第51話 桃いっぱいで幸せ

 本日もログインです。

 ホームの部屋は、インテリアを増やした結果、生活感が出てきて過ごしやすくなった。やっと馴染んだな~。


「今日は街探索を楽しもう!」


 第二の街に着いてから、ほぼ農作業しかしてない。おかげで作物は充実してきたし、それが楽しかったけどさ。


 今植えている作物は、ニンジンとかの野菜各種に果樹、薬草、魔力草などなど。収穫が楽しみ。


 バトルフィールドで種や苗が手に入るらしいって噂をルトから聞いたので、探しに行きたい気持ちもあるんだけど、まずは街を楽しみたい。


「桃っ、桃〜、桃カフェだ~よ~」


 歌いながら街を進む。

 前にフルーオさんに教えてもらった桃カフェに行きたいのだ。確か『桃カフェ・ピーチーズ』っていう名前。

 桃をたっぷり楽しめそうな予感がする。


「お、ウサっ子、桃スイーツ食いたいのか?」

「僕に言ってる?」

「アンタしかウサギはいないだろ」


 声を掛けられたので足を止め、ハハッと笑う男の人を眺める。たぶん顔見知りじゃない。なんで声かけられたんだろ?


「桃スイーツは食べたいけど、それがなに?」

「いや、俺のダチがやってる店が、桃フェア中なんだよ。美味いから教えてやろうと思ってな」

「おお! そうなんだ。ありがとう。なんていうお店?」

「『ナンバーワン・スイーツフル』だ」


 地図を渡された。

 自分から一番って言っちゃうタイプのお店かぁ。スイーツが美味しいならいいけど。


「王国一のチェーン店だぞ」

「チェーン店なんかい!」


 思わずズッコケた。てっきりこの街に根ざした有名なお店なんだと思ったよ。チェーン店が悪いとは言わないけどさ。ちょっぴり気分が下がる。


「――とりあえず行ってみるよ。教えてくれてありがと」

「おう。くれぐれも『桃カフェ・ピーチーズ』ってとこには行くなよ。あそこ、先代が亡くなってから、味が落ちたらしいからな!」

「え?」


 男から去り際にもたらされた情報に、きょとんと目を丸くする。

 フルーオさんはおすすめって言ってたけど、実は違うの? 先代って人がいつ亡くなったか知らないけど、昔からの付き合いがあって薦めてただけなのかな。


「……ま、どっちも行けばいいか」


 桃ならいくらでも食べられるもんね〜。

 てくてく歩いて進む。見えてきたのは『ナンバーワン・スイーツフル』って書かれた看板だ。大通りに面した店なだけあって、繁盛してるみたい。

 桃のイラストが描かれたのぼりがあって、テンション上がってきた。


 扉を開けるとすぐに、店員に「お一人様ですか?」と聞かれる。なんかファミレスっぽいな。


「一人だよ」

「ではこちらのお席へどうぞ」


 案内されたのはカウンター席。テーブル席はほとんど埋まってたし、別にいいんだけど、椅子の高さ的に微妙に落ち着けない感じがする。


 桃フェアの内容は、パフェとパンケーキ、アイスだった。たくさん桃がのってるし、美味しそうな写真だ。


「ご注文はお決まりですか?」

「桃のパフェを一つ」


 注文してしばらく待つ。

 到着した桃パフェは、やっぱりファミレスとかでよく見る感じ。クリームを覆い隠すように並んでる桃を食べると、甘さをよく感じられて美味しい。バニラアイスと桃のシャーベット、木苺のアイスも冷たくてさっぱりする。


「……底はコーンフレークがいっぱい」


 コーンフレークは嫌いじゃないけど、多すぎるとちょっぴり損した気分になるよね。上のアイスとかクリームとかと食べ進める分量調整が難しい。


「あ、一番下は桃のピューレだ」


 テンション上がった。これが一番桃の味が濃くて美味しいかも。


「――……わざわざ呼び止めて教えるほどかな?」


 食べ終えて首を傾げる。

 美味しいのは間違いないけど、それは桃自体が美味しいから。スイーツとしての工夫はあまり感じない。

 パフェってそんなもんだよ、って言われたらそれまでだけど。


「次行くか〜」


 待ってるお客さんもいるみたいだし、さっさとお金を払って退店。


「桃カフェ、味が落ちたらしいね〜」

「ペシェリーさんが亡くなったからね。娘さんが後を継いだって聞いたけど」

「娘さんも王都でパティシエしてたんじゃないの?」

「でも、王国一のパティシエだったペシェリーさんの後だと、劣った感じがしてもしかたないんじゃない?」


 お客さんの会話をなんとなく聞いてしまう。

 桃カフェ、元は王国一のパティシエさんがしてたのか。それは食べてみたかったなぁ。


 そんなことを考えながら、大通りから逸れて進む。桃カフェは奥まったところにあるみたいなんだ。


「あ、ここか」


 レトロ感のある店構え。看板にはお洒落な感じで『桃カフェ・ピーチーズ』って書かれてる。

 扉を開けたら、カランッと軽やかな音がした。いいねー、エモいってやつだよ。


「っ、いらっしゃいませ! 一名様ですか?」

「うん」

「では、こちらへ。……別の椅子をお持ちしますね!」


 店員の女の子がニコッと笑う。

 ここはテーブル席ばかりで、お客さんは一組しかいなかった。老年のご夫婦が紅茶と一緒にケーキを食べてる。

 なんか穏やかな雰囲気で居心地が良い。


「こちらをお使いください」


 テーブル席に用意してもらったのは、子ども用の高めの椅子。これならゆったり座っても、テーブルに手が届く。気配り上手だなぁ。


「ありがとう」


 ぴょんと飛び乗って、メニューを眺める。革表紙のしっかりした作りのメニュー表は、それだけでなんだかテンションが上がった。大人になった気分?


「――おすすめはある?」


 桃カフェ、という店名だけあって、桃を使ったメニューがたくさんあった。

 スイーツだけじゃなくて、サラダとか軽食とか、こんな感じで桃を使えるのかって驚いちゃう。桃ってパスタにも使えるんだ? スープも美味しそうだなぁ。


「軽食でしたらサンドウィッチセットがおすすめです。ミックスサンドと桃のフルーツサンド、ドリンク付きになってます。スイーツでしたら、桃カフェのスペシャリテがおすすめです。ピーチメルバとピーチカヌレ、シュークリームが載ったプレートになっています」


 スペシャリテというからには、この店の代表メニューってことだよね。


「じゃあ、桃カフェのスペシャリテを一つ」

「はい。少々お待ちください」


 ニコッと笑った女の子が厨房に去っていく。


「パティエンヌちゃんは、ペシェリーが亡くなって大変なのに、笑顔で健気だねぇ」

「随分と悪評も立てられてるっていうのに。なんであんな良い子が苦労しなきゃいけないんだか」

「あの一番みたいな名前の店は、あくどいことをするもんだよ……」


 老夫婦が女の子の後ろ姿を見て目を細めてる。昔なじみのお客さんなのかな。

 ただの店員さんだと思ってた女の子が、このお店を切り盛りしてるっぽいことを言ってて、ちょっと驚いた。


 パティエンヌちゃんかー。見た目はまだ十代って感じ。王都でパティシエをしてたらしいから、もうちょっと年上かもしれないけど。カフェラテみたいな髪色で、ほんわかした印象だ。


 それにしても、悪評って……あれかな。「先代が亡くなって味が落ちた」ってやつ?

 わざわざ呼び止めてきた男の人もそんなこと言ってた。というか、あの人が積極的に悪評を広めてるんじゃないかな?


 食べてみなきゃ、実際にその評価がどうなのかはわからないけど。


「お待たせしました。桃カフェのスペシャリテです」

「おお! 美味しそう!」


 届いたのは、真っ白なお皿に三つのスイーツが載ったものだった。


 ピーチメルバは、甘く煮た桃にバニラアイスが添えられて、ラズベリーソースが掛かってる。甘い桃の香りが、もう美味しい感じがする。


 ピーチカヌレは、見た目は普通のカヌレに生クリームが添えられたもの。中に桃が入ってるのかな?


 シュークリームは、シュー生地の中に、生クリームとカスタード、生の桃、ジャムが入ってるみたい。これも美味しそう!


「まずはピーチメルバ!」


 桃とアイスをラズベリーソースに絡めてパクリと食べる。


「――うっまーい!」


 びっくりした。想像の百倍美味しい。バニラアイスは濃厚だけど、桃の味を邪魔しなくて。桃は甘く煮てあるけど、しっかりと桃らしい味が残ってて。ラズベリーソースは甘酸っぱくて、味を引き締めてくれる。


 最高のスイーツだね! これまで食べた桃スイーツで一番美味しいかもしれない。


「ふふっ、喜んでもらえてよかったです」


 パティエンヌちゃんがにこにこと微笑んだ。


「すっごく美味しいよ! こんな美味しいの作れるなんて、すごいねー」

「……父が残してくれたレシピがありますから。でも――」

「うまうま」


 美味しすぎて止まらない。あっという間になくなっちゃうのが寂しいよ。

 まぁ、スイーツはあと二つ残ってるんだけど。


 カヌレは予想通り中に桃が入ってて、しっとりもちっとした感じだった。ラム酒はほどよい風味で、桃の甘さを引き立てる。ピーチメルバとは違う桃を使ってるのかな? 飽きがこないな〜。


 シュークリームは見た目よりクリームがさっぱりしてて、桃とジャムがシュー生地とよく合う! ペロッと食べちゃった。


「――美味しかった!」


 これに悪評が立つって、どう考えても嫌がらせじゃない?

 僕はナンバーワン・スイーツフルのパフェより好きだな〜。


「そう言っていただけることが、パティシエにとって一番の喜びです」


 ふわりと微笑むパティエンヌちゃんに握手を求める。


「一流のパティシエさん、美味しいスイーツをありがとう。特に、このピーチメルバ、大好きになったよ」

「ありがとうございます。私、パティエンヌと申します。ピーチメルバは亡き父が残してくれたレシピをアレンジしたものなんですよ。本当は幻桃ラールペシェという桃で作るのですが、生産されなくなってしまって……」


 パティエンヌちゃんは、ちょっと落ち込んだ感じだった。幻桃ラールペシェかぁ。それで作ったら、もっと美味しくなるのかな?


「その幻桃ラールペシェって、どこで採れるの?」

「南の密林に果樹があると、聞いたことはありますが」


 きょとんとするパティエンヌちゃんに、うんうんと頷く。

 南の密林、行ってみてもいいかもしれない。


幻桃ラールペシェで作ったピーチメルバは、もっと美味しい?」

「……それは、もう! 本当に美味しいんですよ! 父が作ってくれたピーチメルバを食べると、幸せいっぱいで、天国にいるような心地がしたんです。あれを作れたら、グルメ大会で優勝できるかも。そうしたら、このお店だって……」


 キラキラと目を輝かせたと思ったら、しょんぼりと肩を落とす。パティエンヌちゃん、なんかお困りですね? 悪評立てられてて、困ってないはずがないけど。


「グルメ大会?」

「はい。この街の一大イベントですよ。食事部門、スイーツ部門に分かれて、一番美味しいグルメを決めるんです」

「へぇ。それで優勝したら、どうなるの?」

「知名度アップ、お客さんいっぱい。そうなったら、お店をやめなくてすむかも……あっ!」


 ハッとした感じで口を押さえてる。

 なるほど。このお店、閉店の危機にある感じか。お客さん少ないもんね。


 う〜ん、と悩んだけど、もう心はほとんど決まってた。


 難しいことはわかんないけど、僕は幻桃ラールペシェで作ったピーチメルバを食べてみたい。だから幻桃ラールペシェを探しに行こう!

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