12-憧れ
「二人は私の車でいいかしら?」
「うん、いいよー」
夢乃さんはこう答えた。その一方で幸恵さんはというと、
「
そう言うと、幸恵さんは祁答院の方に向かって行った。
相変わらず気配りを欠かさない。原人にまで気を配るのは流石、私が聖母と評価するだけある。
「あらそう。じゃ、夢乃さん、行きましょうか」
「はーい」
車に近づくと、ドアが開く。
「おーじょーうーさーまー! 呼んでいただいてありがとうございますー! 私、精一杯頑張ります!」
ミニ丈のメイド服に身を包んだ女性が出てくる。そう、恵である。
彼女はこう見えて結構大食いで、いつも私の倍は食べる。私が少食というのを加味しても、結構な量だ。それでいて満腹までは食べていないというのだから、ポテンシャルはあるはず。あの祁答院に勝てるかは未知数だが、身近な人間で一番食べるのは間違いない。
どうしても勝ちたかったので、一時的に謹慎をといて呼び出した。勝てば謹慎は無しという約束だ。
「ええ、頑張って六浦」
にこり、微笑む。
本来なら負けは許されない、負けたらお仕置きよ、くらいの言葉を言いたいものだが、友人の隣で言う訳にもいかず。無難な言葉を選んだ。
「はい! 任せておいてください!」
胸に手を当て大きな笑顔で恵は言った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
祁答院と六浦が席に座る。その正面に私は立つ。
「ルールは制限時間内に一つでも多くハンバーガーを食べきった方の勝ち。制限時間は2時間。間違いないわね?」
「ええ、問題ないですわ!!!」
「はい、お嬢様」
両選手は大きく頷く。二人の隣には買い込んだ大量のハンバーガーが山盛りになっている。
「私は代理人を立てているとはいえ一応勝負の参加者。公平を期すために、食べたハンバーガーのカウントは夢乃さんと幸恵さんに行ってもらうわ。いいかしら? 二人とも」
付いてきた二人の顔を順番に見る。
「いいよー! 数え間違わないように気を付けるね!」
「うん、私も大丈夫」
頷く二人。
「じゃあ二人とも準備はいいかしら? あの時計が4時をさしたら勝負開始よ」
店内のもうすぐ4時になる時計を見て言う。
「ええ、負けませんわ!!!」
「はい! 大丈夫ですお嬢様!」
この場にいる全員が時計をジッと見つめる。そして、遂にその瞬間は訪れた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「うっぷ、もう食べられませんわ……」
「お腹いっぱいです……」
だらしなくソファー席に横になる祁答院。六浦はというと、こちらも苦しいのか天を仰いでいる。それでも横にならない辺り最低限の品は持ち合わせているようだ。
結果は僅差で六浦の勝ち。その差なんと一つ。危ないところだった。
「祁答院さん?」
「な、なんですの……」
苦しそうに答える祁答院。
「約束通り、金輪際私に勝負は挑まないでもらうわよ」
「うう……悔しいですが約束は約束……分かりましたわ……」
よし。これで私の学園生活は平穏になるだろう。
「こんなことなら欲張らずに全部のパンを食べるんじゃなかったですわ……」
ポロリと漏らす祁答院。
「……え。貴方、大食い勝負が数時間後に控えている状況であの量のパンを……?」
考えなしにも程がある。
「だって、パンは焼きたてが一番美味しいですから……」
彼女の言う通り、ウチの学校の購買は焼きたてのパンが売っている。だからといって……
「まあ、結果は結果よ。ところで前から気になっていたんだけれど、どうしてそんなに私に付き纏うのかしら?」
「そ、それは……」
目を泳がせる祁答院。
てっきり、ライバルだからですわ、なんて大声で言うのかと思っていたが。
「それは?」
「わ、笑わずに聞いてくださるなら話しますわ……」
「いいでしょう。じゃあ話して?」
私が言うと、祁答院は恐る恐る、といった風に話し始める。
「か、構ってほしかったんですの……」
「……はい?」
なんだその子供っぽい理由は。まあ、彼女が子供っぽいのは今に始まったことではないのだが。
「構ってほしかったんですの!」
彼女にしては少し小さな声量で彼女は言う。
「それは……なんで? 初めて会った時から突っかかって来たでしょう? 貴方」
初対面で勝負をふっかけられた記憶がある。
「それは……その、
「そうね。知らないはずがないわ」
ウチの学校では有名な話だ。他学年ならともかく、同じ2年生なら誰もが知っているだろう。
「
「なるほど」
気持ちは分かる。私もチラリとは期待したものだ。第一印象が第一印象だっただけに、その期待はすぐに消えたが。
「でも、貴方は
憧れた、か。確かに私は華奢だが、彼女のグラマラスな体型はそれはそれでいいものではあると思うところはある。隣の芝生は青い、といったところか。
「それと、勝負を挑むことがどう繋がるのかしら?」
「その……いざ話そうと思うと照れてしまって。勢いに任せて、勝負を持ちかけてしまいましたわ。それ以降は、一回取った態度を改められず。でも構ってほしくて……」
ふむ。素直になれなかったということか。それにしたってどうかとは思うが、ほんの少しだけ、彼女の評価を改めよう。
「でも、それもこれで終わりですわね。勝負を仕掛けることは、できなくなってしまいましたから……」
悲し気に俯く祁答院。
……なんだか、私が悪いみたいではないか。
「じゃあ、お友達になればいいんだよ! 勝負はできなくても、お友達になることはできるんだから!」
突如、夢乃さんが口を開く。
祁答院と友人関係……彼女には悪いが、あまりいいビジョンが見えない。
「そ、そういうのアリですの!?」
驚いたように言う祁答院。
いや、アリナシで言えばナシとは言えないので、消去法でアリにはなるわけだが……
「アリだよ、アリアリのアリ!」
元気よく言う夢乃さん。
「ちょ、ちょっと待って夢乃さん。私は祁答院さんと友人になるなんて一言も……」
言った瞬間、後悔した。
これではあまりに冷たい人間じゃないか。拒否するにしても、言い方というものがある。
「朱音ちゃん」
それまで静かに話を聞いていた幸恵さんが口を開く。
「今まで少し嫌な思いはしたかもしれないけど、お友達になりたいと言われてるのよ? いいじゃない、なってあげれば。嫌なものは嫌と言って、変えてもらえばいいだけの話。でしょ?」
諭すように言う幸恵さん。
反論し辛い。それは、彼女が正しそうなことを言っているからでもあるし、何より仲のいい友人の静かな声に混じった非難の色が、私を責める。
「……そうね、私も少し大人げなかったわ。友人同士になりましょうか、祁答院さん。これからよろしく」
「い、いいんですの……?」
戸惑う祁答院。
「ええ、貴方さえよければ」
「も、もちろん
いつもの声のトーンに戻る祁答院。
「良かった。そうしたら、友人として言わせてもらうけどね、貴方、少々考えなし過ぎるわ。直して。それといつも声が大きすぎる。少なくとも、授業中くらいは静かに授業を受けなさい。あと勉強ももっとして。分からないなら少しくらいでよければ私が教えるし。いい?」
今まで思っていたことをまくしたてた。
スッキリした。言いたいことを言うのは精神衛生を保つのにいい。
「わ、分かりましたわ……」
私の勢いに気圧されたのか、その大きな体を縮ませる祁答院。
「じゃあ、これからはあかりちゃん、だね! よろしくあかりちゃん!」
元気に夢乃さんが言う。
「私からも、よろしく。あかりちゃん」
幸恵さんも続く。
「ふ、二人もお友達になってくださるの……?」
またしても戸惑う祁答院。
「うん!」
「そうだよ」
「や、やった! お友達が一気に3人も増えましたわ!!! 今日はいい日ですわー!!!」
今日イチの大きな声で言う祁答院。
「うるさいわよ祁答院さん。静かにしてといったばかりでしょう」
全く。少しムッとした私に夢乃さんは言う。
「朱音ちゃんも下の名前で呼んであげてよ! その方が、ハッピーだよ!」
夢乃さんが元気に言う。
「ええ……でも……」
それは急接近すぎやしないか。向こうは憧れていたと言っていたが、私としてはさっきまで犬猿の仲だったつもりだ。それをいきなり下の名前とは……
「形から入るのだって、有効な方法よ、朱音ちゃん」
幸恵さんも夢乃さんの援護に回る。
参った、これでは従う他ない。
「仕方ないわね……あかり、さん。これでいい?」
「いいですわ!!! これから、よろしくお願いしますわー!!!」
祁答院は、私の知る限り過去一番の笑顔で言った。
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