて、四次元バンは惑星の大気の断熱圧縮を受け、真っ白な眩しい炎と激しい揺れに包まれ、大気圏へと突入していった。

   

 大気圏突入が完了すると、視界が開けてきた。それにしても……

「蒼い海。白い雲。その彼方に近代的な都市。かなり発展しているわね」

 メイが目の前の光景に目を奪われている。

 前回訪れたサンワールドの地球とかなり近い場所にある異世界だからか、雰囲気も似ていてそれなりに科学が発展した異世界の街並みだ。

 違いがあるとすれば、やはり魔法の文化も備えている点だろう。科学と魔法の両立ができている異世界はかなり珍しい。

 地表が近づくにつれて、街並みがくっきりと見えてくる。高層ビルが立ち並ぶ。電波塔がそびえ立つ。海や川には大きなつり橋が幾重にも渡っている。地表では電車や電気自動車が走り回る。上空には飛行機が飛び交う。

「ねえ、で、どこに向かうの?」

「ああ。この異世界の運営を担っているケンタウリSAの本社に向かう」

「それってどこかしら?あの高層ビル?それとも、こっちの大庭園?もしかして、あそこの王宮かしら?」

 メイは勝手に妄想を始めている。

 でも……なんというか。ナビが示しているのは、なぜか高層ビル街から若干離れた郊外。面積は約40坪。二階建ての戸建て。駐車場は一つ。

「……えっと、ここがケンタウリSAの本社……なんてことはないわよね?」

 メイが呟く。

 まあ、気持ちはわからなくもない。これって、ふつうの一軒家じゃん?


 四次元バンを駐車場に停め、次元迷彩を施すと、おれたちは一軒家の玄関の前に立った。

 扉の横に、ボタンがついている。

「これを押せってことよね?」

 メイがそのボタンに手を伸ばした。

「ま、まて。それは罠かも……」

 言い終わる前にメイはそのボタンを押してしまった。怪しい電子音が鳴り響く。

『ピンポーン』

 おれは瞬間的にメイを引き寄せた。

 これは攻撃の合図か?

 いや……アクティブソナーかもしれない。おれはメイを自分の体でかばいつつ周りの状況を伺った。

 突如、押したボタン付近から声が聞こえた。

『はいはいはーい、ちょっとお待ちくださいね』

 そして、目の前の扉が、ガラガっと横に開く。

 ミディアムヘアのお淑やかな女性が顔を出した。


「こんな普通の家が本社だなんて驚いたでしょう。ちょっと前までもう少し都心のマンションだったんですけど、最近引っ越してきたんですよ」

 応接室に招かれたおれたち……今まで見たことがない設備で埋め尽くされていた。

「あ、それ、こたつっていうんです。暖かいですよ」

 その女性は明るい声で、そこに入るように促す。視線を横に向けるとメイは既にどっぷりとこたつに入りほくほくしていた。

「これ、みかんっていうんですね。美味しいです~」

「でしょ。こたつにみかんは外せないんです」

 なぜかすでに打ち解けている感。

「ハルト。ぼーっとしてないで、早く座りなさい」

「あ、ああ。わかったよ」

 こうして、おれもこたつに吸い込まれてしまった……しかしなんだろう。これめちゃくちゃ暖かい。

「改めまして。私はケンタウリSAの代表を務めています、ナミです」

 今回の交渉相手の中でも最重要人物。ケンタウリSAの創始者兼CEOのナミ。

 簡単には接触できない謎の女性としてベールに隠されていたが、ついに、彼女との接触を実現できた瞬間だった。

   

「ヴァーゴさんにはいつもお世話になっています。素敵な転生候補者さんを紹介してくださるので助かっています」

 ナミは紅茶を準備しながらお礼を言う。

「いえいえ、こちらこそ。ケンタウリさんは大事なトップパートナーのうちの一社です」

「それは嬉しいお言葉です。で、今日のご用は?」

 おれはごくりとつばを飲み込む。

「ナミさん。あなたほどのお方であれば、すでに状況を把握されていると思いますので、あえて直球で申し上げます」

 おれは彼女に向かって、目線を逸らすことなく口火を切った。おれの長年のエージェントとしての勘だが……彼女に対しては、化かし合いは効かない気がする。

「御社を買収したい。ヴァーゴは高級路線を追求するマッチング企業です。すでに取引関係もありますし、御社の路線と相性も良いはず。シナジーも追求できると考えています」

 ナミは優しく頷く。

「あらまあ。でも、想像はできます。確かに相性いいでしょうね。で、買収後はどうするのかしら」

「その後は、転生リクルート企業を巻き込もうと考えています」

「あらまあ」

 ナミは驚いたような声をあげた。でも、その表情から本当に驚いているのかは読み取れない。

「そのために、ケンタウリSAを買収する必要があるということかしら」

「はい。詳しくはまだ申し上げられませんが」

「なるほど。よくわかったわ」

 ナミは紅茶のおかわりを注ぎながら答えた。

「でも、私たちにとっては、今はケンタウリSA自身の課題解決が最優先です」

 ケンタウリSA自身の課題? 人気も高いし、どんな課題があるのだろうか。

「課題とは?」

「リギル、プロキシマとトリマンのパワーバランスが崩れ始めています」

「なんですって?」

 魔法少女リギル、美青年軍団プロキシマと悪の軍団トリマン。これらのパワーバランスが崩れるとこの世界は成立しない。それをコントロールしているのがケンタウリSAのはずだが……

「実は、密転生者がかなり入ってきているようでして……」

「なんですって?」

 密転生……正規の転生マッチングを介さずに裏から転生させる方法。所謂不正転生だ。

「だれが手引きを?」

「おそらく、最大シェアを誇るマッチング企業が誘導しているようです」

「ヘルクレスですか……」

 こんなところまで、奴らの悪の触手が伸びてきているとは……しかし、たしかに奴らならやりかねない。おれは奥歯を噛み締めた。

「それでは、密転生の原因究明もさせていただきます。ケンタウリSAの企業調査をさせてください」

「買収を前提にということですね?」

「はい。我々から買収条件提示と密転生根絶策を提案させてください」

 ナミは少し考えて、そして答えた。

「密転生の根絶ができるのであれば……ヴァーゴさんに買収してもらう理由も明確になりますね。わかりました。ぜひよろしくお願いします」

 こうして、おれたちは本社2階の資料室へと案内された。


「こ、ここですか?」

 資料室……なのか? ピンクの壁紙。小さなテーブル。大きなベッド?

「すべてのデータはこちらのPCでご覧いただけます。あと、ベットも使ってくださってよろしいですよ」

 ナミはそう言い残すと、部屋を出ていった。

「……なんだか、女子高生の部屋に紛れ込んだみたいね」

 そう言いながらベットに倒れこみばたつくメイ……楽しそうだ。

「ねえ、ハルト。こっちおいで。よしよししてあげるよ」

 全く。悪い癖だ。

「からかうのは、やめなさい。仕事始めるぞ」

「……はーい。(つまんないの。バカハルト)」

「なんか言ったか?」

「いいえ。いいえ。何も言ってませんよーだ」

   

 数日後、おれたちは再度ナミとの面談に臨んだ。

「密転生の原因はわかりましたか?」

 ナミは、こんどはコーヒーをドリップしながら質問する。

「はい。ひとつ怪しい契約を見つけました」

 悪の軍団トリマンの戦闘要員を派遣している契約会社が契約違反をして契約人数を越えた派遣がなされているということだった。

「ヘルクレスからバックマージンなどを受けているかもしれません」

「重大な契約違反ね」

「はい。実は先日、ケンタウリSAの監査係に変装してこの派遣会社の監査にいってきました。これが違反の証拠です。それと、解決策の案です」

 おれはエビデンス書類と提案書を手渡す。ナミはゆっくりとそれを読み、やがて頷いた。

「では、この派遣会社を問い質しに行きましょう。付き合っていただけますか?」

「もちろんです。喜んで」

「心強いわね。ありがとう」

 ナミはそういうと、メイに向かって囁いた。

「あなたのプレゼンはすばらしかったわ。とても新入社員には見えませんね。メア……失礼、メイさん」

 そういうと目を細めてにっこりと笑う……あちゃー、こりゃ、ばれてるな。


 ナミは派遣会社に出向くにあたり、おれたちに腕時計を手渡した。

「念のためのお守りみたいなもんだから、気にしないでね」

 ……って、嫌な予感しかしないんだけど……

 そして、車でしばらく国道を走る。海沿いに出ると、コンテナがたくさん積んである埠頭へ入る。その一角に、派遣会社の事務所があった。

「こんにちわ」

「ナミさん、どうしたんですか?そちらは?」

「こちらは重要パートナーのヴァーゴさんですわ」

 ナミに紹介されておれたちは会釈する。この男こそが派遣会社の社長だ。

「トリマンの派遣人数が多すぎる件について確認させてもらうわね」

「あ、ああ。それはですね。少し余裕を見ただけでして……」

「それにしても多すぎです。契約人数よりもはるかに。おかげで最近のパワーバランスが大きく崩れてしまって」

「わ、わかりました。適正化を図ります」

「いえ、結構です」

 ナミはきりっと社長をにらんだ。

「契約違反条項に則って、派遣契約は破棄します」

「なんですって?そんな馬鹿な。おれたち無しでどうやってトリマンの派遣を維持するんだ?」

 相当余裕がなくなってきたようだ。言葉使いも乱暴になっている。そろそろ、おれの出番かな。

「私は転生マッチング企業ヴァーゴ系列の社員です。トリマンへの派遣はわが社から転生希望者を紹介することで解決します」

 ヴァーゴのような高級系転生マッチング企業の顧客は、当然第一人気の魔法少女戦隊リギルや第二人気の美青年軍団プロキシマへの転生希望者ばかり。だからこそ、悪の軍団トリマンの転生者は派遣会社に依頼していた。

 しかし、ヴァーゴに買収されたおれたちセクスタンスの顧客はミドルレイヤー。意外と、悪の軍団も悪くないと考える顧客を相当数抱えている。

 自分たちが必要不可欠な存在だとナミの足元を見ていた社長の顔はみるみる青ざめていった。

「そんなことが許されると思うのか?」

「はい。むしろ、あなたは自分の身を案じた方が良い」

 おれは、派遣会社の決算書を手渡した。

「ケンタウリSAからの受託収入を大きく超える収入が入ってますね」

「こ、これは……どこから入手した?」

「ケンタウリSAには監査権があります。それを行使しました」

 社長は明らかに動揺している。

「それだけではない。その収入の大部分をこちらの会社に横流ししている」

「ぐ、ぐぐぐ」

「あなたの個人資産管理会社ですよね。登記簿も確認済みです。当局に通報したら、更に怪しい資金が入っていることもバレるのでは?」

 社長の表情が大きくゆがむ。

 しかし、次の瞬間。

「……くっくっく。はははは。バレたら仕方がない。ならば、証拠を隠滅すれば問題ない。覚悟しな」

 その瞬間、大きな爆発音。

 おれたちはあわてて事務所を出る。コンテナの向こうから大量のトリマン戦闘員が走ってくる。

「くそ、本気か?」

「はっはっは。そこでくたばるがいい」

「とにかくここは逃げよう」

 おれたちはコンテナの陰に入り、逃げ道を探しながら走り出した。


 ダダダダダ。

 ガガガガガガ。

 銃声やら爆発音やらが入り乱れ、火花が散る。

 おれたちはコンテナの陰をぬうように走る。どこかに、戦闘員たちを統率するボスがいるはずだ。そいつを倒せば逃げられるはず。

 すると、鼻にかかる嫌な声が聞こえてきた。

「おい、ハルト。どこに隠れてやがる。とどめを刺してやるから出てこい」

 ……奴の仕業だったか。かつておれとトップ争いをしたエージェント。がめつく汚い手を使い、ヘルクレスにも肩入れしていたな。トミー!

「いつからヘルクレスの軍門に下ったんだ?」

「馬鹿だな。おれは元々ヘルクレス社員。つまりセクスタンスにはスパイとして入っていたんだよ。今はヘルクレスに戻っているのさ」

 そうだったのか。なるほど、納得がいく。

 しかし、トミーがいるとなれば簡単には逃げ切れないだろう。絶体絶命だ。この場を打開するためには……

「ナミさん、魔法少女戦隊リギルの応援は要請できませんか?」

「今から呼んでも間に合わないでしょう。でも一つ手はあります」

「それは?」

「それは……」

 ナミはメイを見つめた。

「あなたに渡した腕時計。そのボタンを押すことで、あなたは魔法少女に変身することができるのです」

「え?」

 メイは思いっきり首を横に振った。

「絶対いや! 死んでも嫌!」

「おい、そんなこと言ったって、このままじゃ本当に死んじまうぞ」

「嫌なものは嫌! だって……私、魔法少女なんて年じゃないもん」

 ……そこ、重要? 命かかってんだけど……

「それに、魔法少女への変身シーンって、裸見せるようなもんでしょ?」

 ……え? そうなの? それはそれで……って、ちがう、そうじゃない。

「大丈夫よ。今ならまだ、敵に裸を見られずに変身できるわ」

 ナミが変な太鼓判を押す。

 一体、何が大丈夫なんだ? 確かに、まだ敵には見つかっていないけど……裸見せるようなものという点は否定しないのか……おれは、ごくりとつばを飲んだ。

「……ハルト、今、想像したでしょ?」

「し、してない。想像していない」

 しかし、そんなことを言ってる場合じゃない。

「わかった。おれも逆の方向を向いているから、変身しちゃってくれ」

「そんなぁ……この年にもなって……魔法少女なんて……」

 まだ迷っているメイの手を取るおれ。

 えいっ!

 腕時計のボタンを押す。

「ちょ、ちょっと。勝手に押さないでよ」

 メイはおれを睨むが、時すでに遅し。

 メイの腕時計から大量の光があふれ出した。その光がリボン上に広がり、メイの全身を包み込む。光がまぶしく細部までは見えないが……

 両手。両足。腰。胸。たしかに、メイの裸同然のシルエットがくっきりと映し出された。

 やがて、その光が徐々に収まり、新たなユニフォームを形成し始める。

 頭には大きなリボンの髪飾り。

 ドレスは、ピンクと白のフリルとレースがたっぷりと使われている。

 そのドレスにあわせた手袋やブーツ。

 そしてその手には魔法のスティック。

 そして、なんだか決めポーズまでとっている。魔法少女メイが誕生した瞬間だった。

 はっと我に返ったメイが、恨めしそうにこちらを見る。

「見た?」

「……ん-ん、見てない」

「見てたでしょ。顔に見たって書いてあるもん」

 はい……ばっちり見ちゃいました。


「ほう、そこにいたか」

 ついに、トミーに補足された。

「ものども、かかれ!」

 戦闘員が一斉に攻撃を仕掛けてくる。すると、ナミがメイに指示を出した。

「キュート・フリルって叫んでください」

「え?何?キュート・フリル?」

 すると、ドレスの可愛らしいフリルがおれたちを包みこむ。そして、バリアーを張り攻撃を防いでくれた。

「次は、ハート・フレアです」

「ええー?」

「恥ずかしがっている場合ではありませんよ」

「わかりましたよ。もう……ハート・フレア!」

 スティックからハート型の炎が撃ちだされ、戦闘員を弾き飛ばす。しかし、その隙間からさらに戦闘員がメイに群がる。

「とどめだ!」

 いつの間にか大きなバズーカを肩に担いだトミーが叫ぶ。

 これは、やばいかも?

 すると、おれたちの後ろで、今までで一番の明るい光が放たれた。

 ……何が起きた?

 振り向くと、コンテナの陰から、もう一人の魔法少女が颯爽と現れた。


「……ナ、ナミさん?」

「ふふふ、お待たせしましたね」

 ナミは優しく微笑む。

「さて、それでは、本物の魔法少女リギルの力を見せてあげましょう」

 ぼそっと(OGだけどね)という声が聞こえた気が……それは横においておこう。ナミは両手を戦闘員たちに向けた。

「スイート・シャワー」

 甘い香りのする水攻撃を放たれ、戦闘員を攻撃。さらに……

「ファンシー・ブリーズ」

 可愛らしい色の風が巻き起こり、戦闘員は全員吹き飛ばされた。圧倒的な強さだ。そこに残ったのは、トミー一人となった。

「……トミーさんでしたっけ。続けますか?」

「くっ。仕方がない。ここは引いてやる。次こそは覚悟しろ。ハルト」

 トミーはどこからか現れたヘルクレス社所有の高級リムジンに乗り込み、空へと飛び立っていった……終わったか。助かった。

「メイさん、ハルトさん、素晴らしい戦いでしたわ。ありがとうございました」

 ナミはけろっとした笑顔で振り向く。

 うん、勝ててよかったけど……最初からナミさんひとりで蹴散らせたんじゃないのか?

 おれもメイも、なんだかモヤモヤした気分で、愛想笑いを返した。

   

 結局、派遣会社との契約は破棄され、社長は四次元警察に突き出された。

「無事に完結できたので、提案をさせてください」

 おれたちは、ナミに買収価格を提示した。

「ケンタウリSAの50%分を株式を1兆カルマで譲渡していただきたい」

「つまり、50:50の共同支配にしたいということかしら」

「そうです。やはり、ナミさんにはこれからもケンタウリSAと魔法少女軍団リギルを守ってほしいので」

 そう言われたナミは淑やかに笑った。

「私はOGですけどね。わかりました。よろしくお願いいたします」

 こうして、おれたちは契約書にサイン。ついに、念願のケンタウリSAを傘下に入れることに成功した。

「また来てくださいね。新入社員のメア……失礼、メイさん」

 最後までお茶目なナミさん。名残惜しいが……おれたちはヴァーゴに向かって自動運転でワープを始めた。


 ヴァーゴへの帰り道。まだまだかかるようだ。

 おれたちは運転席と助手席で手をつなぎながらぼーっと会話をしていた。

「ねえ、ハルトはいつまでここにいるの?」

 『ここ』とは、転生ビジネス業界のこと。

 転生候補者でありつつも転生を保留しているおれたち……この質問はつまり『いつ転生するのか?』と同義だった。

 これは、転生保留者にとっては、共通の重要課題だ。いつまでも保留の状態は維持できない。

「次の転生に向けて、どうしても譲れないオプションがあるんだ。だからその費用を稼ぐまでは仕事を続けないとね」

「オプション?」

 異世界転生には、基本サービスに加え、オプションが準備されている。代表例は、転生後にチート能力が手に入る『チート特約』などだ。当然、そのような魅力的なオプション費用はべらぼうに高い。

「幸いなことに、おれのボーナスはストックオプション。つまりヴァーゴの株だよね?」

「そうね」

 これは、メイの差し金で決まった条件だ。

『ハルトはお金にだらしないから。ボーナスくらいは株支給でがまんしなさいよ!』

 って、半ば強引に押し切られたのだが……今となっては、悪くないアレンジだ。

「おれはM&Aでヴァーゴの企業価値を何倍にも高めることができる。次の買収が決まれば、それが実現できる。そうしたら、希望のオプション費用も賄えるくらいの株式売却益になるだろう」

「ふふふ、どんなオプションを狙っているのかは知らないけど。お仕事がんばってもらわないとね」

「ああ……メイこそ、将来のことは考えているのか?」

 すると、メイは遠くを見ながら答えた。

「私が前世で過ごした異世界は緑が美しくてワインがおいしいところ。できればまた、そんな素敵な場所で転生を過ごしたいかな」

 こうしてヴァーゴまでの帰りのひとときをおれたちはまったりと過ごす。

 この後に待っている、壮絶な嵐の前の、ささやかなひとときだった。

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