14-少し憂鬱な行事

「ご馳走様でした」


食堂でハンバーガーを食べ終え、手を合わせる。


「ど、どうでした……?」


恐る恐る、といった表情で恵が聞いてくる。


「存外、悪くないわね。だけどまあ一つでいいわ。よくもまああんなに二人とも食べたものね。明日からはまた上品な六浦の料理が食べたいわ」


「よ、良かった……これでお嬢様がジャンクフードにハマれらでもしたらどうしようかと……」


胸を撫でおろす恵。


「貴方ねえ……そんなことになる訳ないでしょう。貴方の料理は美味しいのだから、自信を持ちなさい」


「お、お嬢様ー!」


涙ぐむ恵。


そんな大げさな。そんな感想を抱きつつ、正面で私より早くハンバーガーを食べ終えていた佐仁田に目を向ける。


「そういえば昨日は会議だったと言っていたけれど、何の会議だったのかしら? あ、生徒に明かせない内容なら話さなくてもいいわ。他の生徒とは公平であるべきだし」


いくら下僕とはいえ一応担当教員だ。私は不公平が嫌いなのだ。所有物との関係は別だが。


「体育祭についてですね。種目やそれの順番等を話しました」


「なるほどね」


確かに、これなら話していい内容だ。


それにしても体育祭か……運動があまり得意ではない私にとっては憂鬱な話題だ。特に、家柄だけで無駄に期待されるのが辛い。家が立派なのと運動神経は無関係だろう。でもまあ、事あるごとに勝負を仕掛けてくる祁答院けどういんが丸くなったということを考えれば去年よりかはマシだろうか。


「明日辺り、出場種目の話し合いの場が設けられるはずですよ」


「そう……」


なるべく楽な種目を選べるといいけど……間違っても去年のように家柄への期待だけで対抗リレーのアンカーなどという重責を負うのは勘弁だ。


「あまり嬉しそうではないですね」


不思議そうに言う佐仁田。


「運動は苦手なの」


短い言葉で答えると、


「なるほど……確かにそれだと辛そうですね。重要なリレーのアンカーでわざとバトンを落として、その上で転んだりすれば非難の眼で見られる事間違いなしですから。それができないというのは辛い」


「そんな理由で辛いと思うのは貴方だけよ」


筋金入りのドMである。


それにしても、


「貴方、運動得意なの?」


あんな風に言う辺りそうなのだろうか。


「ええ。学生時代は陸上部でインターハイまで行っています」


「そ、そう……」


予想以上だった。運動神経がいいという次元の話ではない。本当に、性癖以外は完璧な男だ。


「良かったら、走り方のフォームなどお教えしますが。同じ身体能力でも走り方が変わるとタイムも結構変わるものですよ」


学校で見せる爽やかな笑顔で言う佐仁田。


「嫌よ。別に足が速くなりたいとも思わないし、第一下僕に何かを教わるなんて最悪。数学だけで十分よ」


親切心から言っているのだろうが、下僕は私の命令さえ聞いていればいいのだ。それを下僕自ら教えるだなんて、立場をわきまえていないにも程がある。


「そうですか、分かりました」


頭を下げる佐仁田。


「はぁ。まあいいわ」


蹴りつける気も起きない。今日は主に1人の人間のせいで疲れた。とはいえ、寝るにはまだ早い。勉強もしなければならないが……少し息抜きの時間が欲しい。何をしようか、なんて考えていると、ノック音が部屋に響く。


「お嬢様、入っても?」


瞳の声だ。他人には分からないかもしれないが、瞳の声は恵に比べてほんの少し低い。


「ええ、入りなさい」


私が許可を出すと、瞳は部屋に入る。


「お姉ちゃんが謹慎解除ということで、私はしばらくまたお休みでしょうか?」


「そうなるかしら。……ああでもその前に」


「なんでしょう?」


私の意図が分からないといった顔で聞く瞳。


いい気分転換を思いついた。


「久々にドライブにでも行きたいわ。連れて行ってくれる?」


「はい、もちろん!」


合点がいった顔で頷く瞳。


「では、車を準備致しますので、玄関でお待ちください」


「ええ、分かったわ」


私が答えると、瞳はロングスカートをはいているとは思えないスピードで駐車場の方へ走り去る。お待ちください、なんて彼女は言ったが、待たせる気は更々ないのだろう。実際、瞳に待たされたことなど一度もない。


「じゃあ、少し出てくるわ」


部屋に残った二人に言い残し、玄関へ向かう。


私が玄関の扉をくぐる頃には既に瞳がオープンカーの前で待機していた。


「それでは行きましょうか」


久しぶりだが、決まり切ったドライブ。私がドライブに求める要素は二つある。その中の一つは風を感じること。オープンカーは必須だ。


「ええ」


瞳が扉を開き、私を導く。それに従って助手席に座る。


「では出発いたします」


瞳が運転席に座って言う。そして車は発進する。急発進だ、と不快にならないギリギリの加速度。車はどんどん加速していく。速度に比例して顔に当たる風も強くなる。


風を心地よいと感じ始めた頃、車は加速するのをやめて一定の速度を保つようになる。


瞳は無言で運転し、私も無言で風を感じ、景色を楽しむ。


瞳は普段は口数が多いが、私がゆったりと沈黙を楽しみたいタイミングでは必ず黙る。優秀な使用人だ。


景色はあっという間に流れ、目的地に到着する。


私がドライブと言うときは目的地は必ずここだ。先程話したドライブに求める要素の二つ目。暗黙の了解で瞳も理解している。


「ふう……疲れたなんて、言っていられないわね」


大きなビルを見上げながら言う。このビルは龍造寺グループの本社。一番重要な情報がやりとりされ、一番重要な人材が働く場所だ。私もいずれ、ここで働く。求められる努力と決意をこの身に染み込ませ、頷く。


「ありがとう瞳。戻りましょうか」


「はい」


瞳は静かに答え、車を発進させる。


帰りの時間は行きよりも早く感じた。……いや、実際早いのかもしれない。折角やる気になった私へ瞳が気を遣ってくれているのかも。


とにかく、あっという間に屋敷に到着した。きっと、屋敷を出る前と帰った後では、私の表情は大きく違っていただろう。


「さてと、今日の勉強でもしようかしら」


そういえば、明日はまた数学の授業がある。それまでに宿題も済ませなければ。


「お手伝いは要りますか?」


静かに瞳は聞く。


「大丈夫よ。2日間お疲れ様。報酬は5日分キッチリ払うから安心して。しばらくはまた元の生活をしていてくれて構わないわ」


と、言ったところで気付く。瞳のことは基本的に恵のピンチヒッター兼家庭教師として雇っているが、普段は何をしているのだろう。定職についていないのは知っているが。


「そういえば瞳は普段何をしているのかしら?」


「私ですか? ダラダラしてますよー。基本的にはダラけた人間ですから。あんまり褒められたことじゃないですけどね」


笑いながら言う瞳。


「そうなの。……意外ね」


普段の仕事ぶりからは想像もつかない。


「ええ実は。なのでまあ、時間対費用の大きいお嬢様のところでのお仕事は、とってもありがたいです!」


「いいわよ。普段はダラけているのかもしれないけれど、仕事ぶりは素晴らしいしね」


これは嘘偽りない真実だ。私がそう思っている、というのもそうだが、客観的に見ても瞳の仕事ぶりは完璧なものだろう。


「えへへ、ありがとうございます。それでは私は着替えて帰ります。予定に変更が無ければ、次お会いするのは来週の月曜日ですね!」


「そうね。ま、不測の事態なんてことは無い方がいいわ。予定通りに行くことを願いましょう」


「そうですね! ではまた!」


瞳はパタパタと更衣室へ向かっていった。


「さてと、まず何からしようかしらね」


今日のスケジュールを考えながら伸びをした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る