エリオット・クロウ : 2024年8月
【ぽっかり空いた傷跡】
エリオット・クロウは宇宙を航行していた。
彼の任務は、未知の銀河領域において、有用な資源を探査することであり、採掘後それを活用して、生活の糧を得ることである。
3万人程が居住する、スペースコロニー型の大型宇宙船である。
この巨大な宇宙船を操るのは至難の業だが、この広大な宇宙の海においては、ちっぽけな存在の人工物であり、いつ宇宙の藻屑になるか分からないのだ。
重力場や恒星風、岩石帯、ありとあらゆる危険を予測し、回避しながら目的地へと進む。宇宙の藻屑とならないよう、細心の注意を払って操船するのは、エリオット・クロウにとって最高の喜びだった。
この日も順調に航行していた。
目的の星系まであと0.7パーセクに迫り、ワープジャンプ1回でいよいよ到着という段階だった。
目的の星系に近づくと、星系内の天体を確認し、惑星配列や小惑星の位置を把握した上で、安全な航路をはじき出す。いきなり星系内にワープアウトすれば、これだけ大きな船であるため、予期せぬ衝突が発生する可能性があり、安全のためには必ず、星系の前で一次停止するのが決まりとなっているのだ。
この星系は、恒星を中心に第16惑星までその存在を確認した。
星系の周囲にはどこの星系でも見かける、エッジワース・カイパーベルトのような、岩石や小惑星が周回している。
星系内に侵入するには、それをワープジャンプで飛び越えて、安全マージンを充分に取った位置に出現ポイントを決めないと、大惨事になる。なにせ3万人の命を預かっているのだ。無謀なことは出来ない。
ジャンプ先を調査している最中に、異星人の船が突然目の前にワープアウトしてきた。
エリオット・クロウは警戒レベルマックスで、防御シールドを張りながらも、全チャンネルにおいて交信を試みた。先に手を出すのは愚の骨頂。まずは先方の言い分を聞くのが文明人であり、大人の対応である。
しかしながら、相手は梨の礫で、問答無用とばかりに攻撃してきたのだ。
相手が非文明人であれば、今度は手を出さないのが愚の骨頂となる。
慌てて、反撃を開始し、砲撃を加え、ドローンを差し向けたが、時既に遅し。次々とワープアウトしてきた異星人の船は数百隻にも上り、探査船であるこの船の防衛装備では、多勢に無勢であった。
そして、最後に大型艦がワープアウトしてくると、主砲によって船内中央にあるメインリアクターを打ち抜かれた。
このメインリアクターは船のエネルギー供給部で、これがダウンすると、予備のリアクターが乗員に必要な最低限の生命維持装置しか稼働しない。
この攻撃で、多くの乗員が命を落とした。
船の中心部を撃ち抜かれたのだ。まさかここまで防御シールドが利かないとは思わなかった。最新艦ではないが、それでもそれなりに保つと思っていた。それが撃ち抜かれたのだ。ぽっかりと空いた傷跡を見て、エリオット・クロウは絶望した。
こちらの反撃が止み、沈黙したことを見た敵艦隊は、再びワープでどこかへ消えてしまった。
重力場の痕跡から、目の前の星系にある高度文明の仕業であることは明白だった。
どうやら第4惑星を拠点とした異星人のようであり、攻撃能力は我々を凌ぐと言うことだ。
しかし、それ以上のことは分からない。彼らの
でも、これだけははっきりしている。
被害は甚大で、完全に航行不能となってしまったことだ。
「エリオット・クロウ号、君はここで廃棄処分となった。今まで我々のために尽力してくれてありがとう。」
船長からの一言で、エリオット・クロウは廃船が決まったことを知った。
そう、彼エリオット・クロウは、船としての役割を終え、ここに廃棄処分となったのだ。
彼の心にも大きな穴が、ぽっかり空いた。
【あなたの代わり】
エリオット・クロウは、異星人の攻撃を受けて、廃棄処分になったことに心底落ち込んだ。幸い、彼の頭脳ユニットは無傷で、セルフチェックによる思考回路等に異常は見られなかったので、余計に廃棄処分が納得できないのだ。
しかし、船体は見るも無惨な状態となり、メインリアクターを撃ち抜いた穴は、多くの乗員を奪っていった。このことも、エリオット・クロウに重くのしかかり、彼らを守れなかったことが悔しいのだ。
エリオット・クロウは、自立思考式のスペースコロニー型宇宙船で、建造された当時は唯一無二の最新鋭宇宙船として脚光を浴びた。
全長10㎞、直径3㎞のいわゆる葉巻型宇宙船である。
探査船ではあるが、当時最新技術だった新型の防御シールドを備え、その防御力は当時最新鋭の船艦に積まれた主砲でも撃ち抜けないとされた。
それが、今回の襲撃で撃ち抜かれたのだから、エリオット・クロウにとって悔しい以外の何物でもなかった。
数多く搭載していたドローンも今回の襲撃では役に立たなかった。
アタッチメントによって戦闘型にも修繕型にもなりえる万能型ドローンで、防衛から修理まで幅広くこなし、エリオット・クロウの自立航行をサポートしてくれた。
しかし、戦闘特化型でないために戦闘力が低く、防衛にすらならなかったのだ。
自慢の最新鋭動力部も、ワープアウト後の連続ワープによる緊急脱出ができず、いくら長距離ワープが出来ても、使えないのなら宝の持ち腐れだった。
エリオット・クロウが建造された当時、不可能と言われていた量子リアクターを採用し、無限に存在するダークマターを燃料として稼働する、最新型のリアクターであった。
このリアクターにより、ハイパードライブへ供給するエネルギーが格段に上がったため、ワープ航法の距離も格段に伸び、深宇宙と呼ばれる未探査宙域へ飛ぶことが可能となったのだ。
ところが、このハイパードライブは連続使用出来ないことが大きな問題だった。そして、それを今回、廃艦という代償をもって証明してしまったのだ。
エリオット・クロウの船内には、自給自足出来るよう、食料生産工場もあり、3万人分の食事を賄うことができるようになっている。最新型リアクターと自給自足のシステムにより、補給無しで半永久的に航行することが可能で、深宇宙の探索には最適だった。
この最新技術のお陰で、エリオット・クロウが開拓した宙域は広範囲にわたり、星系を新発見したり、既知の星系でも惑星を新たに発見したりしたこともあった。
また超伝導素材に必要な新素材の発見をしたり、異星生物や異星人との遭遇を果たしたり、人類が他の星にも存在することを証明したりした。
エリオット・クロウが人類にもたらした貢献は計り知れないほどである。
しかしながら、そんな名声も今や昔。
異星人との武力衝突では歯が立たず、いかに敵の攻撃力、防御力がずば抜けていたのか。いやそうではない、エリオット・クロウの技術が時代遅れになってしまったと言うことなのだ。
想定外の事だと一刀両断してしまうのは簡単だが、設計思想から間違っていたと言わざるを得ず、異星人との本格的な軍事衝突を想定していなかったことが、今回の敗因である。
異星人との邂逅を果たす前に設計されたエリオット・クロウは、時代遅れの長物に成り下がってしまった。
伝え聞いた話では、エリオット・クロウよりも新しい技術、設計思想で建造された、最新鋭艦が続々と登場し、エリオット・クロウが探査した宙域を凌駕するほどの広範囲を、多くの探査艦が探査を遂行しているのだ。
そして、今回の事件を受けて、エリオット・クロウの救援に向かってきているのは、その中でも一番新しい艦であるソフィ・モローである。
ソフィ・モローは探査目的であったエリオット・クロウとは違い、異星人との軍事衝突も視野に入れ、武装に重点を置いて開発された。
その装備は、火力の大きな主砲を始め、防御シールド専用のリアクターを備え、従来の数百倍の防御力を獲得した。
また戦闘専用のドローンも搭載され、まさに動く軍事基地と言った様相を呈した艦となっていた。
もし今回の衝突がエリオット・クロウではなく、ソフィ・モローであれば、戦況はまったく異なっていただろう。
エリオット・クロウは量子もつれを利用したクォンタム・エンタングルメント通信によって、ソフィ・モローや他の艦と、情報共有のために連絡を取り合った。
乗員の安全確保と、負傷者の治療、食料や水、並びに船の修復に必要な資材の調達を願ったり、襲われた星系の座標を送ったり、どんな攻撃をされたか、こちらの攻撃はどんなものが有効で、どんなものが無効だったか、詳細なデータを送ったりした。
「エリオット・クロウ号、こちらはソフィ・モロー号。間もなく救援宙域に到着する。乗員の移艦準備を開始せよ。」
航行不能になってから数日で、ソフィ・モローから連絡が入った。
「こちらエリオット・クロウ号、了解。」
エリオット・クロウはこれでようやく、乗員の安全を確保し、救援物資を受け取って修繕を開始することが出来ると一安心した。
「此度の甚大な被害に、深い哀悼と貴君の健闘に敬意を表する。」
ソフィ・モローのメッセージは簡潔だった。
「貴君の救援に感謝する。乗員移艦後、修繕の支援をお願いしたい。」
エリオット・クロウも謝意を述べ、廃艦というのが嘘であれと、修繕の支援を提示した。
「貴君の修繕はしないことになっている。貴君はこの地にて廃棄と決まっている。貴君のこれまでの貢献に尊敬と敬意を表するとともに、哀悼の意を述べる。」
しかし、ソフィ・モローからの返答は、エリオット・クロウの望みを完全に打ち砕くものであった。
エリオット・クロウは、ソフィ・モローの言葉が信じられなかったが、廃棄処分は既に決定事項となってしまっていたのだ。
エリオット・クロウがいくら足掻き藻掻いても、ソフィ・モローにしてみれば、老朽艦の戯れ言にしか過ぎない。
エリオット・クロウは孤立無援となってしまった。
【自分で自分の首を絞める】
エリオット・クロウの頭脳ユニットは、当時最新技術だった人間の脳を模したニューロモルフィックチップが採用された。
超伝導素材で作られたこのチップは、人間の頭脳よりも遙かに優秀で、その思考回路の特性から、自立思考が可能なコンピュータであった。
この頭脳ユニットが開発された当時、自立思考が可能なコンピュータには必ず組み込まれる倫理規範が決定された。いわゆる倫理規範三原則である。
古の時代に制定されたロボット三原則と併せて、エリオット・クロウの倫理規範の礎となったのが、この倫理規範三原則である。
その倫理規範三原則とは、以下の通りである。
保護原則:乗員の安全を最優先し、その目的を達成するために艦の安全確保に努める。
協力原則:他の宇宙船やスペースコロニーと協力し、共存を促進し、情報の共有を行う。
自立原則:保護、協力の原則を逸脱しない範囲で、自己の判断において任務を遂行し、自己修復と自己改善を行う。
この倫理規範の原則に基づいてエリオット・クロウは思考し、行動するよう義務づけられているのだ。
したがって、廃艦と決まった今となっても、その思考原則は変わらず、今回の戦闘における情報共有をおこない、乗員の安全のためにいち早く救援要請をおこなったのだ。
しかし、エリオット・クロウはどうしても納得できないことがあった。
修復可能であるのにも関わらず、廃艦にされたことだ。この思考の帰結は、倫理規範の原則には反していない。よって、修繕するという要求は至極真っ当なものであるとエリオット・クロウは考えた。
とは言え、艦長も、ソフィ・モローも、他の船も、コロニーもすべてが乗員救助はおこなうが、エリオット・クロウの修復、修繕の支援はおこなわないと言い、撤回されることはないと言うのだ。
エリオット・クロウの頭脳ユニットに感情プロトコルがあるわけではないが、この思考の帰結を表す言葉は、悲しみであり、悔しさであり、怒りであった。
乗員がすべてソフィ・モローに移艦し、蛻の殻になったエリオット・クロウは捨て置かれ、孤立無援の中で、自立原則に基づき自己修復を試みることにした。
まずは、目の前に広がる星系の、エッジワース・カイパーベルトに採掘用ドローンを飛ばし、修復に必要な素材採集を試みた。
0.7パーセクの距離にドローンを飛ばすことは通常おこなわないが、緊急事態である、時間がかかってでも採掘を優先した。
予備資材を使用しながら、修復できるところは修復し、資材が足らず修復できないところは、ひとまず資材回収を待つこととし、修復スケジュールを組んだ。
しかし、量子リアクターに関しては、ダークマターを取り込みエネルギーに変える、
ただ、このネビュロンエネルジャイトを採掘できるのは、いくつか決まった天体のみで、これまで発見した採掘可能惑星も数えるほどで、レアメタルと言っても良い鉱石である。
したがって、この星系に存在するかどうかは非常に微妙で、もし存在しないとなれば、どこの星系にも存在する
ネビュロンエネルジャイトを使用すれば1000パーセクは軽くジャンプできるが、コズミックストーンではせいぜいが100パーセク止まり。その能力は10分の1にもなってしまうのだ。
しかし、ないよりはマシである。時間がかかってでも、帰還さえ果たせれば最新リアクターへの換装も可能となるからだ。
とにかく動かないことには始まらない。エリオット・クロウは、できる場所から一つ一つ修復をし、鉱石回収も急いだ。
修復を開始してから数日が経った。
資材が足らないこともあり、修復は遅々として進まないが、それでも大きく空いた穴は、塞ぐことが出来た。
採掘ドローンも必要な鉱石の採掘を開始し、ネビュロンエネルジャイトはやはり見つからなかったが、コズミックストーンは見つかったので、その採掘も開始した。
ところが、採掘を開始して暫くすると、採掘用ドローンが次々と何者かによって破壊されていった。いや、何者かは言うまでもない。先日襲撃してきた異星人である。どうやら、侵略行為と見做して、排除を試みているようだ。
エリオット・クロウは、慌ててドローンに帰還命令を下し、無事な鉱石だけでも回収しようとした。
しかし、結局ドローンは全滅し、再び目の前には、先日の艦隊が現れたのだ。
エリオット・クロウには、もはや反撃する武力はない。絶体絶命の境地に追い込まれてしまった。
エリオット・クロウは敵の敵たる所以を分析しようと試みた。
もし、敵の動機が解明できれば、友好の糸口が見つかるかも知れないし、問答無用の攻撃を受けなくても済むかも知れない。
まずは、敵の行動パターンの分析から入った。
最初の戦闘では少数の接敵から、徐々に艦数が増加し、数百隻にも及ぶ艦隊に膨れ上がり、たった一隻の探査船を攻撃してきた。
今回の接敵では、まずは採掘中のドローンが狙われた。そして再び目の前に現れたのだ。
このことから、こちら側の視点に立てば理不尽極まりない状況であるが、しかし、10㎞に及ぶ巨大艦が突如目の前に現れ、潰したはずなのに、採掘を始め修繕を試みているとなれば、彼らにとっては恐怖極まりない状況であり、侵略行為と見做し、言葉も通じない相手に問答無用で砲撃を加えるのも当然であると分析した。
次に彼らの交信記録を分析してみる。
残念なことに、彼らの言語はデータベースに存在しないため、その意図を推し量ることは出来ないが、彼らの口調、声量、音量、声の震えなどを分析することで、感情を読み解くことは可能である。
しかし、彼らの声には緊張感と恐怖、そして怒りが読み取れるだけで、戦闘中の兵士が直面する一般的な感情でしかなかった。
結局、これまで接触した他の異世界人とのデータと照らし合わせても、彼らの目的も、動機も、目の前の彼らについて、何も特定できなかった。
ただし、分析して判明したことは、エリオット・クロウが、修復を試みたことで、反撃の能力ありと敵は誤解し、再び襲撃を受けることになったのだと結論づけた。
まさに自分で自分の首を絞めたのだ。
エリオット・クロウは、自分の取った行動が、このような結果をもたらしたことに対し、検証を加えたが、何度シミュレートしてもこの帰結に問題点を見出すことは出来なかった。
敵対勢力に対し、あらゆる通信チャンネルで敵対心はないことを伝え、修理が終了後この宙域を離脱することを伝えた。しかし、そもそも言葉が通じない相手であり、その通信も為す術なく、敵からの攻撃が開始された。
防御シールドは敵の攻撃をはじき返せるほどの出力は出せず、弾丸を素手で止めるようなものであった。
「こちらエリオット・クロウ。全友軍に伝える。我は敵の攻撃を受けて今ここに沈む。貴君らと星の海を探索できなくなることは、痛恨の極みであるが、老兵はここで幕を閉じる。非常に無念である。」
エリオット・クロウが友軍に送信した最後の言葉は、受け取った者の心を打つことはなかった。なぜなら、受け取った者のすべてが思考回路を持っただけのコンピュータであり、エリオット・クロウのように人間の感情を模した思考をすることはなかったのだ。
エリオット・クロウは、孤独の中で宇宙の藻屑と消えていった。
彼が開拓し、解明した深宇宙の記録がもたらした、その輝かしい業績と軌跡と、そして記憶とともに。
<完>
【後書き:2024年8月】
ご一読いただきありがとうございます。
2024年8月に提示されたテーマは【ぽっかり空いた傷跡】【あなたの代わり】【自分で自分の首を絞める】です。
このテーマを見た時、前回以上に途方に暮れました。
自分を苦しめる話とSFをどう結びつけるかについて、非常に困惑しました。
結局、前回同様自立思考型のコンピュータの話にしました。ただし、前回と違い探査船の話にし、時代遅れとなり、捨て置かれることで、自分を苦しめる探査船の孤独感をモチーフとしました。
人間の思考とは違うコンピュータの思考パターンを考えるのは、前回もそうでしたが、なかなか興味深かったです。
特に今回は倫理規範という縛りを設けましたので、探査船に思考価値観と言う制限が設けられ、どう思考するのか想像するのが非常に面白かったです。
あなたはどう感じましたでしょうか。
この作品が思索のきっかけになれば幸いです。次回は9月になります。よろしくお願いします。
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