第3話 挑戦と決意

「私と勝負して」


 そう言って来たのは貴族の中でもより高位の貴族、イーレン家の娘であるテトラ・イーレンだったとあとでわかった。


「明日の放課後、グラウンドで観客も呼んでそこでみんなに確かめてもらいましょ……一位の人の実力を」


「……どう言うこと?」


「別にどうもこうも無いわ……言ってしまえばこれは私の我儘ではあるの、自分が一番で居たいっていうね……それに、自分より上にいる人が、’’もし’’不正をした結果でいるとしたら、我慢ならないじゃない……それで、受けてくれるかしら?」


「……それはつまり、君は僕の不正を疑っているってこと……?」



「……言ってしまえば、そうね……私は物心着く頃から毎日毎日訓練積んでいた……常に一番で誰よりも上に居ることがお家の決まりだったからね、魔法だけじゃない、勉学も武術も、あらゆることに関して」

「……それで私は常に一位になるために血の滲むような努力をして来たつもりよ、努力の量なら誰にも負けないってぐらいの自信もある」

「なのに、負けた。私は自分が一位の成績を取れた自信もあったけど、負けたのよ。」

「……だから、私よりもずっとストイックで、私よりもずっと努力して、一番に貪欲な人が一位の人なんだろうって思っていたの……でもそれがあなただと知って、自由に生きることのできる庶民出で、大して苦労もしてないような庶民出が、私の上に居ると知って……そんなの許せるわけないでしょ!」



 彼女は怒りに任せて、俺に言葉をぶつけてきた。

 

「……ごめん、取り乱したわ……だから、私と勝負して……それで貴方の実力を私に見せてみて」


 そう言うと、俺の反応を待たずに彼女は教室に戻って行った。


 残された俺は何も言えなくなってしまった。


 すると、耳元でユーリが騒ぎ始めた。



 『キーー、なんなのよあいつ、ムカつくわね。エルは不正なんかしてないわよ、実力で貴方に勝ったのよ、実力で!』

『エル、その決闘受けてやりなさい……それであのムカつく女をボッコボッコにしてやりなさい』



 どうやら俺の代わりに起こってくれているらしい。


 『こらっ、エルもなんか言ってやりなさいよ……あんなに言われて悔しくないの?』


 ユーリは黙っている俺を不審に思ったらしく、顔を覗き込んできた。


 しかし、俺はただ俯くことしかできなかった。


 ただ勘違いしないでほしい、俺は全く不正などを入試の時にした訳ではない、それは隣で見ていたユーリもわかっているはずだ。


 だが、先ほどの彼女の言葉で言い返せない部分があったのだ。そう、俺はおそらく彼女ほど苦労をしていない。楽にこれまで生きて来てしまっていたことだ。

 

 俺は精霊であるユーリに運よく拾われ、ユーリに魔法を付きっきりで教えてもらったおかげで、ここまで強くなれただけなのだ。

 

 そんな大して苦労もしていない奴が、彼女のような高尚な心意気を持ち、お家の期待に応えようとする人の上に平気な顔して、どうして立ってられるだろうか……彼女に合わせる顔がないのだ。


 そんな事を考えていると、



『ねえ、エル、何そんな辛気臭い顔してるのよ?』

『……もしかしてあの女に言われた事、気にしてるの?……気にする必要なんてないのよ、エル、貴方だって努力したからここまで来れたのよ、努力の量だったらエルだって負けてないはずよ、ずっと見ていた私が保証するもの』

『だから遠慮するなんて気持ち要らないの、エルはエルの全力を出して、全身全霊をかけてあの女をボコれば良いのよ』

『そうしないと相手にも失礼になっちゃうでしょ』



「でも、俺は彼女と違って何か目的がある訳でもないし、偶然ユーリと出会えたからここまで来れただけだし……」


『そんな訳ないでしょ!エルがここまで来れたのは偶然なんかじゃないんだから!私がエルを助けたのだって、偶然なんかじゃないの!……だから、そんなに卑屈にならないでよ、エル……もっと自分に自信を持ってよ……私とエルとの出会いをそんな言葉で言わないで……』


 目の前にあるユーリの目には涙が溜まっていた。


 彼女は俺のために怒ったり、泣いたりしてくれる程俺のことを思ってくれているのに、そんな彼女との関係を「偶然」という言葉で表すことは彼女への裏切りにも等しいだろう……どれほど彼女を傷つけてしまったか想像に難くない。


 俺はユーリの言葉を聞いて、そこでやっと気づいた。


 気がついたのだ。


 俺はなんとバカなことをしてしまっていたのだろう。


 ただ俺はただ自分に自信がなかったのだ。


 人の上に立つ自信、努力している自信、自分の強さへの自信が。


 ただそれだけだったのだ……それだけで自分を卑下して、心無い言葉でユーリをも傷つけてしまったのだ。


 俺はもう決めた。


 もう迷わない、弱気にはならないと。


 俺は出来る事を精一杯やれば良いのだ、それだけでいいのだ……だから貴族の彼女がいくら頑張っていたとしても俺には関係ない、彼女のこれまでの頑張りを無駄にしてしまうかも知れなくても、俺は俺の一所懸命でぶつかればいいのだ。


 だから俺はすぐにユーリに謝った。


「ごめんユーリ、君を傷つけてしまって……もう大丈夫、ちゃんとやるべき事に気づいたから。僕は僕の全力を彼女にぶつける、それが今の僕に出来る事だからね……気づかせてくれてありがとう、ユーリ、もう迷わないよ」


『そうよ、そんな簡単な事気づくのに遅すぎんのよ、バカ』


「うっ……それは本当にごめん……」


『別に本気で責めてないわよ……じゃあ、今日はしっかり休みましょ、明日の決闘に備えてね』


 そう言って彼女はまた笑顔を俺に向けてくれた。


 その日は授業後すぐに帰宅し俺は明日の戦いのために早めに寝た。


 そして、次の日の学校に行くと、どこで聞きつけたのか今日の放課後にある俺と有名ならしい貴族令嬢テトラ・イーレンとの決闘で盛り上がっていた。


 おそらく俺を戦いから逃げないように、そして大勢に告知することで俺に緊張を与えようとしているのだろう、だがもう俺はそれを克服した。


 昨日ユーリに励ましてもらったのだ、もう負ける気はしない。


 そんな様子でこの日の授業は終わり、俺とテトラ・イーレンはグラウンドで大勢の生徒に見られながら対面していた。

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