10-魔王の貫禄
時は経ち4限、化学の前の休み時間。ここまでの時間、お猿さんにしては珍しく、一生懸命勉強していた。……だからといって日本史の授業中に化学の教科書を堂々と開くのはどうかと思うが。
「負ける覚悟はできていて!? 龍造寺 朱音!!!」
しかし何故この猿は人の名前をフルネームで呼ぶのだろうか。
「ええ。結果を楽しみにしているわ」
3限分、じっくり勉強したのだ。万が一、という確率だがもしかしたら負けるかもしれない。だからなんだという話なので特に気にもしないが。
「おーす、授業はじめっぞー」
髪を雑に後ろに束ねた垂れ目の痩せた男性が教室に入ってくる。くたびれた白衣を羽織った彼は内山先生。化学教師だ。彼は普段から気だるげにしているが、そこはウチの学校の教師。授業自体はとても分かりやすい。そのユルい雰囲気から、一部の生徒に人気がある。
授業前の礼をし、授業が始まる。
「んじゃま、予告した通り、とりあえず小テストやるぞー。カンニングとかしちゃダメだかんなー」
相変わらずユルーく話し、小テストを配る内山先生。
配り終える直前、
「先生!!! 今日は自信がありますわ!!! 満点取っちゃいますわよ!!!」
授業中ということを分かっているのだろうかこのツインテールのバカは。
「おお、そりゃあいい。祁答院は万年0点の0点魔王様だかんなー。成績も心配だし、ここで満点取ってくれりゃ、俺も安心できるってもんだ。ま、とりあえず小テストすっから座ってなー」
「分かりましたわ!!!」
バカは座ってペンを持つ。
「んじゃ、始めー。時間は5分なー」
内山先生の合図で、生徒達は一斉に問題に取り掛かる。
ふむ、簡単だ。まあ、そもそも5分で終わるテストだ。復習の域を出ないだろう。これだと、今回の勝負は負けるかもしれない。負けること自体はいいのだが、鬼の首を取ったかのように踏ん反り返るツインテールを想像すると、少しイラッとする。
3分ほどで解き終わり、見直しをする。それでも尚時間が余りバカの方を見る。
あちらも解き終えたらしく、自信ありげに前を見つめている。
流石に付け焼刃とはいえ3時間と少し勉強したのだ。こんな簡単なテスト、楽勝だろう。ああ、面倒なことになったかもしれない。
なんて考えていると、時間が終わったらしく、内山先生が口を開く。
「さーて終わりー。隣の人と交換して採点タイムー」
隣に座る幸恵さんと答案を交換し、安心する。回答はまるっきり同じ。二人して全く同じミスをするとも考え難い。十中八九満点だろう。
と、胸を撫でおろしているとバカが立ち上がる。
「先生!!!
何を言い出すかと思えば。まあ、それだけ自信があるという事なのだろうか。
「んー……まあいいか。特別だぞー。んじゃ、最初の問題から。こいつの答えは―――」
内山先生が答えを黒板に書きだす。
うん、正解。特に心配もしていなかったが、ほんの少し安堵する。
次の問題、その次、と答えはどんどん黒板に書かれていく。幸恵さんの答案も、次々に丸がついていく。予想通り満点になりそうだ。
「んで、最後がベンゼン環、と」
最後の回答に丸をつけ、幸恵さんと微笑み合う。簡単なテストとはいえ、満点とは嬉しいものだ。
さて、祁答院の方は、とあちらを見ると、自信たっぷりな表情だ。参った。あんな提案、するんじゃなかった。
「先生!!! 素晴らしいでしょう? 私の回答は!!! 正にパーフェクトなはずですわ!!!」
祁答院の言葉に先生はこう答えた。
「まあ、そうだなー……ある意味完璧だ。完璧に、間違えてる。見事0点だ」
驚愕した。今日だけとはいえあれだけ教科書とにらめっこしていたのに? こんな所謂知識問題が0点? あり得ない。……というか、それだけ間違っていたならば回答を聞いていて尚あの自信満々な表情はなんだったのか。2分前に回答した内容を忘れたのか? それならトリの方がまだ頭がいい。トリは三歩歩けばものを忘れるというが、あのトリ以下は一歩も動いていないのだから。
トリ未満のおつむを持つ祁答院の様子を見ると、凍り付いている。そりゃあそうだ。あれだけ自信満々に言って、わざわざ先生に採点までしてもらっておいて、0点とは。私なら恥ずかしくて死んでも死にきれない。
「補習、頑張ろうな。んじゃ、授業してくぞー」
祁答院は、結局昼休みまで凍り付いたままだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
昼休みになると、夢乃さんがこちらへ寄ってくる。
「幸恵ちゃん! 朱音ちゃん! 一緒にご飯たーべよ!」
前は頭が悪そう、という印象だったが今にしてみれば愛くるしいとも表現できるな、という笑顔で彼女は駆け寄ってくる。
「ええ、いいわよ。夢乃さんはお弁当?」
「ううん。買い弁!」
「私もなの。じゃあ、一緒に買いに行きましょうか。幸恵さんは確か、お弁当よね?」
「うん。待ってるね」
「悪いわね。じゃあ、行ってくるわ」
この学校の購買、食堂の値段は高い……らしい。正直私からするとどれも同じような値段に見えるのだが、相場の3倍はするとのこと。幸恵さんの家庭事情としては、毎日その値段の負担は厳しいものがあるのだろう。
幸恵さんに言い残し、夢乃さんと購買へ向かう。
「ねえねえ、さっきの授業の小テスト、どうだった?」
無邪気な笑顔で夢乃さんは聞いてくる。
「満点だったわ。夢乃さんは?」
「実は8点! すごいでしょ!」
ふふん!と胸を張る夢乃さん。
あのテストは10点満点。8割とれたのならば、昨日の数学の状況と比べればかなりの好成績だ。
「そうね、いいじゃない」
「でしょー! 勉強した甲斐があったよー! 朱音ちゃんが帰った後、幸恵ちゃんに教えてもらったんだー」
勉強すればちゃんとできるようになる辺り、この子は祁答院とかいうアホに比べれば断然優秀だ。まあ、比較対象がおかしいのだが。
「そうだったのね。じゃあ、幸恵さんに報告しなくちゃいけないわね」
「うん!」
そうこうしているうちに購買へ辿り着く。目の前には件の脳タリンが。
「サンドウィッチ10個!!! カレーパン10個!!! デザートにあんぱん10個ですわ!!!」
こいつ、こんなに大食いだったのか。いや、大食いにも程があるだろう。
大量のパンを抱えて祁答院は振り返り、ギョッとした顔をする。
「りゅ、龍造寺 朱音!?」
「毎回思うのだけれど、何故フルネームなのかしら?」
他の人間には普通に苗字のみで呼んだりする癖に。
「ライバルだからですわ!!!」
「私、あんな簡単なテストで1問も正解しない鳥頭にライバル視されるのは少々嫌なのだけれど」
「あ、アレは……運!!! そう、運が悪かったんですわ!!! 選択問題もありましたもの!!!」
運に頼る時点でどうなんだ、と思わず言いかけた。大体、選択問題に正解したとして、どちらにせよ満点はとれないのだから、負けていたではないか。
「はぁ……まあ、なんでもいいけど、面倒だからこれ以上勝負を仕掛けるのはやめてくれる?」
「嫌ですわ!!! 勝ち越すまで、死んでもやめませんわ!!!」
一生付きまとうと宣言されてしまった。面倒くさいことこの上ない。これは眉唾な話だが、IQが20違うと話が成り立たないという。このおめでたい頭のIQと私のIQはいくつ離れているのだろうか。
「ベーコンハムサンドを一つ。夢乃さんは?」
相手をするのにも疲れたので無視することにした。
「あ、朱音ちゃん……? 祁答院さん、怒ってるよ……?」
恐る恐る、と言った風に夢乃さんは言う。
どうしたものか。放っておきたいところだが、折角できた友人に冷たいと思われたくもない。
と、思案していると
「分かりましたわ!!!」
祁答院が叫んだ。
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