19-初めて食べたクレープの味は
「これは、単に奢ると言う訳ではありませんの!!!」
よく分からないことを言い出す
「どういうことかしら?」
祁答院に聞く。
「
なるほど。代わりに勉強を教えろという事か。確かにこれなら対等だ。
「そうなると、私も払わなきゃいけなくなちゃうね! じゃあ、私は朱音ちゃんのクレープ代出すよ!」
「わ、悪いよ。お勉強教えるなんて、そんな大したことじゃないし……」
尚も遠慮する幸恵さん。
「いいえ、大したことですわ!!! それに、行かないと言っているお二人を無理矢理連れて行くんですもの!!! 我儘料ですわ!!!」
「そうそう! 幸恵ちゃん抜きじゃ、楽しくないしさ! 一緒に行こ?」
畳みかけるように言う二人。あと一押し、そんなところか。
「私はクレープを奢ってもらうことにするわ。私も、幸恵さんと一緒に行きたいのだけれど……」
「う、うーん……じゃあ、有難く頂き、ます……」
バツが悪そうではあるが、なんとか同意してくれた。
「それじゃ、しゅっぱーつ!」
夢乃さんは元気よく更衣室を飛び出した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「おいしーね!」
「ええ、最高ですわ!!!」
ベンチでクレープを頬張りながら感想を言う二人。
「初めて食べたけど、美味しいのね」
「そうなの!? 良かったね! 人生の半分損するところだったよ!」
夢乃さんが大げさに驚く。半分は言い過ぎだろう。人生を何だと思っているのやら。
「じ、実は私も初めて……」
えへへ、と笑う幸恵さん。そこに先程までの引け目は無く、幸せそうな笑顔だった。
「ええ!? てことは、私は人生1つ分、つまりは人を一人救っちゃったってこと!?」
暴論にも程がある内容を言う夢乃さん。だがまあ、こうして頭を使わない会話をするというのも、私には貴重だ。
「それなら、夢乃さんは私たちの命の恩人になるのかしらね」
「ふふ、感謝しなくちゃいけないね」
幸恵さんも笑って同意する。
「よーし、そうなった以上は、私のテストを100点にしてもらわなきゃ!」
「
調子に乗る二人。
「いいけど……スパルタだよ?」
幸恵さんも完全に調子を取り戻したようで、冗談交じりに言う。
「頑張らないで100点取るのは無理ですか先生!」
「無理です」
「無理よ」
二人で即答する。
「じゃあ頑張るしかないかー」
はー、とため息をついてからまたクレープを頬張る夢乃さん。
「
ふんぞりかえる祁答院。
確かに、彼女はいつも全力だ。必ずと言っていいほど空回りするだけで。
「それにしてもさー」
いい加減ふざけるのにも飽きてきたのか夢乃さんが話題を変える。
「どうしたの?」
聞き返すと、
「女子高に入ったとはいえ、まさか同級生が先生に恋するなんてねー」
祁答院の体がビクンと跳ねる。
……そうか、今までの謎な行動はそれで。鈍いな、私も。
「わわわ、
ごにょごにょと頬を赤らめて口ごもる祁答院。
「あれー? 私、誰が誰に、なんて言ってないんだけどー」
少し意地悪な口調で言う夢乃さん。
「えっ!? ……あっ!」
耳まで真っ赤にする祁答院。
「で? で? 内山先生のどこに惚れたの? きっかけは?」
容赦なく根掘り葉掘り聞く夢乃さん。これが女子高生のコイバナというやつなのだろうか。初体験だ。
「その……補習で会う機会が多くて……それで、一年生の最後ですわ。補習に毎日通った甲斐もあって、結構いい点数が取れましたの。そしたら頭を撫でてくださって、一言、頑張ったな、って……」
耳まで真っ赤なまま、目線を下げて普段の彼女からは想像もできない消えるような声で話す祁答院。
「ほー。ズバリ、好きなポイントは!」
見えないマイクを手に持って、夢乃さんは聞く。
「……よく笑うところと、優しいところ、特に悪い点数を取っても怒らずにまずは励ましてくれるところですわ。あのふにゃっとした笑顔がす、好きですの……」
「なるほどー! いいなー、私も恋したいなー」
誰に言うでもなく、空に向かって言う夢乃さん。
「佐仁田先生、結構カッコいいよねー」
僅かに幸恵さんの肩が動く。そういえば、彼女も佐仁田を良く思っていたのだった。
「ああ、安心して二人とも! 友達の好きな人盗らないよー! どっかにいい人いないかなー」
わざとらしく手でひさしを作り、周りをキョロキョロと見る夢乃さん。
隣を見ると幸恵さんも赤くなって俯いている。
「その辺にしておきなさいよ夢乃さん。二人とももう限界―――」
二人とも? 彼女は佐仁田の話題でそう言った。ということは祁答院は入っていなくて、つまるところ……
「い、いやいや、私は佐仁田先生のことなんかなんとも思ってないわよ!?」
実際には下僕だし、下僕として愛してはいるけれど、それはそれ。乙女の持つような恋心は持ち合わせていないつもりだ。
「そうなの? じゃあそうなのかなー」
相変わらず意地悪な笑みを浮かべる夢乃さん。
……小悪魔だ。
「あっ、ごめん! もうこんな時間! 早く帰らなきゃパパに怒られちゃう! 急でゴメン、帰る! じゃね!」
場を引っ掻き回すだけ引っ掻き回した夢乃さんは、私たちが何か言う前に風のように立ち去った。
「……わ、私たちも帰りましょうか」
気まずい空気の中、二人は未だに赤みの引かない顔で頷いた。
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