第2話

母が死んで、仕事もやめ何の気力も出せない私だったがこのまま家にこもり続けると死んでしまうと思い、食料だけでも買うために外に出てみることにした。今までは仕込みとに精一杯で気づくことが出来なかった。日が沈みきってからの東京はいつものみんなが通勤通学をしている日中とは全く違う顔がある。

「みんな幸せそうだな」

ひっそりと呟く。明るい証明に包まれた深い夜の東京。すれ違う人みんなが笑顔に満ち溢れている。私の声に気づいてくれる人なんてもう誰もいない。私はその寂しさに押しつぶされそうになりながら、近くのコンビニでとりあえずの食料を購入した。早くこんなところから帰ろう。そう思っていた時に、見知らぬ男から声をかけられた。

「おねーさんこの後予定ある?」

これは漫画とか小説とかでよく見るナンパというやつなのだろう。私はナンパなんて絶対されない側だと思っていた。でもこんなベタな誘い方で行く人が本当にいるのか? 私はそんな疑問を抱きながらそいつのことを無視して足早に帰ろうとした。

「ちょっとまってよー」

後ろからさっきのあいつの声がする。私はイライラしながら、

「ごめん。男の人嫌いなの。そういうのやめた方がいいよ」

と、吐き捨てる私に男の顔が赤く染る。

何か酷い言葉を叫んでいる様だがそんな罵詈雑言を聞き取ろうともしなかった。

やっぱり街が綺麗なのは表面だけだ。東京は今の日本の中でもトップクラスに進化している場所だ。だけどそこに住む人間は他の場所にいる輩よりも相当タチが悪い人が多い。

実際さっきされたナンパは深夜の街でよく見る光景だ。ナンパされてついて行く人ってそんなに馬鹿なんだろうか。そんなことを考えながら足を進めていた時また声をかけられた。

「すいません大丈夫ですか?」

私にはその言葉の意味が理解できなかった。思わず、

「はい?」

と聞き返した。そして続けて、

「そういうのやめて貰えます? さっきもナンパされたばっかで、もううんざりなんです」

と言った。

「いや、ぜんぜんそういうのじゃないんです。ただ心配になるくらいに顔色が悪かったので」

思っていた返答と違った。どうせこいつも下心で動く低俗な人間なんだろうと思っていたが、少し印象が変わった。それと同時にこの人からは優しい匂いがする。まるで生前の母のような。そう感じた。

この人の話ならきいてもいいかもきれないも思っていると、

「ここで話すのもなんですし、近くの飲み屋いくのどうですか?」

と言われ、私は少し考えた後に小さく頷いた。

飲み屋に着くと同時に、

「ビール飲めます?」

と聞いてきて、頷く私に笑顔を見せながら店員さんを呼び生を二杯頼んだ。

男は私に聞いてきた。

「なんか良くないことでもあったんですか?」

男からはデリカシーを感じなかったが、この人なら話してもいいかもしれないと思った。

しかし、その前に名前だけは聞こうと思い、

「まずお名前からでいいですか?」

「あ〜名前ですね。そういえばお互いに知らないですね」

と笑っていた。

「秋山文哉です! はじめまして!」

と元気よく答える。男の人のエネルギッシュな感じは小学校時代からあまり好きじゃない。私は小さな声で、

「高橋陽向です。はじめまして......」

と答える。それと同時にビールが運ばれてくる。男は一瞬でそれを飲み干し、もう一杯頼んでいた。

「それでなんであんな浮かない顔してたんすか?」

「ごめんなさい。あんまり人に言いたくないことで、もう少し仲良くなれてから話したいと思います」

「まあそりゃあそうですよね。そんな辛いこと会ったばっかの男に言いたくないですよね」

文哉さんは笑いながら言っていた。

「じゃあ僕の話をしてもいいですか?」

私は小さく頷く。

彼の話を聞いてみると、彼のことがだいたい分かった。彼は今年で二十六歳になるそうだ。私の六個も上だ。だけど大人の余裕なんてものは感じない。そしてそれから色んな場所を二、三年で転々としていることも教えてくれた。なんで東京に来たのかも聞いてみたがなんとなくらしい。なんとなくって何だ。私は久しぶりに笑っていた。仕事は今はまだ就いてないと言っていたが、なかなかに高そうなアクセサリーや服を身につけていて、しかも、今回の飲み代は全部自分が出すという。働いてもいないのになんでそんなお金があるのか。私みたいに仕事を辞めたばっかなのかなとも考えたが、そんなに仕事のことを掘り下げるのを申し訳なく思い聞くのはやめた。

「陽向ちゃんもうそろそろ話してもらっていい?」

打ち解けることもでき、気づけばお互いに敬語はやめていた。

そして私は今までの事を正直に全部話した。

彼の顔から先程までの笑顔が消えていく。話をしてる途中涙が出そうになったけど所々唇を噛みしめてこらえた。

今にも泣きそうな私を見て、

「大丈夫だよ。今から俺が幸せにしてあげる! 」

なんだそれ。初めてあった人にこんなこと言われるのかと思ったけど何故かその言葉はものすごく心地よかった。それと同時に告白みたいだな思った。ちょっと恥ずかしかった。

「文哉さんありがとう」

今の自分に出来る最大限の笑顔でこう返した。すると文哉さんは自分が言ったことが告白みたいになっていると思ったのか。顔を真っ赤にしていた。そしてそのまま酒を流し込む。それからも世間話は続き、深夜三時になっていることに気づいた。たしか家を出たのが十一時頃だったのでそろそろお開きにしましょうかと言って、その後は連絡先だけ交換して、解散した。家を出た時とは違いネガティブな感情が薄れポジディブな感情に包まれていた。

私は不幸な人間だと思ってた。でも今そんな私の心の中に小さな幸せの種が撒かれた。


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幸せを運ぶ花 むら @muraxxxx

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