21-パン食い競争で食べるのは一つです
「内山先生、相変わらずサボリ魔なんだねー」
立ち去った内山先生の方を見ながら、夢乃さんは呟く。
「そうね……まあ、本分は忘れない良い先生ではあるし、体育祭はメインのお仕事ではないでしょうから……」
苦笑いしながら答える。
生徒の、それも理事長の孫の前で堂々とサボリ宣言というのは中々にファンキーというかなんというか……
「……あかりちゃん、大丈夫? 具合悪い?」
俯いたままの
「し……」
「し?」
幸恵さんが聞き返すと、
「心臓が
真っ赤な顔で祁答院は言う。佐仁田を下僕にしている私が言うのも何だが、彼女は本当に教師を相手に恋をしているらしい。
「お、お顔が近くて……心臓がバクバクしましたわ……だ、大丈夫だったかしら!? 音、聞こえてなかったですわよね!?」
「大丈夫よ、心拍の音なんて耳も当てずに聞こえちゃたまらないわ」
大真面目に言う祁答院に、呆れの混ざった声で答える。
「本当に先生の事好きなんだね……」
驚きの色が入った顔で幸恵さんは言う。
「そ、そうですわね……」
またしても俯く祁答院。結局、HRが始まるまで祁答院は俯いたままだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「頑張ってきてくださいまし!!!」
開会式も終わり、本格的に体育祭も始まるぞ、という段。祁答院はすっかり調子を取り戻し、100m走に向かう私たちを見送る。
「うん! バッチリ1位取ってきちゃうね!」
元気に夢乃さんは答える。ショートカットの彼女はハチマキがよく似合う。
「頑張って走ってくるね」
「ええ、行ってくるわ」
私と幸恵さんも祁答院に答え、入場門へ向かう。
「緊張するね……」
列に並んでしばらく経ち、幸恵さんが呟く。
「そう? こういうのは楽しんだもん勝ちだよ! 固くならないで、ハッピーに行こう!」
夢乃さんが笑って軽く幸恵さんの背中を叩く。
「そうだね……うん。特訓もしたし、気負わず行くよ」
夢乃さんの言葉で緊張がほぐれたのか、いつも通りの顔つきになって頷く幸恵さん。
私はというと、応援席の方に気を取られていた。メイド服姿の二人組が一般的な服の父兄らの中でとても浮いている。六浦姉妹である。全く、恥ずかしいからああいうのはやめて欲しい……こちらに気付いたのか、手をブンブン振る恵。隣の瞳は長いレンズのついた本格的なカメラをひたすら私の方に向けている。
「次の種目は、2年生による100mです!」
放送部の生徒のアナウンスで、グラウンドの真ん中へ向かう。
順番に位置につき、走る生徒達。幸恵さんも走り、その後程なくして私の順番が回ってくる。役員席をチラリと見ると祖父が腕を組んでこちらを見ていた。忙しい身にもかかわらず、こういう学校行事には理事長としてキッチリ出てくるあたり、祖父の生真面目さが伺える。
練習で言われた点を思い出しながらスタート姿勢をとる。雷管が鳴り、走り出す。始まってしまえばレースは一瞬で終わり、なんとか1位をとれた。思えば、こういう催しでのレースで1位をとったのは初めてかもしれない。同じく1位だった幸恵さんと微笑み合う。職員席の方を見ると、佐仁田がこちらを見て頷いていた。まあ、下僕とはいえ特訓をつけて、実際二人とも効果が出たのだ。少しは感謝するとしよう。頷き返し、レースの開始位置を見ると、最後のレース、夢乃さんが走るところだった。結果は僅差で2位。とはいえ、相手は確か陸上部だったはずだ。大健闘と言えるだろう。
そのまま係の指示に従い退場門に向かう。退場門に着き、競技が終了すると、夢乃さんが近づいてくる。
「ごめーん! 負けちゃった!」
「気にしないで。相手は陸上部の人だったじゃない。大健闘よ」
思った通りの事を口にする。
「それに、楽しんだもん勝ちって言ったのは夢乃ちゃんでしょ? 楽しんだならそれでいいんだよ」
幸恵さんも微笑みかける。
「そうだね! 楽しかったからいーや! それにしても、二人とも1位取れてよかったね!」
「うん! 1位なんて初めてかも!」
笑って言う幸恵さん。
「私もよ。特訓の成果かもしれないわね」
事実、タイムも縮んでいた。体育の時のデータを元に走る組み合わせは決められているはずなので、特訓で有利にはなっていただろう。
「そうだね! 特訓してよかった!」
話しながら自クラスの陣地に戻ると、祁答院が拍手で迎えてくれた。
「皆さん素晴らしいですわ!!!」
「ありがとうあかりちゃん」
「そんな、拍手までしなくていいわよ……恥ずかしいじゃない」
こういう大げさなのには慣れていない。
「まーまー! 無礼講ってヤツじゃない? あ、パン食い競争そろそろ集合みたいだよあかりちゃん!」
入場口の方を指さす夢乃さん。確かに、係の生徒が集合を伝えている。
「では、行って参りますわ!!! 全部のパン食べきってあげますわー!!!」
大きな声で言うと、祁答院は入場門の方へ走って行った。
「……あかりさんはパン食い競争の仕組み、理解しているのかしら」
確か、口だけで吊るされたパンを掴み、1つ掴んだら後はゴールに走る競技だったはずだ。
「……あかりちゃんだからねえ」
幸恵さんも少し不安そうな顔をする。
「あかりちゃーん! 取るパンは1つだよー!」
手でメガホンを作り、夢乃さんは祁答院の背中に呼びかける。
「そうだったんですのね!!! 助かりましたわー!!!」
どうやら聞こえたらしく、同じく大きな声で答える祁答院。
「言って良かった! やっぱり勘違いしてたみたい」
夢乃さんは敷かれたブルーシートに座りながら言った。
「やっぱり……」
「あれくらいのルール、把握しておいてほしいわね……」
思わず声に呆れが混じる。
「まあまあ。あかりちゃん、根はいい子だし、頑張り屋だから。そろそろ始まるみたいだよ」
夢乃さんの言う通り、パンの吊るされた台がグラウンド中央に準備され始める。
「次はパン食い競争! 皆さんゴールした後は美味しく食べてくださいねー!」
放送部の生徒のアナウンスも聞こえてきた。
出場生徒達が移動し、競技が始まる。祁答院は3レース目だ。しばらく待つと、祁答院がスタート位置に立つ。雷管が鳴り、走り出す祁答院。速くなったとはいえ、元々が元々だ。出遅れる祁答院。だが、競技の肝は吊るされたパンをいかに早くキャッチするか。ワンテンポ遅れて台に到着した祁答院は、なんと一回でパンを咥えることに成功する。考えてみれば、祁答院は背が高い。この競技では有利だ。そのまま難なく1位でゴールする祁答院。彼女はパンを頬張りながら嬉しそうにこちらに手を振る。どちらか一方にすればいいものを……
皆で手を振り返してから、自分のクラスの他の生徒を応援する。得点版を見ると、どのクラスもそれほど点差はない。まあ当然か。まだ個人競技しか行っていないのだから。
パン食い競争も無事終わり、落ち着いた雰囲気になる。私の学年はしばらく競技が無いのだ。
祁答院が帰ってくる。当然のごとく、とっくにパンは無くなっていた。
「見ました!? 1位ですわー!!!」
「ちゃんと見ていたわよ……良かったわね」
「おめでとうあかりちゃん」
幸恵さんと2人で祝福する。
「おめでとう! いいなー、皆1位で」
若干不満そうな夢乃さん。
「夢乃さんは選抜リレーの選手じゃない。十分挽回はきくわよ」
「そうそう」
「そうですわ!!! 全員リレーだって、アンカーですもの!!!」
3人で励ます。
「もう、そんな励ましてくれなくても大丈夫だよー。冗談冗談!」
にこっと笑う夢乃さん。自分で楽しめばいいと言ったのだ、本人が楽しんでいないわけがないか。
安心した気持ちでいると、放送部のアナウンスが聞こえてくる。
「次は、先生方による、借り生徒競争です!」
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