第5話 封印と憑依

 気がつくと暗闇の中に一人ポツンと立っていた


 周りはどこまでも続く暗闇ばかりで何もない


 すると自分の中で何か温かいものを感じた

 

 それは初めは体の奥底が暖かいなと感じる程度だった。


 しかし、その温度はどんどん上がっていき、痛みを伴って焼けるような感覚が俺を襲ってきた。


 まるで自分の中で炎が燃えているように。


「――――ああああ゛あ゛――――」


 どうしようもない痛みで俺は叫ばずにいられなくなった。


 ――――熱い熱い、体が熱すぎる


 熱さのせいか、痛みのせいか、意識がどんどん薄くなってくる。


 ――――ああ、少し……楽になったかも


 そう思った時


 

 『――エル!頑張って、もう少しで終わるから!』

 『――自分の意識を手放さないで!』


 頭の中からユーリの声が聞こえてくる。


 その声を聞いて俺はハッとなった。


 危なかった……危うく自分の魂を手放してしまうところだった。


 そう自覚した瞬間、あたかも俺に魂を渡せと急かすように、消え掛かっていた熱さの痛みが再び蘇った。


 俺は必死にはを喰いしばり、痛みに耐える


 ――――ユーリ、早く……してくれ


 俺が必死に耐えているのに苛立ったのか、炎はさらに強さを増す

 

 脳が焼け切れそうな感覚がし、意識がまた薄れていく


 ――――もう、まずい……


 その瞬間目の前が急に真っ白に変わった。


 

 『エル、お疲れ様』

 『成功したよ……憑依』



 気がつくと前方に赤の紋様が体に入った決闘の相手、テトラがいた。


 どうやら、元に戻れたようだ。


 さっきまで俺を襲ってきた痛みもなくなり、いつもより体が軽く感じる。


 自分を見やると、体がほのかに緑の光を纏っているようだ。


 「ユーリ、どれくらい時間かかった……?」


 『現実だと、1秒も経ってないよ……エルにはもっと長く感じたろうけど』


 何と、俺は一時間ほど痛みに耐えていたように感じていたが、それは現実の1秒程度だったとは。



 そんな話をしていると、テトラも俺の変化に気がついたようで


「……エーデルワイス……それがお前の切り札……か?」


 と聞いてきた。


「ああ、そうだ…………正真正銘、これで出し惜しみなしだ」


「……そうか……じゃあ、これで思い残す事なく、存分に戦えるな」


 そう言って彼女は俺に向かって駆け出してきた。




 元から速かった上に能力解放で、さらにスピードを増した彼女は、ほとんどコンマ一秒もかからないで俺に接近し、右からの逆袈裟斬りをくり出してきた。


 元の状態だったらおそらく反応できていなかっただろうその攻撃に、俺は何とか反応して後ろに飛んで避ける。


 そしてお返しと、手を前にクロスさせる……すると俺の手の動きに合わせ、岩柱と共にそれと同じほどの太さの棘のついた蔓(つる)が地面から飛び出し、彼女を襲った。


 憑依モードになることで、ユーリの使える魔法も俺は使えるようになった上、魔力量が増えたおかげか、いつもよりも強度が上がっている。


 俺はテトラに休む暇を与えないよう、何度も棘と岩の蔓を振るう。


 俺の操るものの強度が上がったうえ、単純に操る本数が二倍に増えたため、流石のテトラも対処が一筋縄では行かないようで、なかなか俺に近付けていない。


 だが、切断魔法には流石に耐えられるほどの耐久はないようで、決定打に欠けている状態だ……


 「……そんなもんか、エーデルワイス――!」


 彼女は鬼神の如く剣を奮いながらそう叫んだ。


「……まだまだ、こっからだよ――テトラ!」


 そう言って、今度は岩の鎧を纏った蔓を彼女の頭上から振り下ろした。


 ――――ドォーーン――――


 凄まじい衝撃波が辺りに響いた。


 振り下ろした蔓のちょうど半分まで切り込みが入っていたが、どうやら解放状態のテトラの魔法でも切断には至らなかったようで、彼女は剣を盾にクレーターの真ん中で片膝をついていた。


 ――これは勝負あったか?


 そう思った瞬間

 

「……面白い!」


 そう叫ぶと、俺の堅牢なムチをは分断され、彼女は飛び上がった…………四つ足で


 その姿はまるで猛獣のように獰猛で、手足に凶悪な爪を伸ばし、上口には牙が生えていた。


 俺は一瞬呆気に取られてしまい、反応が遅れたが……それが致命的だった。


 空中で放った大気を震わす獣の咆哮に俺は平衡感覚を失わせられ、立っていられなくなったのだ。


 そして、その獣は膝をつく俺目掛けて必殺の右手を振りかぶった。


「――――――グァァオオオォォ――――」



 俺はもう避けきれないと、悟った……体が動かないのだ。


 しかし、その時

 


 『……エル、こっからは任せなさい』

 『あとは、私が何とかするから』

 


 と、慈愛に満ちた優しい声が俺を覆った。


 俺の意識は、今三半規管を揺さぶられ、焦点もままならない状態になっている。


 しかし、操られるように俺は手を前に突き出し言葉を紡いだ


 

「『悠然たる聖樹よ――』」

「『――楽園を守りし可憐な花々よ――』」

「『――我が母、原初の女神ティアマトの名において――』」

「『――我らの敵を滅ぼしたらん――』」

 


 ユーリの紡ぐ呪文でか、俺の目の前には一本の花が咲き誇り、先に魔力を貯め始めた。


 それを見て、少し笑う仕草をしてから、彼女は続けた

 

 

「『――吹き飛べ猛獣――』」

「『――神撃ディバイン・レイン――』」


 そう言い終えた瞬間、全てを消し去る神の怒りのような魔力砲が打ち出された。


 そして、その光は猛獣化していたテトラ・イーレンをも飲み込み、直線上にあるもの全てを一撃で消し去った。


 

 威力のあまりの膨大さ故か、砂煙が治るまでかなりの時間を要したが、目を凝らすと100メートルほど先に地面に倒れ伏しているテトラ・イーレンが見えた。


 それを確認するやいなや、歓声が響く。

 


「すげーー、あいつ、あのテトラに勝ちやがった」

「何だよあの魔法、エグいだろ」

「テトラも凄かったけど、それ以上にあのエルってやつ凄!」

 


緊張の糸が切れたせいか、倒れ込んだ俺を実体化したユーリが支えてくれた。



『お疲れ様、エル』

『よく頑張ったわね』



 と、ねぎらいの言葉をかけてくれた。


「……うん、ありがとうユーリ……色々と」


 すると彼女は


『……もう、仕方ないわね』


 と、嬉しそうに言いながら俺を背中に乗っけてくれた。




「「「キャーーーーーー」」」




しかし、その時、煙の向こうから悲鳴が聞こうえてきた。


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