22-借り生徒競争
「次は、先生方による、借り生徒競争です!」
「何かしら、借り生徒競争って」
よく分からない競技名がアナウンスされた。
「なんだろう? 借り物競争に名前は似てるけど」
夢乃さんも把握していないようだ。
「この競技は、借り物競争の対象を生徒に限定したものです! 出場する先生は各レース4人ずつ! お題も決まっています! お題は『元気な生徒』、『優秀な生徒』、『真面目な生徒』、それと『可愛い生徒』! 誰がどのお題を引いたかは全員がゴールしてから発表します! そしてなんと選ばれた生徒には今日限定の先生と一緒にお昼を食べる権利をプレゼント! カッコいい先生に連れられたら、発表までドキドキですねー!」
追加でアナウンスされる。
なるほど、エキシビションとしては優秀だ。女子高の生徒なら、キャーキャー騒げる内容だろう。
「なるほど、面白いね。どの先生が出るんだろう?」
幸恵さんが疑問を口にする。確かにこれに一々騒ぐ者たちにとっては重要な事柄だろう。
「佐仁田先生はやっぱ、カタいんじゃない?」
夢乃さんが悪戯っぽく私と幸恵さんを見る。
「……そうね、人気だもの」
別にアレが出るからといって、キャーキャー騒ぐ私ではない。確かに愛してはいるがそれは飽くまで下僕として。仮に選ばれたところで、下僕が私を選ぶのは当然の事柄であって、わざわざと喜ぶ事柄ではない。幸恵さんはというと、
「そうだね。まあ、選ばれるとしても、2番目か3番目のお題だろうし……」
可愛い生徒としては選ばれる自信は無いようだった。
どちらかと言えば地味な方に分類される彼女だが、決して可愛くないというわけでも無いと思うのだが。
「あ、先生方が並んでいますわよ!!!」
「良かったじゃんあかりちゃん! いるよ?」
ニヤリと笑って祁答院に言う夢乃さん。
「そ、そうですわね……先生が元気な生徒を引いたら、もしかしたら呼ばれるかもしれませんわ……」
こちらも可愛い生徒としては呼ばれる自信がない様子。祁答院の自信過剰っぷりも、恋をするとどこかへ行ってしまうらしい。
「3人とも、可愛いと思うけどなー。呼ばれちゃうかも?」
またも悪戯っぽく微笑む夢乃さん。
「な、なんで私まで話題に……」
2人とも、なら別にいいのだが。
「でも、選ばれたら嬉しいんじゃない?」
尚もニヤニヤと笑う夢乃さん。
「評価されるのは素直に嬉しいけれど……それだけよ、特別な感情はないわ」
全く。彼女はこういう話題になると悪ふざけが過ぎる。
「それより、競技が始まるみたいよ?」
グラウンドの中央を指差す。係の生徒が設置された机に何やら置いている。恐らくはお題の書かれた紙だろう。教師陣も、出走位置らしき場所に集まっている。
「最初の方はあんま知ってる先生いないねー」
夢乃さんがつまらなさそうに呟く。
ウチの学校は教師数が多い。関わりのない先生もそれなりの数がいるのだ。
「そうね……あら? 佐仁田先生と内山先生、同じ組みたいね」
他の出走者も見覚えのある先生2人だ。どうもあの組は2年の理系クラス中心の編成らしい。
「本当だ。各学年で知ってる先生を固めてるのかな。その前の組も、知ってる先生だ」
幸恵さんが頷いて言う。
見てみると、一年生の頃に授業を受けた先生や、今も私たちの授業を担当している先生が並んでいる。
「おっ、始まった! まあ、この組は知らない先生がばっかだし、こっちには来ないねー」
顔だけは見たことがある、という程度の認識の先生が走って他学年の生徒の待機場所に向かう。先生が生徒に手を振るたび、離れていても聞こえる大きさの歓声が上がる。
……人生楽しそうで何よりだ。
そして、いくら教師数が多いとはいえ、若い男性という条件付きだ。そう時間はかからずに佐仁田達の順番は近づく。一組前のレースが始まると、一人の先生が近づいてくる。
「山田! 一緒に来てくれるか?」
「え、私ですか?」
幸恵さんが意外そうな声をあげる。
腕まくりをした一見体育教師にも見えるこの人は田辺先生。英語の先生で一年二年通じて私もお世話になっている。顔だちもそれなりに整っており、周りからは歓声とうらやむ声が聞こえる。
「ああ! 少し、龍造寺と迷ったがな」
「わ、分かりました……」
急いで立ち上がり、田辺先生についていく幸恵さん。
隣を見ると夢乃さんも声をかけられている。
「ちょっと行ってくるね!」
夢乃さんは元気に言い、
「選ばれるといいね」
と小声で残した。
そして全員の先生、及び彼らに選ばれた生徒がゴールにたどり着く。
「田辺先生が引いたのは真面目な生徒! では残る楠本(くすもと)先生が引いたのは当然……可愛い生徒だー!」
放送部の生徒がそれぞれの先生が引いたお題を発表する。身近な人物が可愛い生徒として選ばれたという事が発表され、周りからはまたしても歓声が。褒められ慣れているのか、楠本先生に連れられた夢乃さんはいつも通りの笑顔で何やら話している。
「夢乃さん、可愛らしいものねえ」
世間話的に祁答院に言うが、
「……」
返事をしない祁答院。見ると、手を組んで何やら祈っている。
「……何してるの?」
声をかけ、肩を叩くとようやく気が付く祁答院。
「い、いえ、何も!」
慌てたように言う祁答院。
「あそこまで露骨に祈っておいて、何もはないでしょう。内山先生に選ばれたいのよね?」
何を祈っていたかは想像に難くない。思ったことを言うと、
「そ、そうですの。内山先生が元気な生徒を引いてくれればいいなと思って……」
想像通りだったようだ。あの先生は祁答院の事を結構気にかけている。可愛い生徒を引いても声をかけてくれそう、というのは口に出さなかった。もし彼が来た時に、真っ赤な顔をさせるのは少々気の毒だと思ったからだ。
「そうね、私も祈っておくわ」
口だけというのもなんだか嫌だ。内山先生に祁答院が選ばれますように。一応、軽く祈っておく。
軽く目を瞑って開くと、スタートラインに佐仁田らが立っていた。それぞれ生徒席を確認している。誰がどこにいるか、目星をつけているのだろう。唯一、内山先生だけは面倒くさそうに空を仰いでいた。
雷管の音がする。各々机に急ぐ。またしても内山先生のみ、ゆったりと移動している。
一番先に机に辿り着いたのは佐仁田。追って内山先生以外の二人が到着した。真っ先に紙を手に取った佐仁田は紙を確認するなりこちらへ走ってくる。凄い速度だ。
「龍造寺さん! 来てください!」
そこそこの距離を走ったはずだが、少しも息を切らさずに佐仁田は言う。
「いいですけど……さっきの速度じゃ、私付いていけませんからね?」
真っ先に私を選んだのは下僕としてはいい判断だが……他の生徒の前であそこまで迷いなく選ばれると、少々面倒くさい。事実、流石だの、いいなーだの、様々な声が周りから聞こえる。加えて祖父だって見ているのだ。あまりパフォーマンスじみたことはやめて欲しい。
「安心してください。しっかりとエスコートします」
まるで結婚でも申し込むかのように、膝をつき私の手を取る佐仁田。周囲からは噂の新任イケメン教師の気取った仕草に黄色い歓声が上がる。結局誰が相手でもエンタメになるのか、という周りの生徒の残念な思考への諦観と、パフォーマンスを効かせ過ぎな佐仁田への怒りが、同時に湧いてくる。
「せ、先生……少々羽目を外しすぎでは?」
しかしながら私も年頃の少女だったのか、ほんの少し、反射的に頬が熱くなる。そんな自分に自分で苛つきながら答える。
「すいません、つい。まあ行きましょう」
何を思ったか、佐仁田は失礼と呟くと……横抱き、つまりは俗にいうお姫様抱っこの形で、私を抱き上げた。
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