15-I am strong NINJA

コンコン


今日はノック音で目が覚めた。普段はメイドがノックする前に起きるのだが。昨日は少しやる気を出し過ぎたようで、遅くまで勉強をしていたのが影響して、少し寝坊をしてしまったらしい。


「ふわ……入っていいわよ」


「失礼します」


私の声で六浦は扉を開ける。


「眠そうですね……今日は登校を遅らせますか?」


「いいえ。そんな事は許されないわ。私は完璧じゃないといけないの」


自分の言葉で眠い頭に喝を入れる。


「いつも通り着替えたら食堂に向かうわ。下がっていいわよ」


「畏まりました」


六浦は静かに部屋から立ち去る。


いつも通り制服に着替え、身だしなみを整える。身だしなみというのは大切だ。見た目は人の玄関口。いつ誰に見られてもいいよう、気を遣わなければならない。


鏡でチェックした後、食堂へ行く。扉を開けると、既に六浦が朝食を用意していた。しかし、


「佐仁田は?」


姿が見当たらない。朝食を共にしないこと自体はさほど重要ではないのだが、寝坊となると話は別だ。主人が眠いながらに起きているのだ。下僕が寝ていていいはずがない。


「駄犬なら、早々と屋敷を出ましたよ。今日は準備があるとか」


「……そう」


まあ、それならばいいか。少し釈然としない気持ちで食事をとる。そのまま歯を磨き、顔を洗い、出かける準備を完了する。


「行きましょうか」


「はい、お嬢様」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


車が校門前に到着する。


校舎に向かって歩いていると、グラウンドの方でちょっとした人だかりができている。何かやっているのだろうか。


とまあ、少し気になりはしたが私に野次馬根性のようなものは存在しない。特に見ることもせず通り過ぎようとした時、


「佐仁田先生はやーい!」


という声を耳にして、思わずそちらを見てしまった。


見ると、上下黒のジャージ姿でグラウンドを走っている佐仁田がいた。


……体育祭の準備の一環だろうか? しかし、それだって一数学教師が朝からグラウンドで走り込みをする理由にはならないだろう。


それにしても、確かに速い。あの言葉は嘘じゃなかったのだろう。アレが高校を卒業してから随分と経っているのだろうが、それでもそこらの陸上部員じゃ追いつけないのではなかろうか。


思わず立ち止まって見ていると、先程と同じ声の主が私を呼ぶ。


「朱音ちゃん! 見て見て! 佐仁田先生すっごく早いよ!」


夢乃さんがグラウンドのフェンスに張り付いていた。


「そ、そうみたいね。驚いたわ。それより、今日は早いのね」


「うん! 昨日は早く寝たの!」


呑気な内容を答える夢乃さん。


「それはまあ……健康的ね」


「でしょでしょー! あ、また走るみたいだよ!」


グラウンドの奥の方でクラウチングスタートの恰好を取る佐仁田を指さす夢乃さん。


手をつき、腰を上げ……走る。やはり速い。あっという間にこちら側へ来た。確か、ウチのグラウンドは100メートルをとれるサイズだったはずだが。何秒で来ただろう。


なんて考えていると、走り終えた佐仁田がこちらに気付いて近づいてくる。


「おはようございます。龍造寺さんに西川さいがわさん。こんな早くに登校するとは素晴らしい」


にこやかに挨拶する佐仁田。この顔を殴りたいと思うのも何度目だろうか。


「何故先生は走っているのですか?」


と、質問すると


「もうしばらくすると体育祭だそうじゃないですか。高校時代は陸上をやっていまして。折角なら走り方なども指導したいですからね。まずは勘を取り戻すために自ら走らなくてはと」


「なるほど……」


「へー! 運動もできるなんて、すごいね佐仁田先生!」


無邪気な笑顔で佐仁田に感心する夢乃さん。


「あら? 夢乃さんに朱音さん!!! おはようございますの!!! 何をしていますの!?」


後ろから大きな声で呼ばれる。祁答院けどういんだ。


「あかりさん。声量を調節するように昨日も言ったでしょう? 言われたことは直してくれる?」


「え!? ああ、申し訳ありませんわ!」


多少マシになった声量で言う祁答院。その後ろから、


「あかりちゃんは朝から元気ね。三人ともおはよう。これは何の集まり?」


幸恵さんがひょっこりと顔を出し、挨拶をする。


「おはよう幸恵さん。佐仁田先生が走っていらっしゃって、少し見ていたの」


状況を説明する。


「へえ。先生はなんで走っていたんですか?」


「体育祭が近いですからね。陸上競技は自信があるので、指導ができればと。それにしても、走ると暑いですね。少し失礼します」


佐仁田はジャージの上を脱ぐ。


すると、中のTシャツが露わになる。そのTシャツには、


I am strong NINJA


と書かれていた。


……いや、お前は日本に来た観光客か。


あまりこういう俗な言葉は使いたくはないが、ダサい。あまりにもダサい。


友人らも含め、周りの生徒も若干ヒいている。


「先生、なんかすごいセンスだね! ちょっとダサいよ! それだったら無地の方がいいと思うなー。折角先生カッコいいんだし!」


誰も言えない中、夢乃さんが切り込む。


こういう時、彼女みたいな人は強いな。


「そうですか……? 最高にカッコいいと思って買ったのですが……」


とぼける佐仁田。しかし、私には女子高生からのダサいなという視線に悦びを感じているのが透けて見える。


「ま、まあ先生のファッションセンスは置いておいて、そろそろ教室へ行きましょうよ」


下僕があんな服を着ているのは見ていてこちらが恥ずかしくなってくる。せめて友人らだけでも見えない場所に連れて行こうと思い、こう提案した。


「そ、そうね授業の予習もしておきたいし」


幸恵さんが同意する。


「あーそうだ! 数学の宿題聞こうと思って今日早く来たの、忘れてた! 急いで教室行こ!」


夢乃さんが急かす。


「じゃあ先生、また後で」


佐仁田に言って、教室へ向かう。


「ところで、あの方は誰ですの?」


祁答院が言う。


そうか、祁答院は初対面なのか。


「あの人は佐仁田先生。新しい数学の先生だよ」


幸恵さんが言う。


「すっごく教えるの上手だよ!」


「そうなんですのね!!! わたくしの頭脳に付いて来れるか見ものですわ!!!」


自信満々に言う祁答院。


……まあ、ある種付いて行くのが大変かもしれない。


と、話しているうちに教室に到着した。


「じゃあ、とりあえず夢乃さんの宿題を見ましょうか。出してくれる?」


「分かった! えっと、最初の問題は分かったんだけど、ここの問題が―――」


夢乃さんの宿題を見る。


「これなら教科書のここの公式を―――」


夢乃さんに数学を教えている間に、朝のHRの時間が来てしまった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


英語の授業が終わり、昼休みが訪れた。


「二人ともー! ご飯食べよー!」


夢乃さんが駆け寄ってくる。その隣には祁答院の姿も。


「うん。三人とも購買だよね? 待ってるから、行ってきなよ」


にこり、と微笑んだ幸恵さんは鞄を見るなり、あっ、と声をあげる。


「お弁当……忘れちゃった」


苦笑する幸恵さん。


「じゃあ、購買にする?」


「う、うーん……」


夢乃さんの提案に財布を取り出したはいいものの、その状態で固まる幸恵さん。


ウチの学校の購買は高いらしいし、幸恵さんにとっては痛手なのだろう。ここで食事代を出すことは簡単だが、それはそんな簡単にしていいことじゃない。幸恵さんは態度には出さないが、家の財力の差に引け目を感じているところがある。もしそんなことをしてしまったら、それが浮き彫りになる。それはお互い避けたい。かといって昼を抜かせるのも良くない。


ふむ、どうしたものか……


「私、今日はパンじゃなくておにぎりが食べたいなー」


私が思い悩んでいると、夢乃さんがわざとらしく呟く。


購買に売っているのはパンのみ。おにぎりとなると近くのコンビニで買うなどしない限り手に入らないが……いや、そうか。


「そうね、私もそんな気分よ」


夢乃さんの案に乗る。


「おにぎりなんて購買では売ってませんわよ?」


祁答院が言う。そんなことは分かり切っている。


「学校、抜け出しちゃう?」


夢乃さんが悪戯っぽく微笑む。本当に、友人関係という分野では夢乃さんには敵わないと感じてしまう。


「え、そんなの……ううん、たまにはいいかもね」


本来、昼休みに校外に出ることは許されていない。それを指摘しようとした幸恵さんは私たちのわざとらしい会話に合点がいったらしく、同意する。


「い、いいんですの? そんなことして……」


察しの悪い祁答院は呟く。


「私も今日は持ち合わせが少なくてね。コンビニなら足りるかしら」


祁答院に分かるように言う。


「……? あ、分かりましたわ!!! そういうことならコンビニに行きましょうか!!!」


祁答院もようやく察しがついたのか、同意する。


「一応、校則では禁止されていることをするのだから、そんな大声で言わない。じゃあ、早いところ行きましょうか」


祁答院に注意しつつ、コンビニに向かうことを提案する。


「よーし、レッツゴー!」


夢乃さんの掛け声を合図に、私たちは通用口に向かって歩き始めた。

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