18-ハバネロパウダーの刑
後ろから昼にも聞いた声が聞こえてきた。
「流石だねえ、佐仁田先生。はろはろ、ショートカットがてら、見に来たぜー」
内山先生である。昼にしたように、手をひらひらと振っている。
「う、内山先生!? 見てましたの!?」
何故か耳まで真っ赤になる
「いや、この道な、職員室からコンビニまでの最短距離なンだわ。ついでに、噂の佐仁田先生の様子でも見ようかと思ってな」
「へえ。佐仁田先生、先生方の中でも噂なんですね」
素直な感想を口に出す。
「そりゃあなあ。中途半端な時期に突然現れたかと思えば、凄い勢いで宿題やらなんやら作って、生徒からの評価も抜群ときたもんだ。授業を見てみたいもんだが、そうもいかんからなあ。せめて授業外の活動でも、とな」
ま、俺みたいなおっさんと違ってこんなイケメンの先生だ。女子高の生徒は放っちゃ置かないわな。と内山先生。
「わ、
ゴニョゴニョと彼女らしくない小さな声で呟く祁答院。
「内山先生だって、慕われていると聞きましたよ。私の人気なんて時間が経てば下火になるでしょう。経験のある内山先生には敵いませんよ」
祁答院の声は聞こえなかったのか、内山先生の言葉に対し謙遜して答える佐仁田。
「それならいいんだがなあ。ま、いいか。俺はニコチンを補給してくるぜ。4人も、頑張れよー」
こちらを見もせずに手を上げて立ち去る内山先生。
それを見送った後、祁答院は大きな声で言う。
「佐仁田先生!!!」
「どうされました?」
「内山先生が戻ってくるまでに速くなる手段はありませんかしら!!! 私(わたくし)成長したいんですの!!! あ、ええっと、ごめんなさい。他の皆様が先ですわよね……」
佐仁田に大きな声で言った後、申し訳なさそうに萎れる祁答院。
「気にしないで、あかりちゃん。まだ時間はあるし」
「そうそう。内山先生にいいトコ見せたいんでしょ?」
祁答院に順番を譲る二人。
「べ、別に内山先生は関係ありませんわ!」
「そうだったね! まあ、私たちの事は気にしないで! でも、そんな急に速くなる手段なんてあるの? 先生」
佐仁田に向き直り、夢乃さんは聞く。
「そうですね……先程も言った通り、祁答院さんはスタートに難があります。短距離、それも50mとなれば、スタートの重要性は非常に高い。約束まではできませんが、いい具合の角度を見つけられれば、もしくは。といったところでしょうか」
顎に手を当て言う佐仁田。
「分かりましたわ!!!
「分かりました。私も全力を尽くしましょう。スタート姿勢をとってみてください」
言われるがままにクラウチングスタートの姿勢をとる祁答院。確かに、素人目に見てもこれじゃあバランスを崩すだろう。
「少なくとも、今よりは傾斜を緩くするべきです。少し失礼して」
前かがみになった祁答院の肩と腰に手を当て、角度を調節する佐仁田。
何故か少し、イラッとする。
「ふむ、このくらいの角度で試してみましょう。スタートだけでいいので一回走ってみてください」
「分かりましたわ!!!」
スタートをする祁答院。
「まだ傾斜がキツいか……胸の重さが影響しているのだろうか……それを含めて考えると―――」
ブツブツ呟く佐仁田。
……私は胸と呟くときに私の胸を見たのを見逃さなかった。やはり、ハバネロパウダーの刑が妥当か。
「もう少し角度を緩めましょう。このくらいで。はい、これでスタートを」
またも祁答院の体に触れる佐仁田。
なんなんだろう、この苛立ちは。
言われた通りに祁答院はスタートを切る。確かに、スタート時の体のバランスが良くなったような気がする。
「いいですね! これでタイムを計ってみましょう!」
佐仁田が笑顔で言い、祁答院はスタート位置に立つ。そして、佐仁田の合図で走り出した。そして、走り終える祁答院。
……どうだ? タイム発表を待つ。
「すごいですよ祁答院さん! 0.5秒、縮まりました! 誤差が出ているにしても、この短時間でのこの秒数の改善は素晴らしいことです!」
驚いた。0.5秒。短距離でのこの秒数はとても大きいだろう。
「やった!!! やりましたわー!!!」
両手を上げてピョンピョン飛ぶ祁答院。すると、パチパチと拍手の音が聞こえてくる。
「やったじゃねえか、祁答院」
またしてもいつの間にかいた内山先生は、手を叩いて祁答院を褒める。
「は、はい! やりましたわ!」
顔を赤らめ、笑顔で答える祁答院。
「いいことだ。俺としちゃあ、化学の成績もその調子で上げてほしいところだが」
にへら、と笑って言う内山先生。
「そ、それは……頑張りますわ!」
痛いところを突かれたからか、祁答院は困ったような顔で言う。
「おう、その意気だ。体育祭が終われば、期末テストも近い。その前に任意参加の補習を開くつもりだが……ま、祁答院は強制参加だな」
「はっ、はい! 言われなくとも行くつもりですわ!」
嬉しそうに大きく頷く祁答院。
補習への招待状をもらって嬉しそうにするのは違うのではないか、と思ったが黙っておく。
「そっちの二人はまあいいが、
「ええー! この間の小テストは良かったじゃないですかー!」
夢乃さんが口を尖らせる。
「こないだだけ、だな。ま、テスト範囲をミッチリ仕込んでやるから、覚悟しときな。んじゃあ俺は戻るぜー」
頑張れよー、と先程と同じような仕草で立ち去る内山先生。
「まあ、私たちも行くし、皆で頑張ろ?」
幸恵さんが優しく言う。知らない間に私も行くことになっている。いや、まあ行くつもりではあるのでいいのだが。
「まー、皆一緒ならいっか!」
納得したように頷く夢乃さん。
「じゃあ、次は山田さんに走ってもらいましょうか。龍造寺さん、悪いですけど、ストップウォッチの係を」
佐仁田がパン、と手を合わせ注目を集めてから言う。
「……分かりました」
先程からコレには苛ついている。人数の都合上仕方のないことではあるので係の仕事は甘んじて受け入れるが、後の処遇を考え直そう。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「いやー、疲れたねー!」
1時間後、更衣室にて夢乃さんは言う。
あの後幸恵さんは色々とアドバイスをされ、一方で夢乃さんは褒められていた。なんでもかなり理想的なフォームらしい。
「そうだね、でも身にはなったんじゃない? 明日はバトンの練習らしいけど……」
行くのか、と言外に聞く幸恵さん。そう、なんと明日も開催するつもりらしい。明日はバトンパスの練習。夢乃さんはいわずもがな、私たちも丁度全員リレーでまとまった順番にいる。体育祭の優勝を目指すのなら、やって損はないだろう。
「やりましょう!!!
相変わらずの声量で言う祁答院。夢乃さんはともかく、私たちはごぼう抜きされないように頑張る立場だと思うのだが。
「……そうね、行きましょうか」
正直、体育祭の勝ち負けは然程重要に思っていないが、友人たちと過ごす時間は楽しい。コーチがあの変態という事を除けば、素晴らしい時間だった。
「それにしても、運動したらお腹が空きましたわ……」
祁答院が呟く。
昼にあれだけのカロリーを摂取しておいて、まだ欲するというのか。
「それならクレープ食べない? 駅前に新しいお店できたみたいだよ!」
夢乃さんが提案する。クレープか……思えば食べたことのない食べ物だ。
「えーと、どうしようかな……何冊か一気に参考書買っちゃったたから、今月厳しくて……」
幸恵さんの顔が曇る。
ああ、そういえば昼に予想外の出費をしたばかりだったか。
「私は遠慮しておくわ。お昼にも言った通り、持ち合わせが無くてね」
行きたいのは山々だが、誘いを断る。幸恵さんだけ行かないというのも嫌だし、かといって無理に財布に負担をかけさせたくもない。幸恵さんの昼を思い出してみると、いつも食べている量の半分ほどしか食べていなかった。そこから察するに、数百円でも痛手なのだろう。
「そう? 残念、じゃあ無しかー」
言葉通りの態度で、肩を落とす夢乃さん。
「私(わたくし)は食べたいですわ!!! ですから、私がお二人の分は払いますわ!!! これなら行けるでしょう!?」
大きな声で言う祁答院。また空気の読めない……
「それは……悪いよ」
幸恵さんの顔が更に曇る。言わんこっちゃない。そう思った矢先、
「これは、単に奢ると言う訳ではありませんの!!!」
よく分からないことを言い出した。
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