16-鋭い先生
通用口の守衛には許可はとったと嘘をついてパスし、コンビニへ辿り着いた。
「んー、どれにしよっかなー」
先程の言葉に合うように夢乃さんはおにぎりコーナーでディスプレイされた商品を品定めする。
「私はそうね……これにしようかしら」
明太子を手に取って言う。折角なので普段食べないものを選ぶ。
「じゃあ私はこれにしよっと!」
おかかを手に取って言う夢乃さん。
「
相変わらず私たちとは規模の違う事を言って片端からおにぎりを手に取る祁答院(けどういん)。
「私たちは先に会計を済ませてるわね」
祁答院に声をかけてからレジに向かう。適当に会計を済ませて店を出ると、幸恵さんは既に店外にて買った商品を抱えていた。
「あら、早かったのね。何を買ったの?」
「梅と塩結びにしたよ。朱音ちゃんは?」
いつも食べている量に比べると少し控えめな量の昼食を見せて、幸恵さんは言う。
「私は明太子にしたわ」
「それにしても……なんかごめんね? 気を遣ってもらっちゃって」
少々申し訳なさそうに言う幸恵さん。
「なんのことかしら? むしろ、私たちの我儘に付き合ってもらっているのだもの。謝るのならば私たちの方よ。ねえ?」
わざわざ気を回した事実を認めるのもおかしいので、適当にとぼけて遅れて店から出てきた夢乃さんに目をやる。
「そうそう! おにぎり食べたいって言いだしたのは私なんだから!」
「そ、それもそっか。ありがとね」
気を遣われたことに敢えて言及するのも無粋と判断したのか、簡単に礼を言う幸恵さん。
「お待たせしましたわ!!! 行きましょう!!!」
大量の食料の詰まったレジ袋を提げて祁答院が店から出てくる。
「そうね、あんまりのんびりしていると、食べる時間も無くなってしまうわ」
校舎へ出発しようとすると、聞き馴染みのある声が後ろからかかる。
「およ? お嬢さん方、外出許可はとったのかい?」
振り返ると、煙草を咥えた内山先生がいた。
「あ、あら内山先生ご機嫌よう。当然とっていますよ」
突然の教員との遭遇に少し上ずった声で嘘をつく。
「そうか。ならいいんだが。にしても祁答院……随分と食べるんだなあ」
祁答院の提げる大きく膨らんだレジ袋を見て言う内山先生。
「こ、これはその……皆で食べるんですわ!!!」
慌てたようにレジ袋を後ろ手に隠す祁答院。
いつもは量を食べるのを隠しはしないのだが……何故今回に限って。
「にしても多いように見えるが……まあいいか。女子とはいえ育ち盛りだ。食わないよかよっぽど安心できるぜ」
他の先生には見られないようにしろよー、とひらひら手を振って私たちを見送る内山先生。
相変わらずとぼけたようで鋭い人だ。私の嘘など、最初から見抜いていたのだろう。
「見られたのが内山先生で良かったね」
話し声が聞こえない程度まで離れてから、幸恵さんが言った。
内山先生のような先生はウチの学校では少数派だ。基本的には校則違反を見逃したりはしない。
「そうね。そしたら、内山先生に言われた通り他の先生に見つからないうちに戻りましょうか」
足早に通用口を通り、教室へ戻る。幸い、他の先生に見つかることは無かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「それでは今回の授業はこの辺で終わりにしましょうか。今回の宿題をお配りしますね」
5限も終わるころ、佐仁田がチョークを置き、紙を取り出す。
今日も生徒それぞれの理解度に合わせて組み合わせの違う宿題が配られる。仕事は完璧にやると言った通り、相変わらずの手間を惜しまない姿勢だ。
「では気を付け、礼」
佐仁田の号令で授業は終わる。そして佐仁田が退出する、かと思っていると佐仁田はそのまま教室の後ろに移動する。
「先生、この後はロングHRですよ?」
他の生徒も不思議に思ったのか、佐仁田に言う。
「ええ。ですからいるのです。正式にこのクラスの副担任になったものですから」
副担任―――確かに前任の痴漢教師もそうだったが、だからといってロングHRにいたことはなかった。副担任という役職自体、形骸化しているのだ。実際のところは担任が病欠の時にHRをこなす補欠程度の役割に収まっている。朝は担任はいたし、急病という事でもなければ佐仁田が代わりを務める必要はない。逆に、急病でピンチヒッターになるのならば後ろに行く必要もない。副担任という役職も完璧に、求められる以上の仕事をするつもりなのだろうか。
ともかく、話題のイケメン教師が自分たちのクラスに所属するということで教室は沸く。
「今日は何をするんだろうね」
幸恵さんが聞く。その答えは知っているのだが、立場上明かすわけにもいかない。
「さあ、何かしらね」
話しているうちに担任がやってくる。
「今日は体育祭の出場種目を決めます。生徒自身で決めるべきことですので、ここからは
呼ばれた夢乃さんが前に出る。そう、彼女はあれで学級委員長なのだ。勉強はともかく、社交的な彼女には似合う役職だ。
「さっき先生が言った通り、体育祭で出る種目を決めます! 決める種目なんだけど、全員どれか1つ出なきゃいけないのが3種目。まずそれを決めます! それとクラス対抗選抜リレー。後はー、全員リレーの順番とか!」
綺麗な字で黒板に種目を書いていく夢乃さん。何々、100m走、障害物走、パン食い競争。
ふむ……別に足の速さに自信があるわけではないが、障害物走で無様な姿を晒すのも嫌だ。パン食い競争なんか論外。無難に100m走がいいか。
夢乃さんの指揮でひとまず挙手で決めることに。先程考えた通り、100m走に手を挙げる。
無難な競技ということもあり、出場枠が多いのか、すぐに私が100m走に出場することは決まった。一方で障害物走は運動が苦手で100m走を避けた生徒達の申し込みが多く、後ほどジャンケンで枠を取り合う事となっていた。その中には幸恵さんの姿もあった。その後パン食い競争の出場者を決めることとなったが、手を挙げたのは祁答院のみ。100m走を敬遠した彼女らもパン食い競争は嫌らしい。夢乃さんはというと早々100m走に手を挙げていた。確かに彼女は運動が得意だった。
そして障害物走の枠を取り合うジャンケン。幸恵さんは残念ながら負けてしまったようだ。その後100m走の枠を勝ち取り幸恵さんは席に戻ってきた。
「やっぱり、パン食い競争は嫌よね」
戻ってきた幸恵さんに言う。
「そうだね……あんまり走るのは自信ないけど、頑張って走ってみようかな」
苦笑いする幸恵さん。
「私だって足は速くないわ。まあお互いそこそこに頑張りましょう」
「そうだね」
と話しているうちに細かいところまで詰まったらしく、夢乃さんが選抜リレーの希望者を募る。足に自信のある生徒が数人手を挙げる。結果、夢乃さんを含めた4人に決まった。
「んじゃー、最後全員リレーの順番ねー」
私も話し合いに適度に参加し、順調に順番は決まる。なるべく重要なポジションは避けたかったのだが、結果として私は最後から数えて2番目の順番になってしまった。アンカーは夢乃さん。私の前は祁答院。その前は幸恵さん、といった順番だ。意図せずして友人らと固まってしまった。
まあ、学校行事として大きく取り上げられはするが、結局体育祭なんてものは娯楽行事に過ぎない。大きな醜態を晒さない限りは結果を大して気にするようなものでもない。楽しみにしている生徒には悪いが、そこそこの力で流させてもらおう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます