9-※良い子は限界に挑戦しないでください
「はぁ、はぁ……どうかしら? 反省はできて?」
しばらく鞭を打ち続けて、私は佐仁田に問う。
「いえ! もっと罰してください!」
声を張り上げる佐仁田。散々打ったというのに想像していた通り、無尽蔵の体力だ。
私はというと、とっくに体力の限界だ。明日は右腕の筋肉痛に悩まされそうだ。
「分かったわ。ここからは瞳と交代。私は今日はもう休むわ」
今日はもう遅い。瞳に任せて今日はもう寝ることにする。
「そんな!? 私は女王様がいいです!」
佐仁田が悲しげな声をあげる。
「私が決めたの。口答えするつもり?」
鞭を空中で振るってパチンと音を鳴らす。
「い、いえ! すいませんでした!」
「よろしい。じゃあ瞳、後は任せたわ」
「はーい!」
元気よく返事をする瞳を背に向け私は部屋を後にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「さてと、どうしましょうかねえ」
朱音を見送った瞳は佐仁田を冷たい眼で睨む。
「死ななければ何をされたって構いませんよ、私は」
余裕のある笑みで佐仁田は語る。
「じゃあ、ギリギリまで痛めつけてあげますよ。本当なら殺してやりたいところですが、お嬢様は貴方の事を気に入っているみたいですし。死なないギリギリにしてあげます」
そう言うと、瞳は部屋の奥から箱を取り出す。
「私、機械いじりが得意でして。エンジンから電子工作までやるので、こういったものを作ることも可能なのですよ」
瞳は箱を開け、中から鞭を取り出す。一本鞭のようだが、持ち手が大きく、スイッチのようなものがついている。。
「ほう。楽しみですね」
「ホンット、つくづく変態ですね。貴方のような豚を悦ばせるのは気が進みませんが、まあお嬢様の命ですし、私もストレス発散になりますしね」
瞳はスイッチをONにする。すると、バチバチと鞭からスパーク音が鳴り始める。
「人間が耐えられる電圧は50ボルトといいます。と、いうことで50ボルトの高電圧一本鞭ですよ。精々いい声で啼いてくださいね?」
鞭を構える瞳。
「いいですねえ、とても楽しみです」
ニヤニヤと興奮した様子で言う佐仁田。
「そのにやけ面、いつまで保もつか楽しみです。さあ、行きますよ?」
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふわぁ……よく寝た」
ベッドで目を覚ます。時刻は6時。いつも通りの起床時刻だ。
佐仁田はあれからどうなっただろうか。少し寝ぼけた頭で考えているとノック音が部屋に響く。
「入っていいわよ」
「失礼します」
私が許可を出すと、瞳が部屋に入ってくる。
「あれからどうなったかしら?」
私が聞くと、
「つい先刻まで鞭で叩いていましたよ。途中、趣向を変えて色々しましたが、結局鞭に戻りました」
涼しい顔で言う瞳。
「あら、いいわね。アレの様子はどうだった?」
「流石は超弩級のマゾヒスト、と言いますか。終始ニヤついていましたよ」
呆れたように言う瞳。
「そう。凄まじいわね」
瞳が手加減するとも思えない。本当に耐えきったのだろう。
「さて、今日の朝食は何?」
「トーストにする予定です。流石に仕込みの時間が無かったもので、簡素で申し訳ないですが」
当たり前だが、最速で最高の瞳と言えど、流石に佐仁田に鞭を振るいながら料理はできなかったようだ。
「いいのよ。あ、ジャムはいらないわ。バターで十分」
「はい、分かっていますよ」
「ありがとう。それじゃあ着替えるわ。着替えたら食堂に行くから、トーストを焼いておいて」
「畏まりました」
洗練されたお辞儀をして瞳は部屋を後にする。
扉が閉まったのを見届けて、寝間着を脱ぐ。瞳が持ってきた制服をゆったりと着る。
「さてと」
食堂に向かう。到着すると、部屋で佐仁田が席に着き、瞳は朝食を準備していた。
「はいどうぞ。焼きたてですよ。それと、今日の紅茶はアールグレイです」
席に座ると瞳がトーストと紅茶を運んでくれる。
「ありがとう瞳。いただきます」
しっかりと手を合わせてトーストを食べる。ふと正面を見ると佐仁田が食事をとらずに私の方を見ていた。
「ああ。いいわよ、食べて」
「ありがとうございます!」
私の許可待ちだったのだろう。私が許可を出すと佐仁田はようやくトーストを食べ始める。
うん、いい心がけだ。
「そういえば佐仁田? 貴方、何クラス分の授業を受け持っているの?」
食事の途中で少々はしたないが佐仁田に質問をする。
あの痴漢教師、以前は結構評価されていて、担当学級も多かったはずだ。
「授業ですか? 二年生全体ですが」
「ということは……4クラス?」
私の学校はAからHまで各学年クラスがある。理系のクラスはその半分だ。ただ、数学は授業数が多い。私のクラスなど、週に4回授業がある。
「ええ。本来先任の方はもっと受け持っていたようですが、そこは他の先生方が担当してくださいました」
「そうなの。あの変態教師、結構忙しくしてたのね」
話しているうちにトーストを食べ終わる。
「ところで、傷の具合はどうかしら?」
佐仁田の背後に回り、背中を撫でる。
「くうぅっ!」
流石に一晩中鞭で打たれた背中を触られると痛いのか、佐仁田が悦びの声をあげる。
「中々いい具合に仕上がってるみたいじゃない。じゃ、私たちは先に出発するわ。昨日みたいなことはしないこと。いいわね?」
最後に背中を思いっきり叩き、私は部屋を後にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
教室に入ると、大きな声が私を迎えた。
「龍造寺さん!!! 今日は
教卓の上に立ち、私を指さしておほほほほと笑うその女の名は祁答院けどういん あかり。よくフルネームで名乗るので下の名前まで覚えてしまった。所謂縦巻きロールを顔の両側にぶら下げ、大きすぎる胸を持ったこの女は、このクラスにおいて一番面倒な相手だ。昨日は風邪をひいたらしく、休みだったがどうやら治ったらしい。馬鹿でも風邪をひくのかと驚いたところだった。
この女の実家、祁答院グループはこの学校……いや、日本で龍造寺グループの次に大きな複合会社だ。
それ故か、この女子高生の皮を被った原始人は私をライバル視し、何かにつけて勝ち負けをつけたがる。実際のところを言えば、勉強は私の圧勝。運動だって、私は運動神経がいい方ではないが、その私にすら勝てないでいるのだが。まあ、あれだけ大きなものを上半身にぶらさげていれば、そりゃ動き辛いだろう。
勝てる種目が少ないからか一般的に勝負になり得なさそうな種目を勝負にしたがる。今日は登校の早さで勝ち負けを決めたいらしい。
「……早く来たからなんだというのかしら? 遅刻やギリギリの登校は当然問題だけれど、このくらい余裕を持って来る分には十分でなくて?」
少しイラッとしたので、思わず反論してしまう。こういう輩は相手にしないのが一番だというのに、私もまだまだ子供らしい。
「登校は早い方がいいに決まっていますわー!!!」
「第一、勝負をするなんて私は一言も言ってないわ。勝ち誇るのは勝手だけれど、うるさくしないで。朝の勉強時間は大事なの。後、これはクラスメートとして親切心から言わせてもらうけれど、教卓の上に乗るのはあまりにもマナーが悪いわ。というかマナー以前の問題。人間として恥ずかしくないのかしら?」
高校生にもなって教卓の上に立つとは、頭がおかしいのではないだろうか。祁答院グループの先が思いやられる。
「う、うっさいですわ!!! 立場が分かりやすいようにわざわざ物理的に高いところに立ってあげたのに、それが分からないんですの?」
真っ赤になって反論しながら原始人は教卓から飛び降りる。大きすぎる胸がバルン、と揺れる。
「あ、幸恵さん、おはよう。嫌ね、朝から騒がしいのがいると」
彼女を無視して静かに勉強をしていた幸恵さんに声をかける。幸恵さんの方がよっぽど淑女という言葉が似合う。
「そ、そうだね……元気なのはいいことだと思うけど……」
流石の聖母も擁護しきれないらしい。
「さて、私も勉強しようかしら」
席に座り、教科書を開く。
「あ、化学? 小テストだよね確か」
幸恵さんが私の開いた教科書を見て言う。
幸恵さんの言う通り、今日は化学の小テストがある。キッチリと確認しなければ。
「ええ。小テストなんかで失敗するわけにはいかないから。当然、満点を取るわ」
と、原始人を無視して幸恵さんと話していると、原始人が怒り出す。
「むっきー!!! この私わたくしを無視するとはいい度胸ですわね!!! いいですわ!!! 化学の小テストくらい、私だって満点をとれますわ!!! 勝負ですわよ!!!」
顔を真っ赤にして原始人はまくしたて、化学の教科書を開く。
「はぁ……いいわ、珍しくお勉強をする貴方にハンデをあげる。私は当然満点だろうし、そうなると最高でも引き分け。奇跡でも起こらないと満点をとれない貴方があまりにも可哀そうだわ。ハンデとして、同点なら貴方の勝ちでいいわ」
これは本当に哀れに思ってというのもあるが、勉強させておけばこのお猿さんも少しは静かになるだろうと思っての事だ。
「ハンデですって!? そんなの……いえ、じゃあ受け取りますわ!!! 二言は無いですわね!?」
一瞬見くびられたことに顔を赤くするが、考え直したのか、ハンデを受け入れる原始人。
「ええ。私は寛大なの。じゃあ、私たちは勉強するから」
「目にもの見せてやりますわ!!!」
そう言ってお猿さんが開いたページは、てんで見当違いなページだった。
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