5-顔が良くて仕事も完璧にこなす
新任の若いイケメン教師の登場に、女子高ということもあり教室からは黄色い歓声が上がる。
確かに、顔はいいのだ、コイツは。
ジロリと佐仁田を睨む。佐仁田は私の視線を気にすることなく、口を開く。
「それでは早速授業に入りましょうか。進度と皆さんそれぞれの理解度の確認を兼ねて、小テストを行いますよ」
黄色い歓声はブーイングに変わる。このクラスは比較的マシとはいえエスカレーターで上がってきた生徒たちの中には勉強を不得意とし、それを改善する気のない怠け者も少なくはない。ブーイングは主にそんな生徒たちから上がっていた。
小テストが配られる。進度に合った問題が基礎から応用まで並んでいる。
それにしても、いつの間に小テスト等作っていたのか。PCは渡していないし、屋敷にいる間は作れなかっただろう。屋敷に迎えてから長く屋敷を開けた時間もない。そもそも、進度の確認だって、今朝までできなかったのじゃなかろうか。まさか出勤してから今までの時間でこれを……? それにしてはクオリティが高すぎる。少なくとも学校で配られている問題集から抜き取ったものではなさそうだし……
問題を解きながら考えを巡らせる。応用問題は結構歯ごたえがある。正直、一つの問題に関しては答えが分からない。
なんて、考えを巡らせていると、様子を見ていた佐仁田が私の隣を通りがかる。
私の答案を覗いて通り過ぎようとした佐仁田の足を周りに悟られないように、しかし思いっきり踏む。
「う゛っ! ん」
佐仁田の顔が一瞬崩れる。
「昼休み、屋上まで来なさい」
小声で用件を伝えると、問題に戻る。佐仁田は軽く頷く。
そして指定された時間が過ぎ、小テストが回収される。
パラパラと小テストをめくる佐仁田。
「ふむ、大体分かりました。結構皆さん理解度はバラバラなようで。そうですねえ……授業は易しく、宿題はそれぞれの理解度に応じて指定することにしましょうか。あ、そうだ、安心してください。このテストは成績には反映しませんよ。予告無しの小テストを成績に反映するほど私も鬼じゃありませんから。成績は……そうですね、宿題の提出率と、定期テストの点数のみで決めましょうか。授業中は授業を妨害しない限りは何をしていても構いませんよ。宿題だって、やりたくなければやらなくても結構です。定期テストの比重が大きいので、一切宿題を出さなくても定期テストで満点を取れば4はつきます。ただまあ、勉強しないと悲惨なことになるので、そこはお気をつけて。分からないことがあればいつでも聞いてください。では授業を始めましょうか」
そう言って、佐仁田は授業を始めた。内容は佐仁田自ら言った通り、簡単なものだったが、ポイントポイントで問題を解く上でのコツのようなものを話すので、退屈はしなかった。
なるほど、優秀だ。勉強ができるのは知っていたが、まさかここまで教えるのが上手いとは。
しかし、私の下僕が優秀なことはいいことのはずだが、爽やかに授業をこなす佐仁田の姿を見ていると、なんだか少しイライラする。
そうして授業は終わった。
その後の授業はあまり覚えていない。自分で言うのも何だが、珍しく上の空で授業を受けてしまった。
兎も角、昼休みがやってきた。屋上へ急ぐ。普段誰も立ち入らない屋上。密談にはピッタリだ。
到着すると、佐仁田が先にいた。
「……なんでこの学校にいるの?」
単刀直入。下僕に遠慮なんていらないのだ。
「昇蔵さんに指示されまして。最初は近くで支えるということで家庭教師にでもしようかと思ったのらしいのですが、それだと客観的に評価し辛いとのことで。結果、第三者の人数の多い学校にと。丁度、空きもあったみたいですし」
つらつらと話す佐仁田。
「なるほどね。全く、お爺様も面倒なことを……」
てっきりどこかの営業にでも放り込むかと思っていたけれど、そんなことは無かったらしい。でもまあ、教師の才もあるようなので、実績は積めるか。
「迷惑でしたら、適当に問題を起こして更迭されるようにしますが……」
「駄目よ。確かにお前に授業をされるのはイラつくけど、それとこれとは話が別。目標はお爺様に認められることだから。任された仕事は完璧にこなしなさい」
「分かりました。しっかりと仕事はこなしましょう」
「それでいいわ。じゃあ、私は昼食をとるからこれ、でっ!」
「ありがとうございます!」
思いっきり佐仁田の尻を蹴り上げてから屋上を後にする。
しかし……この変態がよくもまああそこまで完璧に教師をこなせたものだ。歓声が上がっていた通り生徒からも人気になりそうだし。……気に入らない。
考えているうちに購買へ辿り着く。パンを適当に買って教室へ戻る。すると、山田さんが声をかけてきた。
「どこに行ってたの? 急いでいたみたいだけれど……」
「ちょっと急ぎで連絡しなきゃいけないことがあったから、少し外に」
適当に嘘をつく。まさか教師を呼び出して尻を蹴ったなんて口が裂けても言えない。
「そうだったんだ。お疲れ様。それにしても佐仁田先生、カッコよかったね……」
ぽわぽわとした表情で言う山田さん。
「……え、ええそうね。顔は整っていたかもしれないわ」
言葉にし難いもやもやを感じながら返す。
「それだけじゃないよ! 教え方も上手だし、指定された宿題も難しいけど一人で解けなくはない絶妙な難易度だし、先生として理想だよね!」
「そうね」
そこは認めよう。あの一瞬で答案に目を通したのか知らないが、適度に難しい問題と、簡単だが重要な問題の書いてある紙が配られた。あの問題も、いつの間に作ったのだろうか。宿題の紙は結構な種類あった気がする。それも例のごとく見覚えのない問題ばかり。配られた問題集は一通り解いているはずだが、そこから抜き取ったわけではなさそうだ。
「でもやっぱお顔が……カッコよかったなぁ。優しそうだし、あんな人と付き合えたら……」
「……」
やめておきなさい、と思わず言いかけた。山田さんがこんな風に言うのは珍しい。相当に佐仁田の事が気に入ったらしい。
「龍造寺さんはどう思う?」
「わ、私?」
そう来たか。うーん、何と答えたものか。
「そうね……顔はさっき言った通り整っているけれど、たった一回の授業じゃ人柄までは分からないわよね。教師としては優秀そうだけれど」
極力冷静な顔を保って言う。下僕を褒めるのはなんだか気分が乗らない。
「そっか……流石ね。確か、お見合いとかももうやってるんだっけ?」
「ええ。まあ、いい相手はあまり多くないけれど」
これは事実だ。友人に嘘ばかり言うのも精神衛生上良くない。
「凄いなぁ。同じ歳なのに、経験が全然違うわ」
感心したように山田さんは言う。そのまま続けて、
「ところで、小テストの最後の問題、分かった? 私、全然分からなくって……」
苦笑いしながら言う。
「あら、山田さんも? 私も分からなかったの」
「それじゃあさ、放課後時間があったら一緒に佐仁田先生に聞きにいかない?」
山田さんが提案する。
「そう……ねえ」
一応、放課後は空いている。だが下僕を先生と敬って接するのはあまりにも……でも少ない友人の誘いだし、それに分からなかった問題を放っておくのも気が進まない。
「分かったわ、行きましょうか」
答えて、パンの包装を外して食べ始める。山田さんも、勉強に戻る。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「あー疲れた! じゃあ、行こっか?」
HRが終わり、伸びをする山田さん。
「行きましょうか」
数学の教科書にノートと筆記用具を持って、職員室へ向かう。
「佐仁田先生いらっしゃいますかー?」
コンコン、とノックをして職員室のドアを開ける山田さん。
「どうも、山田さん。それに、龍造寺さんも。どうされました?」
ドアのすぐ近くに座っていた佐仁田がこちらに向かってくる。
「小テストの問題が一つ分からなかったので、それを聞きに来たんですけど……」
「なるほど。そうですね……じゃあ、教室へ行きましょうか」
職員室で手短に済ませるのは難しいと判断したのか、机の上の教科書を手に取り、佐仁田は職員室を出る。
「それにしても、分からない問題をその日のうちに聞きに来るとは、二人とも真面目ですねえ。素晴らしいことです」
「それより、佐仁田先生、私達の名前覚えてくださったんですね!」
嬉しそうな顔で山田さんは言う。
「ええ。生徒の名前を覚えるのは教師として大事な仕事の一つですから。下の名前までバッチリですよ」
微笑みながら言う佐仁田。こうしていると本当に善良な教師の様で腹が立つ。
「えー、本当ですか!? じゃ、じゃあ私の下の名前は……?」
「幸恵さん。龍造寺さんの下の名前は、朱音さん。合っていますよね?」
にっこりと言う佐仁田。
……我慢しなさい、私。いくら腹が立つとはいえ、友人の前で教師を蹴り飛ばすわけにはいかない。
「えー、合ってます! すごいですね佐仁田先生!」
「これくらい当然のことです」
終始にこやかな笑顔で言う佐仁田。話しているうちに教室につく。
「それじゃあ問題の解説を始めましょうか」
佐仁田がガラリと教室のドアを開けると、軽い歓声が上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます