権力者の野望 : 2025年1月


【駆け引き】


 カタヌマ・キョウスケは、深宇宙探査船アステリア号に乗り、地球から遙か彼方、銀河系の外側を探索するミッションに参加していた。

 銀河系の外縁部に位置するスペースコロニー、セレスティアル1528を出発し、無補給航行を開始してから、早一週間が経っていた。

 現在目指しているのは、おおいぬ座矮小銀河で、拠点建造に相応しい惑星を探査することである。

 

 アステリア号は全長20㎞の大型艦で、最高速度は亜空間航行時で50パーセク/ネビュラアワー(nh)、通常空間航行時で40万㎞/ネビュラアワー(nh)で、エンジンの最高推進力は6000万ニュートンと、さほどパワーはない。

 それでも、銀河系外の深宇宙へ探索するには充分なパワーで、無補給でも10ネビュライヤー(ny)は航行可能である。

 この年数は、船体自体のメンテナンスのためで、耐久年数を越えた筐体を取り替える必要が発生するためである。


 ちなみに、ネビュラアワー(nh)とは、現在宇宙航行する宇宙船が〔宇宙標準時〕として使用しているもので、可視光線である555nm(ナノメータ)の波長を持つ緑色光りょくしょくこうが1000兆回振動する時間をネビュラセコンド(ns)、すなわち秒単位として基準としたものである。ネビュラアワー(nh)はネビュラセコンド(ns)を3600倍したもので、いわゆる時単位である。


 おおいぬ座矮小銀河の外縁部にはあと数日と迫ったが、地球を出発してから、この艦ではすでに、度重なる問題が発生していた。

 それは、階級による差別に端を発した問題で、この宇宙開拓時代に時代錯誤な身分制を強いているのだ。


 一番上の階級は、〔エンペラー〕と自ら呼んでいて、自分たちを皇族か何かだと勘違いしている連中だ。その実態は、惑星開拓で巨万の富を我が物にしており、かなり汚いことをやっているともっぱら噂が立っている。

 彼らの野望は、新しく建設したコロニーで、権力を欲しいままにし、さらなる富の蓄積を画策することであるらしい。


 彼らの下に〔ノーブル〕と呼ばれる連中がいて、こいつらはエンペラーの腰巾着である。そして〔ナイト〕と呼ばれるエンペラー、ノーブルの護衛部隊がいる。

 さらに下層として、科学者や技術集団のサイエンティスト、船内の業務から船外活動まで一手に引き受けるワーカーが存在する。そして、その一番下層身分とされるのが、ペサントで、船内インフラの維持管理をおこなう人々である。


 この身分制度は、別段表向きにそう決まっているわけではない。

 実際はコマンダーやエンジニア、ソルジャー、ワーカーなど専門職ごとに、一等から六等まで階級が分けられているだけである。

 例えばコマンダーなら、一等コマンダーは艦長であり、二等コマンダーは副艦長、三等コマンダーは航海士長や通信士長などを担当する。


 事実、エンペラーたちが勝手に区分し、居住区などを完全に分けただけで、彼ら以外、この身分制度を気にしている者は皆無である。

 ただ、システムが彼らに牛耳られているため、区画セキュリティーが働き、IDによって入れない区画ができてしまっていることは事実で、実際業務に支障をきたしている者も多々いるようである。

 

 このように、この艦の大きな問題がこの身分制度と職種階級のズレにあるのだ。

 特にエンペラーと名乗ってる連中は、他の奴らを完全に見下していた。

 しかし、見下しているだけならまだ良かった。重要な決定事項を彼らが牛耳ったことが、問題を大きくしたのだ。彼らはあくまでも金を持ってるだけの、宇宙航行に関してはド素人の集団だ。それが艦運営の決定権を牛耳ると言うことは、無免許運転をするようなもので、乗員3万人の命を危険に晒すことになるのだ。


 実際、これまでにも暗黒星雲に突っ込んだり、小惑星帯にワープアウトしたり、恒星の重力圏に突っ込んだりして、あわや大惨事と言うことは度々あった。比較的マッピングされて、危険な箇所が判明している銀河系内でそれだったのだ。銀河系外に出てからは、その危険性は銀河系内の比ではない。

 どういう形で、進路が決められ、操艦されているのかまったくの不透明で、完全にブラックボックスとなってしまっていた。


 カタヌマ・キョウスケはエンジニアとしてこの艦に乗っていた。

 仕事と言えば、艦体や艦内で使う様々な道具や機械のメンテナンスをおこなう。他にも必要とあれば新しい道具や機械を設計から製作までおこなう。

 巨大な艦艇とは言え、何年も缶詰にされるのだ。日常が便利になるに越したことはない。便利になれば気持ちにゆとりができて、精神が壊れることもなくなる。

 そんなこともあり、キョウスケは遊興、娯楽道具もいくつか作った。


 今流行っているのは、立体将棋で、9×9×9の升目を持つ立体将棋盤を使用するものだ。ルールは至って簡単で、相手の王将を自分の駒で攻め落とすだけである。立体であるため、平面でおこなわれていた将棋とは異なり、戦略の幅が大きく変わり、広がった。

 駒がすべて前後左右だけでなく、上下にも動かせるため、自分の駒の動きを把握するのはもちろんのこと、相手の駒の動きを把握しなければならない。まさに宇宙戦争を模しているのだ。

 この駆け引きが楽しいと、皆の心を掴んで放さないようだ。


 ところが、突然この立体将棋の使用が禁止されたのだ。

 禁止令の出所はエンペラー、金を持ってるだけの者たちである。自分たちのあずかり知らないところで流行っているものはすべて禁止する。当然のこととしてお触れを出した。

 しかし、そんな時代錯誤的な考え、この時代に通用するはずもない。安全に関わる規則なら、皆自然と守るが、しょうもない理由でできた規則に従う義理はないと、完全に無視を決めていた。


 するとエンペラーたちは、ナイトを使って実力行使に出てきた。ナイトが滅多に出張ってこない、ワーカークラスの居留区にまで来て、摘発を始めたのだ。

 しかし、いくら身分制度があると言っても、エンペラーたちが勝手に作り上げた身分制度、実際、白兵戦などの実戦経験があるのはワーカークラス。完全に返り討ちに遭い、ナイトたちは這々の体で引き上げていった。


 キョウスケは、事の成り行きを見守りつつも、皆が引き続き立体将棋を続けられるよう、ビデオゲームでもできるようにプログラミングした。

 こちらも大好評で、瞬く間に広まった。

 ゲーム機の中に入ってるソフトまで取り締まれるほど知恵のないエンペラーたちに、ワーカーたちは大手を振って立体将棋を楽しんだ。


 しかし、エンペラーたちもこのまま引き下がってはいない、なんとか取り締まるべく、次の一手を懸命に模索していたのだ。

 エンペラーたちとの駆け引きがこうして本格化する中、アステリア号は次の試練に向けて順調に、いやすったもんだの航行を続けていた。



【美しいあの人】


 カタヌマ・キョウスケは、相変わらず日々の業務に勤しんでいた。

 エンペラーたちに文句はあれど、メンテをしなければ艦が沈むのだ。自分がやらずして誰がやると言うのだ。部下を引き連れて彼は、日々艦内を点検して回っていた。


 エンペラーたちは、事あるごとにワーカーたちに嫌がらせをしてきた。

 禁止されたのは立体将棋だけではない。娯楽という娯楽を取り上げようとしてみたり、食事の質を落とさせようとしてみたり、労働時間を延長しようとしてみたり、時代錯誤も甚だしいことをしようとする。


 しかし、そんな規則に従う者はまったくいない。これまで通りワーカーたちは自分たちの仕事をし、自分たちの食料は自分たちで調達する。なにせインフラを牛耳ってるのはワーカーたちなのだから。

 そして、ワーカーたちの逆襲が始まった。エンペラーたちへの食糧供給を停止したり、インフラ設備をエンペラーたちの区画だけ停止したり、完全に隔離したりした。


 エンペラーたちは為す術なく困窮していった。いくら金があろうと、権力を振るおうと、閉ざされた宇宙船の中では、何の力も発揮できない。いや、できないはずだった。

 彼らの強みは、唯一システムを牛耳っていることだった。

 艦内のシステムはすべてコンピュータで一元管理されている。従って、大元が抑えられていては、末端でいくら何をしても、システムがすべて弾くのだ。

 ワーカーたちの反撃はそこまでとなってしまった。


 そんなときである。艦が大きな揺れに襲われた。

 このアステリア号は大型艦であるため、多少の衝撃にはビクともしない。これまで、エンペラーたちの無策で陥った危機でも、艦内は比較的穏やかなものだった。

 しかし、今回の揺れはこれまでにない大きな揺れだったのだ。

 

 カタヌマ・キョウスケを始め、ワーカーたちは外部の状況が分からない。この艦は安全のため、外部装甲に窓は設けられていない。艦橋ですら艦内中央部に設置されているのだ。

 そのため、外の様子を知るためには、外部モニターを見るか、外部ハッチから艦外へ出るしかないのだ。

 しかし、艦外モニターがあるのは艦橋だけで、艦橋から映像を艦内モニターに流さない限り、艦内では外の様子を見ることができない。また、航行中に艦外へ出るのは、宇宙に置いていかれる行為であり、自殺行為でもある。

 

 そうこうしているうちにも、揺れはますます酷くなっていた。体幹のないものが立っていられなくなるほどで、固定していないものが棚から落ちた。

 カタヌマ・キョウスケは、いつも使っているコンピュータ端末から、艦橋の外部モニターをハッキングし、状況を確認しようとした。

 そして、驚愕の事実に愕然とした。


 モニターに映し出された宇宙空間には、光をまったく通さない真っ黒い天体が存在していた。大きさはおよそ0.3天文単位(au)で、太陽よりも大きい。

 そう、ブラックホールである。アステリア号はブラックホールの引力圏に捕まってしまったのだ。

 おそらく、エンペラーたちが勝手な指示を出し、コマンダーたちは逆らえずに言われたとおり操艦した結果がこれだろう。

 ブラックホールの存在は、この大きさで、いまの天体観測技術なら10万パーセク先にあったとしても、感知できたはずである。ましてやこの艦は探査艦である。それなりの装備を積んでいるはずで、コマンダーたちが感知していないはずはない。

 

 こうなってしまっては、採り得る方法はただ一つ。亜空間航行で振り切るしかないのだ。通常空間にいてはじり貧である。

 カタヌマ・キョウスケは、モニターで推移を見守りながらも、次の手を考えていた。

 いつの間にか彼の後ろには部下たちが集まり、固唾をのんでモニターを眺めていた。

「皆、状況は最悪だ。おそらく艦橋では上を下への大騒ぎになっているだろう。私たちができることは数少ない。しかし、できることがある。あの人を起動する。」

「えっ、あの人を起動するんですか。しかし、まだ実験段階で、念のためと積まれただけで、何もプログラムされていませんよ。」

「だからこそだ。最早一刻の猶予もならない。艦橋の無策、いやエンペラーたちの愚策に、自分たちの命を差し出すつもりは毛頭ないと思うなら、彼女に掛けてみようではないか。美しいあの人に。」


 カタヌマ・キョウスケが〔美しいあの人〕と呼ぶのは、人工頭脳コンピュータである。演算処理が旧来のコンピュータとは格段に違い、尚且つコンピュータ自身が自己判断で制御処理していくのだ。

 プロトタイプにおいては、太陽系内の航行試験で成功を収め、その改良版がこのアステリア号に積載されていた。

 現在実験段階であるため、システムからは切り離され、起動もしていないが、システムがエンペラーに牛耳られ、危険な状態である以上、彼女を起動するしか手は残っていない。そう、カタヌマ・キョウスケは判断したのだ。


 本来なら、艦長の同意を得てから起動することになっているが、技術者のトップである彼にとって、権限突破は朝飯前である。

 そうと決まれば、技術部のコンピュータから、〔美しいあの人〕にアクセスし、起動コードを入力する。

 暫くしてモニターに、〔Boot complete. Welcome to the new dimension of SynthoCerebrum. What shall we initiate?〕(起動完了。ようこそ人工頭脳の新しい世界へ。何を始めましょうか?)と表示された。

「コンピュータ。私はアステリア号技術部部長一等技術官カタヌマ・キョウスケ、IDナンバー9A3D2C1B4E5F67890FAEである。私の権限に置いて、現在この艦の置かれた状況を把握してくれ。」

「了解しました。IDナンバー9A3D2C1B4E5F67890FAE、アステリア号技術部部長一等技術官カタヌマ・キョウスケ様の権限を確認しました。あなたの権限は、無制限です。したがってすべての命令が実行可能です。

 まず始めに、この艦の置かれた状況を把握します。……把握しました。

 現在艦のシステムはIDナンバーF1E2D3C4B5A697889ABC、フヴェズダ・スタヴバ社所属のトマーシュ・ホラークが権限を行使しています。アステリア号は現在、正体不明のブラックホールの引力圏におり、トマーシュ・ホラークの指示の下、脱出を試みているようです。」

「ありがとう。脱出は成功しそうか。」

「脱出が成功する確率は27.3%、ほぼ不可能であると推察します。現在システムは最大艦速で脱出を試みていますが、通常航行による最大艦速であるため、この確率を推測しました。」

「了解。艦のシステムを一時的に君の権限に委譲して、操艦を任せることはできるか。」

「システム権限を委託され操艦をすることは可能です。しかし、現在システム権限がトマーシュ・ホラーク氏が持っているため、権限委譲ができないと推察します。」

「了解。それなら、私の権限において、システムを掌握することは可能か。」

「はい。カタヌマ・キョウスケ様の権限に置いて、システムを掌握することは可能です。一等技術者のあなたは、どの権限者よりも上位に位置されているため、権限の委譲はできませんが、保守メンテの名目でシステム掌握は可能です。」

「それで構わない。早速、システムを掌握して、この状況から脱出してくれ。」

「了解しました。最適解は、亜空間航行によるジャンプ航行での離脱が成功率99.7%と推定されます。実行しますか。」

「実行してくれ。」


 こうして、アステリア号は危機を脱出することができた。

 しかし、もう一つの危機が、カタヌマ・キョウスケに迫っていた。



【水泡に帰す】


 カタヌマ・キョウスケは、ひとまず危機が脱出できたことに安堵していた。

 彼の後ろでは、歓喜に騒ぐ部下たちが、お互いにハイタッチをし、抱き合い、奇声を上げて全身で喜んでいた。

 ハッキングしたままの外部モニター映像は、通常の宇宙空間が表示され、周囲には危険な天体は存在していなかった。


「脱出は成功しました。現在周囲1パーセクの範囲内に危険と思われる天体は存在していません。」

 〔美しいあの人〕の宣言に、部下たちはさらにヒートアップした。

「コンピュータ。ありがとう。君のお陰だ。」

「どういたしまして。また何かお手伝いできることがあれば、遠慮なくお申し付けください。」

 人工頭脳らしい受け答えに、カタヌマ・キョウスケは笑みを零す。


 しかし、これで一件落着とはならなかった。

「カタヌマ・キョウスケ一等技術者は、至急ブリッジに出頭すること。繰り返す……。」

 艦内放送がかかり、カタヌマ・キョウスケに呼び出しがかかった。おそらくトマーシュ・ホラークだろう、自分の指示とは違う操艦がおこなわれたのだ。彼の性格からして相当苛ついているに違いない。

 カタヌマ・キョウスケはどうしたものかと逡巡したが、部下の二等技術者であるギヨーム・ベルレアンに指示を出す。

「私が艦橋に呼ばれたと言うことは、おそらく今回の件についてのお咎めだと思う。

 最悪の事態も想定されるので、乗員全員を揚星艦に移艦させてくれ。もちろん、エンペラー、ノーブルたちには内緒でな。ナイトの連中は、もし降伏してきたら乗せてやれ。ただし拘束し、隔離した状態でな。

 移艦が終わったら、そのまま私の指示を待ってくれ。

 それと、100パーセク以内で移住可能な惑星があるか検索も頼む。

 おおいぬ座矮小銀河の外縁部だから難しいと思うが、もしなければ、鉱石が採掘可能な惑星でも構わない。ただ、星幻晶石ネビュロンエネルジャイトの鉱脈だけは是が非でも探しておいて欲しい。量子リアクターには欠かせないからな。」


「部長、叱責に応じるのですか。」

 ギヨーム・ベルレアンは、指示を確認したあと、心配そうに聞いた。

「応じるわけないだろ、彼らにぎゃふんと言わせてやるんだよ。そのためにも、君の協力が必要なんだ。まぁ、ぎゃふんで済めば御の字だけどな。」

「一体何を企んでるんですか。部長が味方で良かったですよ。」

 ギヨーム・ベルレアンは、要らぬ心配だったと安堵の表情になり、端末に向かってキョウスケが出した指示を実行した。


 暫くして、艦内放送がかかった。

「緊急避難訓練発令。緊急避難訓練発令。

 ただいま、当艦は小惑星との衝突により重大な損傷を受けたため、本艦を放棄する。

 全乗員に告ぐ。直ちに避難準備を開始し、揚星艦に避難せよ。

 なお、各自自分の持ち物を持って避難すること。

 タイムリミットは1ネビュラアワーとする。

 繰り返す……。」


 ギヨームのやつ、なかなか考えたなと、カタヌマ・キョウスケは感心した。

 揚星艦は全部で4艦格納されているが、1艦あたり1万人が搭乗可能であるため、4艦もあれば、余裕で全員搭乗できる上、全員が自分の荷物を持ち込んでも、余裕で収容できるのだ。

 その上避難訓練とすれば、皆素直に従ってくれるはずである。

 

 取り敢えず、あとはギヨーム・ベルレアンに任せて、カタヌマ・キョウスケは艦橋に連絡を入れた。

 モニターには、艦長席に陣取った、かなりお腹が膨らんだトマーシュ・ホラークの姿が映った。艦長はと言えば、自分の席を取られ、所在なげにその後ろに立っていた。その姿は対称的にヒョロヒョロで、吹けば飛びそうな感じだ。


「お呼びでしょうか。」

 カタヌマ・キョウスケは、白々しく問う。

「貴様、白々しいぞ!出頭しろと言ったはずだ。なぜ来ない。」

 トマーシュ・ホラークは苛々した様子で、腹を揺らし、肘掛けを殴った。

「通常、出頭と言えば、モニターでの通信になりますが。ご存じないのですか。」

 本当はそんなことない、彼が言うとおり出頭と言えば、出向かなければならないのだ。しかし、キョウスケは素知らぬ顔をして、有無を言わせぬ口調で断言した。

「艦長、そうなのか?」

「はい、そうでございます。」

 モニターの向こうでは、空調が効いているはずなのに、汗を拭きながら艦長がペコペコして応えている。


(おいおい、艦長、そんな規則はないぞ。大丈夫か。)

 キョウスケが心配になるくらい、艦長は人の話を何も聞いていないようだった。ただひたすらトマーシュ・ホラークの言葉に同意しているだけだ。


「ならば、ここで問う。先程の亜空間航行は貴様の仕業か!」

 ドデカい腹を揺らしながら、トマーシュ・ホラークが顔を真っ赤にして聞いてきた。

「何のことでしょうか。システムを管理されているのは、トマーシュ・ホラーク様ご自身ではないですか。そもそも、こちらでは航行時の様子は窺い知ることができません。今現在、通常空間なのか亜空間なのかは、艦橋にいる方でなければ把握できないのですから。

 ましてや、操艦などできようはずもありません。」

 キョウスケはのらりくらりと躱す。

「艦長、そうなのか?」

「はい、そうでございます。」

 モニターの向こうで、また同じやりとりをしている。ここまで来れば、単なる漫才である。笑いそうになるのを懸命にこらえながら、キョウスケは次の質問を待った。


「いや、そんなことあるか。絶対に貴様が何かしたはずだ。絶対に貴様の仕業だ!ブラックホールから脱出しようとしていたら、突然亜空間航行になったのだ、貴様以外誰がそんなことができるというのだ。正直に言え!」

 トマーシュ・ホラークは、怒り心頭とばかり、再び艦長席の肘掛けを拳で叩いた。

「そう言われましても、知らないものは知りません。それにしても、ブラックホールなどと言う危険な場所からこの艦を脱出させたなんて、トマーシュ・ホラーク様の手腕はすごいですね。」

「そうか?それほどでもないぞ。」

「はい、そうでございます。」

 トマーシュ・ホラークがキョウスケのお世辞に、照れくさそうにしていたが、その後ろで、艦長が同じ台詞を繰り返していた。


(絶対、艦長何も聞いてないぞ。)

 キョウスケは、人間追い詰められるとあそこまでなるのかと、心配を通り越して、恐怖を感じた。


 そんなやりとりを続けていたが、トマーシュ・ホラークは結局キョウスケの言葉を信じることはなく、延々と押し問答を続けていた。

 しまいには、キョウスケを処罰するとまでのたまった。


「信じて貰えなくても構いませんが、ここで押し問答していたところで、何の進展もありませんよ。私はそろそろ業務がありますので、これ以上の話がなければ、ここで終わりにさせていただきます。」

 キョウスケはそう言って、一方的に通信を切った。


「部長、全然ぎゃふんと言わせてないじゃないですか。期待してた分、損した気分です。」

 いつの間にか後ろに立っていたギヨーム・ベルレアンはがっかりしたような表情でそう言った。

「大丈夫、この画面見ててごらん。」

 そう言って、切ったと思っていたモニターには、まだ艦橋の様子が映し出されていた。モニターには大声でキョウスケを呼び出そうとするトマーシュ・ホラークの姿が映っていた。

「切ったのはこちら側からの映像で、向こうからの映像は切ってないよ。」

 キョウスケは、にかっと悪巧みをしている顔で笑う。


 モニターの向こう側では、艦橋の乗員たちが、次々と席を立ち、持ち場を離れていった。

 先程の緊急避難訓練の放送、実は、エンペラー、ノーブルの居住区画と、艦橋には流していないのだ。ただし、艦橋乗務員は部下に直接指示を出すこともあるため、イヤモニとマイクを常に携行している。そのため、そこへ直接避難指示を出したのだ。

 現在システム権限がトマーシュ・ホラークにあるものの、キョウスケも保守メンテの名目で権限を行使できるため、こんな芸当も朝飯前なのだ。


 こうして、キョウスケの思惑通り、エンペラー、ノーブルを除く全員が、揚星艦に移艦を完了した。

 本当なら、彼らを追い出して、アステリア号を奪取するべきなのだろうが、そうなると彼らを拘束することになる。もし、無駄な抵抗をされて、傷害が発生してしまえば、後が大変だ。

 それならば、何もせずに艦を任せ、彼らが無事地球に帰れば良し、たとえ彼らが遭難したとしても、その責任はキョウスケたちにはない。


 キョウスケは、地球の本部に向けてブラフの通信を送る準備をした。

 シナリオはこうだ。

 避難訓練中、訓練に参加しなかったエンペラー、ノーブル、ナイトを除く全員が乗り込んだ揚星艦が発艦した後、コンピュータが暴走し、亜空間航行が実行された。そのため、乗組員がいない状態で航行を続けている。


 万が一、彼らが地球に帰還し、ブラックボックスを調査されても良いように、避難訓練を実施し、揚星艦も発艦させる。

 そして、〔美しいあの人〕には、揚星艦発艦後、亜空間航行を実施し、通常空間に現出後、ブラフ通信を地球に送信し、その後通信機器はシャットダウンするよう指示を出してある。

 なお、ブラフ通信には、揚星艦の救出依頼も含めてあるので、地球から文字通り救出部隊が飛んでくるだろう。

 そうそう、アステリア号の通常空間現出先が、先程遭遇したブラックホールが存在する宙域であることを、カタヌマ・キョウスケは内緒にしていた。


 準備万端である。

 地球本部がこの通信内容をどう処理するかは彼らに任せるとして、トマーシュ・ホラークたちが、どう対処するかが見物みものである。

 彼らが、皇帝然として権力を握り、新たな帝国をつくるという野望はこれで水泡に帰すことになる。運良く生き長らえ、地球に帰還することが叶えば、再起も図れるだろうが、おそらくブラックホールに呑み込まれることになるだろう。


 カタヌマ・キョウスケは、ここまでしなければならない状況を作った、彼らを不憫に思いながらも、別段何の感慨も浮かんでは来なかった。

 そろそろ頃合いとして、カタヌマ・キョウスケたちも揚星艦へ移艦した。


<完>



【後書き:2025年1月】


 明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 ご一読いただきありがとうございます。

 2025年1月に提示されたテーマは【駆け引き】【美しいあの人】【水泡に帰す】です。

 またも、SFとは縁遠いようなテーマです。主人公が誰かと駆け引きをして、美しい女性が現れて解決しようとしてくれる。しかし、それが結局水泡に帰す。最初に思い浮かんだブロットはそんな感じでした。

 ただ、そこにどうやってSFを絡めていくか。そこで、困った時の人工頭脳です。頭の足りない権力者と主人公の対立に、人工頭脳を絡めれば、SFのできあがりである。

 しかし、水泡に帰すが困りました。最初は最終稿である現在の形と同様、主人公がハッピーエンドで終わる形を想像しましたが、それでは水泡に帰すテーマと反すると思い、逆のパターンである、無能権力者にやり込められ、宇宙へ追放されるところまで想像していました。

 結局、主人公がドンドン問題を解決してしまうため、私の思うような展開にならず、無能権力者を駆逐してしまいました。

 ですから、水泡に帰したのは無能権力者の方だったという落ちになってしまい、ちょっと不本意です。まぁ、すっきりしたから良いんですが。


 ちなみに、本文に出てくる〔美しいあの人〕が起動した時の画面表示で、人工頭脳をどう訳すか迷いました。artificial intelligence、いわゆるAIと訳すと、人工知能と人工頭脳を区別している私にとって、ちょっと引っかかっていたのです。

 そこて、造語として、SynthoCerebrumと言う単語を作ってみました。これはSynthetic(合成の)とCerebrum(大脳)を組み合わせた言葉です。

 もっと良い言葉があるでしょうが、ひとまずこれを人工頭脳の訳語としました。英語が堪能な方でも、SynthoCerebrumって何?ってなったと思うので、一応ここに説明を入れておきます。

 この作品をあなたはどう感じましたでしょうか。

 この作品が思索のきっかけになれば幸いです。

 次回は2月になります。よろしくお願いします。

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ケープゼレット(Képzelet) ~SF短編小説集~ 劉白雨 @liubaiyu

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