13-成果には褒美を

皆と別れ、車で屋敷を目指す。


「よくやったわ六浦。約束通り謹慎は解除してあげる」


「ありがとうございます! 勝てて良かったあ……」


安堵の声をあげる六浦。


「にしてもあの祁答院けどういんと友人になるなんてね。最近思いもよらないことが沢山だわ」


「ご友人が増えるのはいい事ですよ。人生が豊かになりますし、打算的な考えをするにしても、人脈はあればあるほどいいですもの」


「そうねえ。まあ、祁答院と友人というのは正直気が進まないけれど、少なくとも今までの関係よりはいいのかもね」


マシになった、という程度のものだとは思うが。


「にしても、よく食べていたわねえ。褒めてあげる。そうだ、何か欲しいものはある?」


関係改善の立役者だ、これくらいはいいだろう。


「ありがとうございます! そうですね……ものというよりはして欲しい事、になるのですが……」


「言ってみなさい。何でもとは言わないけれど、多少の事ならしてあげる」


「その、ハグとか……駄目ですかね?」


恐る恐る、といった具合で問う六浦。


「ハグ? それくらいなら別に構わないわ」


拍子抜けした。六浦も六浦で結構変態だ。もっと変なことを要求してくるかと思ったのだが。


ハグなら全く問題ない。六浦の事は私も気に入っている。拒否する理由はないのだ。ちょっとしたサプライズでもしてやろうか。


話しているうちに屋敷へ到着する。六浦はいつも通り私の事を玄関で降ろし、鍵を開け私が屋敷に入ったのを確認すると駐車場へ車を回す。


私はというと、先に食堂へ行ってくつろぐ。


「お待たせしましたお嬢様。今紅茶を淹れますね」


戻ってくるとすぐ、いつも通りにこやかにキッチンへ立つ六浦。


「待ちなさい。紅茶は褒美の後で淹れてくれればいいわ」


そう言い、私は六浦に抱き着き、そして耳元で囁く。


「大好きよ、恵。貴方は間違いなく私の一番の使用人。これからも、よろしくね?」


そう言って、六浦の額に軽くキスをする。


「は、はわわわわ……」


六浦は真っ赤になった顔を手で隠し俯く。


「主人がよろしくと言っているの。無言は無礼ではなくて?」


六浦の顎に手を当て、こちらを向かせる。


「あ、ああ、ありがとうございます……! こちらこそ、よろしくお願いしますう! 私は、お嬢様に仕えられて幸せですう!」


真っ赤な顔で喜ぶ六浦。


いい使用人を持った。有難いことだ。


と、思っていると玄関のドアが開く。


「ただいま帰りました。……と、あれ? 恵さん?」


入ってきたのは佐仁田。戸締りのために鍵を渡していたので、それで入ってきたのだろう。


「あら佐仁田。今日は随分と早いじゃない」


「昨日は会議があったのでどうしても遅くなってしまいましたが、今日は一人で完結する仕事しかなかったもので。ところで、恵さんですよね?」


「……何か用ですか? 折角お嬢様にご褒美をいただいているのです。邪魔しないでください」


先程とは打って変わって冷ややかな目で佐仁田を見る恵。


「いえ、先程本館の2階にいるのを見まして。窓際で何かしていたようなのですが……」


「瞳と間違えたんじゃないですか?」


「そうですかね……ミニ丈のスカートだったので恵さんかと思ったのですが」


腑に落ちない様子で顎に手を当てる佐仁田。


「眼鏡をかけているくらいだし、視力が悪いのでしょう? 見間違えでは」


「ああ、これは伊達眼鏡ですよ。両目とも2.0あります。少しでも真面目そうな印象を与えたいので、かけているのですよ」


眼鏡を外して見せる佐仁田。


……非常に不服なのだが、一瞬カッコよく見えてしまった。自分で自分に腹が立つ。


「うーん、なんですかね。瞳がわざわざ私の服を着るとは思えませんが。どの辺りの部屋です?」


「門から見て左端の部屋ですね」


「ふむ。私の部屋ですね。見に行ってみましょうか。丈が見間違えだったにしろ、瞳がそんな場所に用はないはずですし、少し気になります。お嬢様、よろしいでしょうか?」


そう言って私から離れる恵。


「構わないわ。私もなんだか気になるし」


なんだか好奇心がくすぐられた。佐仁田がそんな下らない嘘をつくとも思えない。瞳がそこにいたこと自体は本当なのだろう。


二人の目を見る。同意の色があるのを確認して階段へ向かう。


件の部屋に着き、一応ノックする。


「瞳? いるのかしら?」


「はい、いますよ。どうされました?」


落ち着いた声色で扉越しに答える瞳。


「いえ、何でこの部屋にいるのか気になって。特に大きな理由はないわ。入るわよ?」


「ええ、どうぞ」


中に入る。様子はというと、綺麗に掃除、整頓されている。瞳が着ているのはいつも通りロング丈のメイド服だった。


「ほら、見間違いだったじゃないですか」


若干勝ち誇ったような声で言う恵。


「ふむ……そうみたいですね。失礼しました」


素直に謝る佐仁田。

「ところで瞳はなんでここに?」


恵の部屋に用等ないだろう。


「いえ、時間が余ってしまったのでお掃除をとでも。予想よりご到着が早かったようで、お出迎えできなくて申し訳ありません」


「いえ、いいわ気にしないで」


最速で仕事を片付ける瞳だ。時間が余るなんて言われても納得できる。


「さて、夕食にしましょうか。恵、今日は少なくていいわ。大食い対決なんて見ていたらこっちまでお腹いっぱいになっちゃった」


私じゃあり得ない量を食べる二人を見ていたのだ。こうもなる。


なんて考えていると、佐仁田がコンセントの辺りをジッと見つめていることに気づく。


「佐仁田? どうしたの?」


「いえ、なんでも。私は瞳さんに少し話があるのでお先に食堂へ行っていてください」


「話? まあ、分かったわ。でもね」


佐仁田の背中を思いっきり平手打ちする。


「な゛ぁぅっ! ありがとうございます!」


「主人に命令する豚にはお仕置きよ。じゃ、食堂にいるから。早く来なさいね」


そう言って部屋を後にする。


「恵? 今日の夕飯は何かしら?」


「うーん、そうですねえ。何も仕込みをしていないので、すぐに作れるものになりますが……何がいいかなあ」


うーん、と唸る恵。


「そういえば、余ったハンバーガーってどうしたの?」


かなりの量を用意したので、余っていたはずだ。


「ああ、アレなら祁答院様と半分ずつ分けて持ち帰りましたよ。正直、散々食べたので気は進みませんが、腐らないうちに私が食べます」


「それでいいわ。今日の夕食」


実は食べたことがない。気になっているのだ。


「えっ!? だ、駄目ですよあんなジャンクフード!」


「食べたことないのよね。何事も経験、っていうじゃない? 常食するわけでもなし、いいじゃない別に」


「うーん……今日だけですよ?」


渋い顔で言う恵。


「ええ。私も毎日食べたいなんて思わないわ」


カロリーも高そうだし。と思ったところで六浦の大きな胸が視界に入る。……そういえば祁答院も大きかったわね。……いやまさか。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「で、なんです? 話って」


嫌悪感たっぷりの目で佐仁田を睨む瞳。


「いえ……お姉さんの部屋とはいえ盗撮、盗聴とは、褒められた行為ではないなと思ったので」


佐仁田がコンセントとカーテンレールに順番に目をやる。


「な、何を言っているのやら」


暑いというよりは寒いという表現の方が近い部屋にいるというのに、瞳は汗をかき始める。


「ま、安心してください、誰にも言いませんよ。ただまあ、私と女王様の関係を破壊しようとするのだけはやめていただきたい。そうなった時には漏れなく貴方と女王様の関係も崩れ落ちるでしょう」


では、と言い残し佐仁田は部屋を立ち去る。


「……!」


瞳は佐仁田が去った扉を睨み続けていた。

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