20-ストレートに変態
車の座席に深く座り込む。
「ふう、今日は疲れたわ」
幸恵さんと駅で別れた後、六浦に連絡をとって迎えに来てもらった。それにしても、
「遅かったですが、何をされていたのですか?」
そういえば六浦には遅くなる、としか伝えていなかった。
「少し短距離走の練習をね。友人らと行ったのだけれど、中々楽しかったわ」
わざわざと佐仁田に習ったことを伝えることもないだろう。そこは省略して説明した。
「いいですね! 私はお嬢様のご友人が増えて嬉しいです……!」
涙を拭うようなジェスチャーをする六浦。
「……何よ、その私が今まで友人がいなかったみたいな言い草は」
はっ倒してやろうか。確かに少なかったが、いなかったわけではないし……
「ま、まあともかくご友人が増えるのはとても良いことです! そのご友人方と仲を深めるのも!」
バックミラー越しに私の顔を見て、言い繕う六浦。そんなに不機嫌な顔をしていただろうか。
それにしても、佐仁田。アレの処遇はどうしたものか。そんなことを考えていると、屋敷に到着する。見ると、佐仁田も丁度帰宅したようで、鍵を開けようとしていた。
「あら、佐仁田先生。早いわね?」
学校での呼び方で佐仁田に声をかける。
「……ええ。龍造寺さんこそ、思っていたより遅かったのですね。学校を出た時刻から考えると、もう帰宅していてもいいかと思いましたが」
眉を上げて不思議そうな顔をした後、私に合わせる佐仁田。
「少し寄り道をしたの。まあそんなことはいいわ。中に入りましょう」
不思議そうな顔をする六浦を尻目に、中へ促す。
佐仁田が扉を開け、私は中へ入る。追って佐仁田が入ってきたところで私は佐仁田を部屋の中へ突き飛ばす。体格が大きく違うとはいえ、不意の一撃。佐仁田は少しよろける。そのまま私は床を指さす。膝まづけ、というジェスチャーだ。佐仁田も意図を理解したのか、素直に床に膝をつける。佐仁田の顔は期待に満ちている。私はにやけ面の佐仁田の髪を掴み、押し下げる。
「貴方っ! ねえ! 放課後の! 視線! 私が! 気づかないとでも!?」
そのまま佐仁田の頭を何度も踏みつける。
「うっ! ふぐっ! ああ! ありがとうございます!」
「踏まれて悦んでいるんじゃないわよこの変態! そんなにあの脂肪の塊がいいのかしら!?」
怒りに任せて踏みつけ続ける。
「ぐむっ! い、いえ! 私は女王様が全てです!」
「嘘をおっしゃい! どうせ私は貧乳よ!」
踏みつける力が更に強くなる。
「そんなことは!」
私の言葉に佐仁田はガバッと顔を上げ、
「ほら、こんなにも柔らかい! それに、胸の大きさだけが女性の魅力ではないですよ!」
私の胸を触った。
「ーーーッ! この、変態!」
ストレートな変態行為に、私は人生で最大級のビンタをかました。
◇◆◇◆◇◆◇◆
食事を終え、入浴している。隣にはいつも通り六浦が控える。あの変態は簀巻きにしてきた。
「全くあの変態は……」
六浦に髪を洗ってもらいながら呟く。時間が経ったがまだ怒りは完全には収まらない。
「お嬢様のお胸なんて、私でさえそう触れるものではないというのに……羨ま―――いえ、けしからんですね」
六浦の失言は聞き流すことにしよう。
「それにしても……はぁ」
自分の胸を見てため息をつく。控えめ、という表現ですら適切じゃない程にしか、膨らみがない。
「参考までに聞くのだけれど、六浦は私と同じくらいの頃は胸ってどれくらい……いえ、忘れて」
鏡に映るたわわに実ったそれを見て、言葉を取り消す。
「お嬢様は十分すぎる程魅力的ですよ!」
「口だけの励ましは要らないわ」
六浦の言葉は本心からのものだというのは分かっているのだが、だからといって気分は上がらない。
「胸だけが魅力ではない、か……」
ふと、佐仁田が言った言葉を思い出す。本当だろうか。佐仁田だって、大きい方が好みなのではなかろうか。昼間の態度を改めて思い浮かべる。……多分そうなのだろう。
「六浦? さっきの言葉……あれは本心からのもの?」
思わず口を滑らせる。
「ええ! だって、こんなに華奢でお綺麗ですもの! とーっても、魅力的です!」
六浦が私を抱きしめる。
「……そう。そうよね、ありがとう」
静かに、頷いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「お嬢様、頑張ってくださいね! 瞳と一緒に応援しますから!」
校門の前、六浦は私の手を取り激励する。
「別に応援なんていいのに……まあ、程々に頑張るわ」
時は経ち体育祭当日。特訓の成果もあり、私も含め友人らのタイムは向上した。バトンパスの練習もして、準備は万端といったところだ。私は断ったものの、六浦姉妹は応援すると言って聞かず、仕方なく入場証を渡した。
直で更衣室へ向かい、クラスごとに作られたTシャツに着替えて教室へ着くと、同じく既に着替えを済ませた数人のクラスメイトが談笑していた。その中には友人らの姿も。
「おはよー朱音ちゃん! あ、コレハチマキね!」
夢乃さんが赤いハチマキを渡してくれる。私のクラスの色だ。
「ありがとう」
髪を後ろで結び、ハチマキを巻く。わざわざ反抗する程ではないが、体育祭でハチマキを巻くという文化、あまり好きではない。というかハチマキというものがあまり。まあ、赤い帽子を被るくらいならこちらの方がマシとは思うが。
「今日は頑張ろうね」
幸恵さんも声をかけてくる。
「ええ、頑張りましょう。そういえば、あかりさんは?」
「まだ来てないよ」
祁答院の姿が見当たらない。まあ、まだ集合時間には早い。来ていなくともなんら問題はないのだが、最近の彼女の登校時間は私たちに合わせて早かった。ここまで準備を重ねて、大事な日に風邪など引いてはいないといいが。
と、考えていると大声が扉の方から聞こえてくる。
「おはようございますわ!!!!!」
どうやら心配要らなかったらしい。ここ最近で一番大きい声だ。
「……おはようあかりさん。元気なのはいいけれど、少々声が大きすぎるわ」
「今日は元気さが一番大事な日ですもの!!! パワフルに行きますわよ!!!」
私が注意したにも関わらず、大きな声で言う祁答院。
「そうだよ、今日くらい見逃してあげたら?」
幸恵さんも援護に回る。
「そうね……まあ、今日くらいは」
仕方なく頷く。すると、祁答院の背後に見慣れた男性が。
「おー、今日も祁答院は元気だなあ。だが、ガス欠には気をつけろよー」
普段の白衣を脱いだジャージ姿の内山先生だ。
「内山せん―――」
大きな声で挨拶しようとした祁答院の口に内山先生は人差し指を当てる。
「おっと、声を落としてくれ。こちとら仕事を振られないうちにドロンしてきた身なもんでな」
この先生は時々こういう不真面目なところがある。だがまあ、明らかに体育会系の逆を行く見た目の先生だ。こういう日に振られる仕事は精々雑用だろう。ウチの学校の教師数を思えば、彼一人欠けたところで十分仕事は回るはずだ。
「お、おはようございますわ内山先生……」
唇を触られた祁答院は赤くなって、注文通りの静かな声で言う。
確かに、一回祁答院が先生を好きという事実を知ると、分かりやすい態度だ。
「おっといけねえ。今は色々うるせえからな、生徒の唇を触ったなんて知れたら大ごとだ。悪いな祁答院。秘密にしといてくれるか」
いつも通りにへら、と笑って言う内山先生。
「き、気にしないでくださいまし……」
顔を赤らめたままの祁答院。流石の彼女も想い人に笑いかけられるとまるで借りてきた猫だ。
「んじゃま、皆頑張れよー」
これまたいつも通り。手をひらひらと振って、内山先生は立ち去った。
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