第11話 ナメプではないよ?

 木の陰から僕たちを睨む金色の眼差し。

 深緑色の体毛が、四肢を動かす度に美しく輝く。筋肉で覆われた立派な体格だ。


「——これが草原狼プレアリーウルフ。草原の覇者……」


 思わず呟いた僕を、カミラがちらりと見下ろす。


「すごそうに言ってるけど、あれ、私ならワンパン」

「でしょうね!」


 緊張感漂わせてみたけど、Cランクのカミラにとっては楽勝な相手だって、なんとなく分かってたよ。じゃなきゃ、初心者の指南役なんてできないもんね。


「問題なのは、あれが仲間を呼ぶこと」

「仲間?」

「遠吠えしたら注意。次々に草原狼プレアリーウルフが集まってくる」

「それはキツイ……」


 狼に囲まれてる僕って、傍から見たら普通に弱肉強食を象徴した感じの光景だと思う。だって、うさぎと狼だよ? 絶対うさぎが負けるじゃん!


「——うわ~ん、食べられたくないよ~」

「負けることはあっても、食べられることはない。死に戻りするだけ」

「だけじゃないよ。怖いよ」

「旅人は死に戻り無限保証があるって聞いた。でも、アイテム半減と、一時間ステータス半減は、確かに怖い」

「そういう問題じゃなーい!」


 それも怖いけどね! 集めた薬草がなくなったら嫌だなー。


「あ、来た。モモがうるさいから」

「最初からロックオンされてましたけど?」


 僕がうるさいせいにしないでよね。

 近づいてくる草原狼プレアリーウルフから目を逸らさない。逸らした瞬間に飛びかかって来そうで怖いんだもん。


「モモ、攻撃受けるチャンス」

「軽く言うじゃん」


 すっごく嫌です。でも、これもバトルに慣れるためだから……。僕は、自分の防御力を信じる……!


「——よっしゃ、どこからでもかかってこい!」

「ワオーンッ!!」

「やっぱこわいーーっ!」


 思わず逃げちゃった。だって、草原狼プレアリーウルフが牙を剥き出しにして迫ってくるんだもん。ドンと構えてられるわけなくない?


 走り回る。さっき素早さ上げて良かったー! 今の状態でも、ちょっとずつ距離が縮まってる気がするのはなんでですかね? 草原狼プレアリーウルフさん、速すぎやしませんか?


「とても野生的な狩りの光景」

「そんな観察してる余裕、どっかに投げて!」


 必死に逃げてる僕を眺めてるカミラが視界に入り、思わず怒鳴る。はやく助けてよー!


「でも、攻撃受けるチャンス」

「あ、そうだった……」


 一回攻撃されないと、ここまで来た意味ないんだよね。うぅ、がんばるか……。


 諦めて足を止める。心臓がドクドクと早鐘を打ってるのは、走ったからなのか、怯えた心を奮い立たせてるからなのか。

 どちらにしても、もう後戻りはできない。


 草原狼プレアリーウルフが迫ってくる。覚悟を決めて、だけど牙で噛まれるのだけは回避しようと、攻撃を見定める。あと、すぐに攻撃に転じられるように魔術の発動準備。


 いざ、勝負だ、犬っころめ!

 真正面に大きな口が迫ってきたけど、目は閉じなかった。僕の覚悟を見せてやる。


「ガウッ!」

「ほぎゃーっ……あ、う?」


 噛みつかれるのは回避できた。奇跡みたいな反射神経。僕、こんな動きできたんだね。

 代わりに、勢いよく横から吹っ飛ばされて、宙を飛んだ。でも——?


「——あんまり、痛くない? というか、ダメージが2だけ……」


 減った体力がみるみる内に回復して全快になる。

 オート回復機能に大感謝。でも一番感謝すべきなのは、たぶん防御力の恩恵だよね? 防御力激高種族ありがとう!


 そんで、木に衝突する前に飛翔フライを発動。へへん、宙を泳いで勢いを殺すことに成功だ! 我ながら最良の判断だった。


 木に足を着いて、再び飛翔フライ発動。宙から草原狼プレアリーウルフを眺めるぞ。届かないだろー、このやろー。


「ヴヴッ」

「めっちゃ唸ってるじゃん。笑」

「急にナメてる」


 カミラがなんか呆れてるけど、攻撃を受ける体験をしたら、もう草原狼プレアリーウルフなんて怖くないんだもん。緑色のカッコイイだけの犬に見えてきた。


「これでもくらえー。ほにゃららこにゃらら——火の玉ファイアーボール!」


 やっぱり呪文はどうにかなりませんかね?

 ちょっと顔を顰めちゃったけど、魔術自体は草原狼プレアリーウルフにしっかり当たった。「キャインッ」って鳴いてる。


 ちょうど飛翔フライの効果時間が切れそうだったから、地面におりて一旦仕切り直し——。


「ッ、ワオオオォォオン」

「うるさっ!?」

「仲間呼ばれた」


 これが遠吠えってやつですね。耳が壊されるかと思いました。聴覚鋭敏のスキル使ってなくてよかった。


「というか、体力あんまり削れてなくない?」

「攻撃力足りなかった」


 怒り狂ってる草原狼プレアリーウルフの体力バーは一割削れたかどうかくらいしか減ってない。そんなぁ……。


「……それなら、学んだ知識を活かすべし!」


 というわけで、各属性の魔術を順番に使ってみるよ。草原狼プレアリーウルフも、属性でのダメージ量に変化はないらしいので、一通りボール系の魔術を投げてやる。


「グル……」


 どんどん魔術を投げては、飛翔フライで逃げて、ノーダメージで一体倒したぜ!

 消えていく草原狼プレアリーウルフの姿に、達成感が湧き上がる。


「……あれ? アナウンス入らないなぁ。戦闘終了し——てないっ!?」


 横手から突撃されてびっくり。

 目をまんまるにしたまま宙を飛んでます。噛みつき攻撃じゃなくてよかったー。


 飛翔フライでさらに上昇しながら、周囲を見渡す。

 ……すごい数の草原狼プレアリーウルフだ。十体以上はいるよね? フルパーティー推奨の意味がわかったよ。これ、無限に湧いてきちゃうの?


「ダメージはくらわなくても、倒すの大変……。魔力が底をついちゃいそう……」


 やばーい。どうしよう?

 飛翔フライを使って攻撃を躱しながら悩んでたら、カミラと目が合った。カミラは地面に向けて風魔術を使って、反動と風力で滞空してるみたい。それ、すごい技術だよな?


「もうサポート入る?」

「……お願いしまーす」


 目的はもう達成したし。遠慮なく言ったら、「じゃあ、滞空続けてて」と返された。カミラはなにをするつもりだろう?

 言われた通りに飛翔フライを繰り返して眺めること数秒。


「ふあっ!?」


 カミラの周囲が陽炎みたいに揺らいだ気がした。

 ……いや、あれは、空気が動いてるんじゃない。魔力が可視化されてるんだ。


火炎絨毯イクスプロージョン


 炎が溢れる。草原を荒立つ波のように炎が這い、草原狼プレアリーウルフを一瞬で焼き滅ぼす。

 まるで火山の噴火で生まれた溶岩のようだった。


「………………こっわ!!」


 え、怖すぎない? 魔術ってこんなこともできるんだ。すごいね?

 いつか僕にも使える日がくるんだろうか……。


「終わった」


 すべての草原狼プレアリーウルフが倒された後には、あっさりと炎の絨毯が消えた。草原には焼け跡ひとつない。

 魔術がフィールドに影響を与えない設定でよかったね!


「お疲れさまです。りんごでもどうですか?」


 怖いし機嫌を損ねないようにしよー、と今さらなことを考えておもねってみた。でも、出したりんごがたべかけのやつだったから慌てちゃう。


「ありがとう」

「あ、あ、いや……うん、喜んでくれるなら、いいんだよ……」


 カミラが地味に嬉しそうにしてたから回収は諦めた。食べかけだけど、むしろ効果は上乗せされてるみたいなもんだからね。上手く使ってください。


草原狼プレアリーウルフを十三体倒しました。経験値と【草原狼プレアリーウルフの肉】✕8、【草原狼プレアリーウルフの皮】✕5、【草原狼プレアリーウルフの牙】✕2を獲得しました〉


 なんかすごいくれた!

 もしかしてカミラが倒した分まで報酬を分けてくれてる?


〈種族レベルが7になりました。6SPを獲得しました〉


「レベルが二つも上がった! カミラ様様だー!」

「……モモの成長のために、これでよかったのか悩ましい」


 カミラはちょっと眉を顰めてるけど、気にするな。もっと強くなれるよう、これからは自分で頑張るからさ。



******


◯NEWアイテム

草原狼プレアリーウルフの肉】レア度☆

 筋肉質な肉。調理すると食べられる。歯ごたえがクセになるため、ファンが多い。


草原狼プレアリーウルフの皮】レア度☆

 鞣して革にするとアイテム製作に使える。魔術への耐性がある。


草原狼プレアリーウルフの牙】レア度☆

 尖った牙。草原狼プレアリーウルフ討伐の証。アイテム製作に使える。貫通力がある。


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