第9話

 この世は魔物が跋扈する世界であった。


 人々は不毛の地を耕して、僅かばかりの食料を得て生き凌いでいた。


 ある時一心不乱に畑を耕す男の前に神の使徒が降りてこう言った。


「神はあなた方人類を憐れんでおられる」


 魔物程の力もなく、食料すらも繊細だ。殺した魔物の肉では魔力含有量が多く受け付けない。毒のある植物を食べると呆気なく死んでしまう。


 神からしてみれば、人間という生き物は繁殖力も低い圧倒的弱者であり、保護すべき生き物であった。


「神は仰った。魔物を屠る力を与えると」


 男は神の使徒の前で膝をつき頭を垂れた。生活は苦しく実りは細い。手は骨と皮でしかなくあばら骨が浮いていた。


 大きな葉をいくつも繋いだ物を羽織るだけの男に、神の使徒は手のひらを翳す。


「神は仰った。この地を平和に導くようにと」

「神は仰った。この地に祝福を与えると」

「神は仰った。敬虔なる行いを違えばこの世は再び魔物が跋扈するであろうと」


 男は言葉もなく涙を流し、天から差す光の柱に祈りを捧げた。


「神の導きに感謝を」


 男に神の使徒の言葉はわからなかった。ただただ胸が苦しくなる感覚と、わけも分からず流れる涙。


 神の使徒が翳す手のひらから光の粒子が溢れて、呆然とする男の脳に直接意味が書き込まれている。


 割れんばかりの頭痛がした。神の使徒は能面のような無表情で男を見下ろした。


「神の導きに感謝を」

「神の導きに感謝を」


 そして神の使徒は天差す光を昇って行った。


 男の持つ鍬は剣となり、土地は芽吹き、木の実が成った。


 剣で切った魔物からは魔力が溢れ、土に染み込み麦穂となった。


 やがて男は死に、男の息子が墓を建てて剣を刺した。


 男は神の代わりとして、今なお神殿に祀られている。



—ハドラ建国神話—

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