大馬鹿者 : 2024年12月
【No pain, no gain】
カールハインツ・シュネルドルファーは、ここアルタイル星系にある第四惑星ストレラで、開拓部隊の業務リーダーとして、コロニー建設をおこなっていた。
彼ら開拓部隊の業務は、森林を伐採し宅地造成をしていくことであり、彼らが造成した宅地には、続々と、巨大な建物が建っていたのである。
建設しているのは、大量に入植してくる人々のための居住区だけではない。鉱区で採掘した鉱物を加工する製造工場や、オートメーションで畜産物や農作物を生産する農業工場など、巨大な建物が雨後の筍のように建てられていた。
ストレラ星のこの場所に広大なコロニーを建設し、総合的な製造拠点を構築するのが、カールハインツ・シュネルドルファーが所属している会社〔バーンダーオ〕のプロジェクトなのである。
しかし、このコロニー建設プロジェクトは、名ばかりのプロジェクトで、ユートピア建設の理想とはまったく異なるのだ。
宇宙開拓が既に何世紀にもわたっておこなわれている、こんな時代にもかかわらず、やってることは、人類がまだ地面を這いずり回っていた、大航海と呼ばれ、世界中をヨーロッパ人が侵略していた時代、開拓という名を借りた自然破壊をしていたあの時代と、まったく同じ事をしているのだ。
つまり、このコロニー建設は、ストレラを支配下に置くための、足がかりを築くためであり、コロニーとは拠点基地のことなのである。
バーンダーオは、惑星開拓業を手広くおこなっている会社で、表向きはユートピア建設を標榜している。しかし、その実態は、〔No pain, no gain〕(痛みなくして、得るものなし)のスローガンの下、作業員には半ば強制労働を強いてる超ブラック企業なのである。
ノルマもきつく、通常、開拓には1ヘクタールあたり2~3週間ほどの期間が必要だが、バーンダーオでは、1週間が期限となる。
当然、開拓地にあるのは原生林であり、何が存在しているか分からない。巨岩や根が深く張った巨木などが存在したことも、一度や二度ではない。そのため、開拓部隊は不眠不休でノルマギリギリをなんとか熟しているのだ。
尚且つ、完全二交代制の労働形態である彼らは、ストレラの一日が地球時間で約26.7時間あるため、毎日14時間の労働を強いられており、従業員たちは疲弊していた。
開拓の方法も絵に描いたような時代錯誤であった。
現地住民との融和なんてのは表向きだけで、裏では反対勢力を完膚なきまでに叩き潰しており、強制的に土地を奪い、排除していくというのが会社の遣り方であった。自分たちの土地を守ろうとゲリラ活動を続ける原住民を、系列の警備会社が軍隊並みの装備で鎮圧していくのである。
部下からはカールと呼ばれて親しまれ、信頼されている、カールハインツ・シュネルドルファーは、そんな会社の遣り方に疑問を持っていた。原住民と必要以上に仲良くなる必要はないかも知れないが、彼らと手を取り合うことなく、強引に開拓を進めていくことは違うだろうと、カールは考えていた。
しかし、会社から〔No pain, no gain〕を言われてしまっては、心を鬼にするしかなく、部下をなんとか守りつつも、鼓舞し、日々の開拓業務に没頭するしかなかった。カールは、原住民を排除する仕事が、自分の仕事でないことを幸いと思い、自分の仕事に没頭した。
そんなある日、ゲリラが仕掛けた罠に嵌まった。
所詮、未開惑星であるストレラ人のやることだ、いくらオンボロ重機と言っても過酷な宇宙環境に耐えうるだけのスペックはあるのだから、彼らが使用する炸薬弾や榴弾ではビクともしないはずだった。ところが、使用していたのは、どこで仕入れたのか、クォンタム・ディスラプターであった。
クォンタム・ディスラブターとは量子エネルギーを利用した爆弾で、現在バーンダーオの警備会社が展開している地上部隊が、対戦車戦などで通常弾として使用しているものだ。それを、いまだ火薬を原料として爆弾を作っているようなストレラ人が使用したのだ。彼らにとっては未来の技術であるはずなのに。
誰かが横流ししているとしか考えられないのだが、今はそれどころではない。
カールハインツ・シュネルドルファーの部隊がそのクォンタム・ディスラブターを使用したゲリラに狙われたのだ。
被害は甚大で、カールも幸い命拾いはしたが、大火傷を負った。
無事だった部下たちは、カールを救出しようと彼が操縦する重機に集まってきたが、ストレラ人がそれを包囲するように、銃を構えていた。
【前に君がいるから】
カールハインツ・シュネルドルファーは、意識を取り戻した。
彼の目の前には、知らない天井があった。
全身を包帯で巻かれ、時折襲い来る痛みに歯を食いしばって耐えながらも、起き上がろうとしたがままならず、ベッドに横たわるしかなかったカールは、ストレラ人に囲まれたあの時、意識を手放した自分を、警備会社の部隊が助け出したのかと、そう思っていた。
その時、突然部屋にストレラ人の武装した女性が、何かを叫びながら乱暴にドアを開けて入ってきた。白衣を着た女性が彼女の行く手を阻もうとしているが、その白衣の女性をものともせず、押し退けて入ってきたのだ。
その女性の後ろから、一人の男性が入ってきて通訳をした。
「悪魔の手先。我が同朋を殺した罪、お前の命で償え。」
突然、そう言われたカールは、自分の今置かれている状況を一挙に理解した。状況から言って、捕虜として捕まり、取り敢えず治療は施され、一命を取り留めたのだろう。
彼女に対して反論する言葉はなかったが、カールはそれでも、覚悟を決めたように、これだけを言った。
「私の命を奪うことで、君の溜飲が下がるのなら、喜んでこの命を差し出そう。
ただし、私は会社に雇われた下の人間だ。私を殺したところで、第二第三の私が現れることになる。それでも良いのなら、私を好きにしたまえ。」
男性が彼女に通訳しているのだろう。彼女に伝えるようにストレラ語で話をしていた。
「命乞いをするつもりか!」
通訳の言葉を聞き終えた女性は怒り心頭で声を荒げた。
「私は命乞いをしない、ただ私の前に君がいるから、私は正面で君と向き合うだけなのだよ。」
男性の冷静な通訳を聞いて、カールが落ち着いたように返答すると、通訳は再び彼女に伝えるようにストレラ語で話をしていた。
通訳の言葉を聞いた女性は、少し逡巡するようにしていたが、意を決したように言葉を発した。
「お前の言い分は分かった。お前の命を奪うことは一旦保留にする。しかし、私の考え一つでいつでも奪えることを忘れるな。」
通訳を通じて、そう言葉が返ってきた。そして、男性が通訳し終わるのを待たずに、彼女は床を踏みつけるように大きな足音を立てて、部屋を出て行った。そして、通訳も後を追うように出て行ったのである。
看護師とみられる白衣を着た女性が、カールの様子を点検してから、静かに部屋を出て行った。一言二言何かを言っていたが、ストレラ語は理解できないため、カールは曖昧に頷くしかなかった。
翌日、カールの病室を訪れた人物がいた。こんなところで会うはずのない人物だ。
「カールハインツ・シュネルドルファー殿、私はバーンダーオ警備会社ストレラ支部第3部隊長のロルフ・ベーアです。このたびは私が横流しした物資で大変な怪我を負わせてしまい、大変申し訳なかった。治療用物資は私の方で都合をつけているので、安心して療養してください。」
「わざわざありがとうございます。
傷つけられたこと自体は気にしていないので、気に病まないでください。それだけのことを私たちはこの星の人たちにしてるんですから、このようなリスクは承知の上です。命があったことに感謝しています。
それよりも、なぜ部隊長のあなたが、こんなところにいるんですか。横流しとおっしゃってましたが、彼らを支援しているのはあなたなのですか。」
「ええ。私の責任において、私の部隊が軍事的支援を施しています。糾弾するならしていただいて結構です。その覚悟はとうにできていますので。」
「ご安心ください。そんなことはしませんから。むしろ、あなたのような人が我が社にいたことが奇跡だと、驚いています。」
カールとロルフはこうして、奇妙な出会いをした。
二人は、今後の去就について話し合った。とにかくカールは今動ける状態ではないため、すぐにどうこうできる状況ではないし、カールの部下は捕虜として軟禁されているため、何をするにしても、彼らを放ってはおけない。
また、ロルフにとってみても、彼はストレラ人の信頼を得ているため、下手なことをすれば裏切りと見做され、惨殺されることもあり得る。いくら、最先端の武器を携行していたとしても、多勢に無勢である。この状態からストレラ人の彼らを裏切ることは、物理的にも心情的にもできないと言う。
「カール、あなたを元の生活に戻すことは、現実問題到底できません。
たとえあなたが会社に戻ったとしても、会社があなたを死んだものとして扱っていて、遅れた工期の穴埋めに躍起になっている現状において、命の保証はできません。
それならば、ここで生きながらえて、再起を図る方がよほど賢明かとおもいます。」
ロルフの言うことも一理ある。カール自信、会社での処遇については、ずっと疑問に思ってきていた。使い捨ての道具のように休みなく働かされ、突発的な障碍も考慮されず、ノルマ一辺倒のやり方に、心底腹立たしかったのだ。
ましてや、部下たちも捕らえられている現状において、自分だけがノコノコと会社に戻っていったら、彼らの命を危険に晒す。そんなことは絶対にできない。
カールの心情は、問われるまでもなく決まっていた。
「ロルフさん、私は元の生活に戻る気はありませんよ。
会社を辞める良い機会です。辞職願ではなく死亡届を叩きつけたのは、少々不本意ではありますが。結果、大手を振って辞められたのですから、良しとしましょう。」
「そうですか。その覚悟がおありなら、あなたにお願いしても良いかもしれませんね。」
カールの言葉を聞いたロルフは、突然こんなことを言い出した。
「なにをです。」
「あなたに、反乱軍としてのリーダーを務めて貰いたいのです。
あなたは会社内でも人望が厚い。あなたを慕っている人間は、あなたの部下だけではありません。そんなあなたが、反乱軍のリーダーになれば、馳せ参じる者はごまんといるでしょう。」
ロルフの突然の申し出に、カールは心底驚いた。
自分はしがないただの労働者だと思っていたのが、突然反乱軍のリーダーになれというのだ。ましてや相手は、最新鋭の武器を揃えたバーンダーオ社である。
それに、ストレラ支社を潰したところで、おそらく本社や他の支社からここを潰しに警備部隊が押し寄せてくることは、火を見るより明らかである。
そのことをロルフに聞いてみた。
するとロルフは、ストレラに建設された工場は最新鋭の武器製造拠点であり、会社に対抗できる武力を用意することは可能であり、技術者も多数入植している現在においては、さらなる技術更新も見込める。
その上、ストレラ支社の頭をすげ替えさえすれば、あとは本社にいる協力者がどうとでもしてくれると言うのだ。
「この腐りきった会社を叩き直すための機は熟しています。あなたはその機に乗じるだけで良いのですよ。私はあなたを全面的にバックアップします。」
こうして、カールハインツ・シュネルドルファーは、反乱軍のリーダーに収まった。
そして、彼の身体の傷が癒え、動き回れるようになった頃、突然あの武装した女性が再び通訳を伴って現れたのだ。
今度は看護師に止められることもなく入ってきた彼女は、ストレラ語で何かを捲し立てていた。すかさず通訳が入る。
「お前が反乱軍のリーダーになると聞いた。そんなことでお前の、いやお前たちの罪が消えると思うな。そうして、我々を油断させようとしても、そうはいかない。頭の固い重鎮を懐柔できても、私まで貴様たちの思惑に
「別段、あなたのご機嫌取りのために、反乱軍のリーダーになったわけではない。無論あなたたちの重鎮を懐柔した覚えもない。
言ったはずだ。私の前に君がいるから、私は正面で君と向き合うだけだ、と。
ただ、今日はこの言葉も付け加えよう。私の隣に君がいるなら、私は君とともに歩もう、と。」
通訳の言葉を聞いた彼女は、顔を真っ赤にして怒りに震えていたが、カールの最後の言葉が通訳されると、さらに怒りに満ちた顔になった。
「貴様の言うことなど信用できるものか。」
そう捨て台詞を吐いて、前回同様、通訳が訳し終えないうちに、床を踏みつけるようにして部屋を出て行った。そして、通訳も訳し終えると、後を追うようにして出て行った。
【いっそ馬鹿になれれば】
カールハインツ・シュネルドルファーの体調はすっかり良くなった。
火傷の痕は大分残っているものの、生活には支障なく、軽い運動ならできるまでに回復した。
数ヶ月ベッドの上に横になっていたため、すっかり身体が
カールは、ストレラ人への感謝も込めて、改めてバーンダーオの暴挙を止めなければと、心に誓ったのだ。
事あるごとに現れては暴言を吐いて去って行く例の武装女性は、名を名乗るまでには関係が改善した。
彼女の名前は、ズハウモヨンヂ・ウミゼペ・ホノガと言うそうだ。ズハウモヨンヂが部族名、ウミゼペがファミリーネーム、ホノガが名前となる。ホノガとは力強き者と言う意味で、彼女はこの名前を大層気に入っていると、鼻高々に誇っていた。
ホノガは、この国、ゾナンタサ国の陸軍大将で、数万人からの軍隊を率いているのだ。力強き者という名前はさぞかし自慢であろう。
カールは、このストレラ星に国が存在していることも、この国がゾナンタサ国であることも、理解していなかった。いくら宇宙に進出していない未開惑星とは言え、文明があればそこに国が生まれ、国家運営がなされる。至極当たり前の話である。
そんなことすら知ろうとしなかった自分を、カールは恥じた。
バーンダーオ社の前時代的なやり方に憤りを感じていた自分が、知らないうちにストレラ星を見下し、会社と同じ目線で彼らを見ていたのだ。
会社と自分の違いは一体何だというのだ、結局何も違わないのだ。それだけカールは毒されていたのだろう。
いっそ馬鹿になれれば、いや本当の馬鹿になりきれば、どんなに良かったか。
カールは考えた。
〔馬鹿〕と言う言葉は、人を罵る時に使う言葉だが、逆に褒め言葉になることもある。「大馬鹿者」と言われれば罵倒語であるが、「専門馬鹿」と言われれば専門に精通していると言う賛辞語である。そこには皮肉も込められてはいるが。
何も考えず、ただひたすら会社の命令に従ってきた過去の彼は、確かにただの大馬鹿者だった。苦しい現実を変えようともせず、ひたすら艱難辛苦を甘受していただけなのだ。馬鹿にならなければやっていけなかったのも事実ではある。
しかし、現実を見て見ぬ振りをしてきたその結果が、ゲリラにやられ、大火傷を負い、ベッドで寝るだけの日々だったのだから、目も当てられない。なんとか一命を取り留めはしたが、馬鹿になろうとした結果がこれである。
カールは馬鹿になりきれなかったのだ。
こうして今は反乱軍のリーダーになっている。まだ具体的には何も事を起こしていないが、ロルフを始め自分の部下たちとも話をして、今後の方針を決めた。皆カールに付いてきてくれるという。結局カールは馬鹿になり損ねたのだ。いや、本当の馬鹿になったのかも知れない。命知らずという大馬鹿者に。
馬鹿になりきれなかった大馬鹿者であることを自覚したカールは、いよいよ行動の時が迫っている事を感じていた。
バーンダーオ支社ビルへ乗り込み、支社長の頭を挿げ替える。サポートは第3部隊が担ってくれるのだ。その上、今後の籠城作戦に支障が出ないよう、できる限り無血開城をしなければならない。血を流すのは支社長とその取り巻きだけで充分だ。
綿密な計画を立てたのだ。問題はないはずだ。
カールは部屋の窓から、星空を見上げ考えを巡らしていた。
ゲリラに襲われたあの日、過去の自分は死んで、新たに生まれ変わるのだと、そう心に誓った。そして、ホノガに生殺与奪の権を握られて、ますますその気持ちを確固たるものにした。
ただ、生まれ変わるつもりになったのは良い。しかし、反乱軍のリーダーとしての責任が、彼の肩に重くのしかかっていた。本当の意味で生まれ変わらなければならないのだ。
カールは腹を括った。大馬鹿者になりきるための決意を固めたのだ。
〔無知の馬鹿〕ではない〔馬鹿を自覚した馬鹿〕として、自分が無知であることを理解し、その無知から脱却するために、足掻き、藻掻く。本当の意味での馬鹿になりきるのだ。
自らを馬鹿者にすること、このことが本当の意味で、彼が生まれ変わることになるのだから。
この星の、ストレラ星の人々を守るために、命を繋いでくれた人々に恩返しをするためにも。
<完>
【後書き:2024年12月】
ご一読いただきありがとうございます。
2024年12月に提示されたテーマは【No pain, no gain】【前に君がいるから】【いっそ馬鹿になれれば】です。
今月は英語のテーマから始まりました。どこかの音楽ショップみたいなテーマですが、「痛みなくして得るものなし」と言う、なにか教訓めいた言葉です。
この言葉から連想するのは、社畜でした。
ひたすら馬車馬のように働かされる社畜。会社はNo pain, no gainと言いながらも、何の痛みも感じない。痛みを感じるのはいつも従業員である。
そんな社畜の話を思い浮かべたのですが、いかんせんこのままではSFとは結びつきません。
そこで、社畜から連想を広げ、奴隷、植民地と思い至ると、漸く今回の話が浮かび上がりました。
しかし、残りのテーマがテーマだけに、主人公のカールが決意して終わるという、なんとも中途半端な終わり方です。最近、むしろこの中途半端感がクセになりつつあります。
反乱が成功するにせよ、失敗するにせよ、彼の決意がこの文章のテーマであると思うので、結論が蛇足だと感じてしまうのも、中途半端感に嵌まっている証拠かも知れません。
この作品をあなたはどう感じましたでしょうか。
この作品が思索のきっかけになれば幸いです。次回は年明け1月になります。よろしくお願いします。
よいお年をお迎えください。
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