第11話 スキルの可能性 ~女子の場合~

 女子のグループでは、ミラによる講義が終わった後、男子と同様にスキルについてアイデアを出す時間が設けられた。

 男子と比較して女子は比較的纏まりが良く、大人数で固まる傾向があった。最初の授業がグループディスカッションであることも心理的ハードルを下げる要因になり、女子たちは緊張しつつも積極的に意見を出し合っていた。


 そんな中、水城杏樹をはじめとする複数の女子が、蜂須賀藍の動きに注目していた。

 藍が右手を突き出すと、正面三メートルの位置に突如白い光が出現した。光は人の形を作っていき、やがて光の中から一人の人間が現れる。それは藍とまったく同じ姿をしていた。見守っている女子たちから歓声が上がる。


 藍は得意げな表情を浮かべた。


「――とまあ、これが私のスキル『分身』だ。魔力を消費して分身を生み出し、操作することができる。さて、これについて何か有用なアイデアはあるだろうか?」


 彼女がそう言うと、女子生徒たちは意見を出し合う。

 最初に口を開いたのは白坂菖蒲だった。


「とてもシンプルで分かりやすいスキルですね。単純な運用としては蜂須賀さん本人と分身とで異なる動きをさせるのでしょう」

「分身を動かすのってどんな感じ? 自分の動きと分身の動きを両方考えないといけないとか?」


 湧井穂菊の出した意見に、藍は少し考えた。


「分身の動きを厳密に考えているという感覚はないな。こうしてほしいと考えたらその通りに動いてくれる感じだ」


 杏樹が疑問を提示した。


「それなら抽象的な命令でも動いてくれるんでしょうか?」

「やってみる。おい、適当に私から離れてみろ……ふむ、できそうだな」


 藍が距離を置くように命じると、分身はさらに数メートルの距離をとった。彼女は具体的にどの方角へ、どれくらい離れるか指示せず、頭の中で考えもしなかった。それでも分身は命令に従ったと解釈できる程度に離れた。


 弦巻梓が分身の動きを観察しながら言った。

 

「分身の動きは藍さん本人をベースにしているのかもしれませんね。藍さん本人ならこう動くだろうというある程度の基準が最初から存在していて、それに沿って行動するとか」

「分身っていうくらいだから、蜂須賀さん自身が行動規範になっているというのは十分考えられると思います……」


 夏目緑がおずおずとした様子で梓の意見に同意した。

 次に意見を出したのは図師心だ。


「だったらさ、分身をリアルタイムで操作する必要はなくて、予め操作入力しておけば後は勝手に動いてくれるってこと?」

「それができるなら便利よねえ。一人分の戦力が増えるってことだし」


 穂菊が羨ましそうに言うと、藍は渋い表情を作った。


「いや、分身の維持は継続的に魔力を消耗しそうだなこれは。ただその場で立たせておくだけでも消耗し、何か行動させればさらに消耗する。長期戦には向いてないな」

魔力カロリー消費が激しいんだねえ。運動にはちょうどいいかもしれないよ」


 ぽっちゃり体型の吉田志津が能天気な言葉を口にする。

 杏樹は藍の回答を受けて、さらにアイデアを掘り下げていく。


「それなら一度に複数の分身を出すのは難しいでしょうか……いえ、スキルが成長すれば問題なくできるようになるかも? 今は魔力消費が著しくても成長と共に消費が軽減させることを期待しても……いえ、そもそも最初からそういう方向性を想像して成長させれば――」


 藍本人よりも熱心に考える杏樹の姿に、彼女の友人たちは苦笑した。


 彼女たちが和気藹々とする様子を横目で見ながら、菖蒲は別の人間へ意識を映していた。彼女が視線を向ける先には女子の輪に入らず一人でいる星加天麗の姿があった。

 天麗は俯いたまま心あらずというように見えた。昨日から彼女はずっとあの調子だ。

 生徒たちも天麗の様子に気づき、菖蒲と同じように見やる。


「星加さん、昨日から元気ありませんね」

「ずーっと塞ぎ込んどるなあ。心配やわあ」


 杏樹と徳山真帆が言う。他の皆も同意した。


「確か天性鏡でスキルを確認した後くらいからあんな感じになってたわね」


 竜晶葉の言う通り、天麗に変化が見られたのはスキル判定の時からだ。彼女のスキルに原因があることは誰もが推測できていた。だが、直接彼女に確かめる勇気は誰も持っていなかった。

 そこへ稲荷貴恵が現れ、彼女らの気遣いをぶち壊すような発言を口にした。


「大方スキルがゴミカスみたいな奴だったんでしょ。それか恥ずかしくて人に言えないか。プライド高そうだし蔑まれるのが嫌なのかもね」


 あからさまに嘲笑する貴恵の態度に、杏樹は露骨に敵意を表した。親切で気配りのできる彼女でも貴恵の在り方だけは許容できなかった。


「そういう稲荷さんもスキルを公開してませんね。明かすのが恥ずかしいからですか? それともプライドが高いからですか?」

「私は私の判断で非公開にするべきと判断しただけだよ。後ろめたい気持ちも、恥ずかしさも、コンプレックスもないんだな」


 貴恵は杏樹の敵意に満ちた視線をけろりとした顔で受け流した。

 穂菊が杏樹の肩を叩く。


「杏樹さん、稲荷さんの相手をしたところで埒が明かないわ」

「……そうですね。稲荷さんもディスカッションに参加する意思がないのなら、邪魔になるので向こうへ行ってもらえますか?」


 杏樹は深呼吸をすると一度貴恵を睨む。貴恵は悪意を瞳に満ちさせたままその場を離れていった。


 陶山千紘が肩をすくめて言った。


「ふむ、そうだね。星加さんが何か問題を抱えているというのなら、まずは彼女と直接話すのが一番だろう。理由も分からないまま無為に思考を重ねたところで大した成果はない」

「といっても星加さんってあまり人付き合い良さそうには見えないわよ。真正面から訊いて答えてくれるかしら?」


 穂菊は直接問い質す案を疑問視した。彼女は天麗に対して若干の苦手意識を抱いていた。

 梓が楽観的に言った。


「案外大丈夫じゃないですか? 迷宮にいた時も率先して探索に参加したくらいですし、人付き合いが悪くても完全に拒絶しているとまでいかないと思いますよ」

「ま、一度当たってから考えるのもいいんじゃない? そうそう変なことにはならないでしょ」

「そうだな。隊員のメンタルケアは問題が表面化する前に行うのがいい。水城なら信用度の面から任せるに足りる」


 晶葉と藍も直接ぶつかる案に票を投じた。他の女子も正面突破に賛成する様子だった。

 菖蒲が杏樹に声をかける。


「私も同行します。水城さんだけに任せるのも無責任ですからね」

「すみません、お願いします」


 二人は激励の言葉と共に見送られ、並んで天麗の元へと向かう。

 天麗は地面を見下ろしたまま像のように身動き一つ見せなかったが、近づいてくる二人の気配を察知すると顔を上げた。


「ん……」


 天麗は二人の顔を見て、無意識に目を逸らした。


「星加さん、よければ私たちと一緒にスキルのアイデア出しをしませんか?」

「……ひょっとして気を遣わせたか?」


 杏樹は話の切っ掛けづくりのため、まず皆の輪へ加わることを促した。だが、天麗は会話の意図をすぐに察したらしく申し訳なさそうに頭を掻いた。杏樹は出だしから失敗したことを悟った。

 菖蒲が苦笑しつつ言った。


「昨日からずっと様子が変でしたから皆気にしていますよ。大丈夫ですか?」


 天麗は少し考えてから言葉を慎重に選んだ。


「その、悪いな。お前たちの邪魔をするつもりはないんだ。ただ、一人で考えたくて……」


 彼女の態度に明確な拒絶の色はない。口調こそぞんざいであるが相手の心情へ配慮できる気質が現れている。菖蒲は迷宮で狼の魔物に襲われた時に、強い語気ながらも永遠と歩を気遣う意思を見せていた天麗の姿を脳裏に思い返した。


「星加さんが何を悩んでいるか存じませんが、私たちでは力になれませんか?」


 杏樹は千紘の助言を胸に携え、真っ向から訊ねた。

 天麗はしばらくの間無言で考え、杏樹は唾を呑み込んで心臓の鼓動を早まらせた。

 やがて天麗は大きく息を吐いた。


「……私自身の考え方の問題だからな。どれだけアドバイスされても私自身が納得できなきゃそれまでだ。そういう面倒な話なんだよ」


 天麗の瞳には憂いが見え、どこか遠くを見つめているようであった。


(考え方の問題……?)


 杏樹は天麗の回答に引っ掛かるものを感じ取ったが、それが何なのかはっきり言葉にすることができなかった。


 菖蒲がさらに深く話に切り込んだ。


「星加さんの様子がおかしくなったのはスキル判定の時からですよね。やはり、スキルの内容が原因ですか?」

「そうだ」

「もし話してもいいと思うのなら、どんなスキルか教えてもらえませんか?」


 菖蒲が優しく頼むと、天麗は視線をあちこちに飛ばしながら迷う素振りを見せた。だが、意を決したのか表情を引き締めて口を開いた。


「……『化粧』だ」

「『化粧』?」


 一瞬杏樹は何を言われたのか分からず、反射的に訊き返した。


「そう。“人型の生物の身体の表面に化粧を施す”って天性鏡には映し出されていたな」


 化粧――なんとも天麗のイメージにそぐわないスキルだと杏樹は思ったが、すぐに思い直した。先入観で決めつけることは失礼だ。彼女は反省しながらその考えを取り下げた。


「えっと、星加さんはスキルが『化粧』だったことが気に入らないんですか? その、性に合わないとかで?」

「はっきり似合わないって言ってもいいぞ。私もそう思ってるからな。そうだよ、私は派手に敵と戦えるようなスキルが欲しかったんだ。『化粧』なんてどうやって迷宮探索に活かせってんだ」


 天麗は不貞腐れたように言う。しかし、菖蒲はその考えに異を唱えた。


「それはスキルの成長次第ですよ。想像を膨らませれば何か思いつくかもしれませんよ?」

「そこを否定する気はねえよ。けど、私は……もっと明確に敵を打ち倒すための力が良かったんだ」


 菖蒲は天麗の様子に疑問を抱いた。彼女は“有用な力”よりも“敵と戦う力”を求めている。まるで戦うことそのものに拘りを持っているようであった。

 杏樹も同じ疑問を抱いたらしく、真剣な面持ちで訊ねた。


「……星加さんは前に出て戦うことを希望しているんですね。命を落とすかもしれないことが怖くないんですか?」


 天麗は真っ直ぐ見つめ返し「ああ」と答えた。

 杏樹は続けて訊いた。


「貴女は魔物相手に勇敢に立ち向かい、怪我をしても戦意を失わなかったと聞いています。死ぬのが怖くなかったんですか? もし、魔物の攻撃が直撃していれば。もし、織田くんがスキルを覚醒させていなかったら。もし、ミラさんが来るのが遅れていたら。そんな想像はしなかったんですか? 他の人たちは差はあれど皆戦いに恐れを抱いています。違うのは蜂須賀さんくらいです。星加さんは一度危険な目に遭っているのに、何故まだ戦う意思があるんですか?」


 杏樹の口調は強かったが、責めるというより理由が分からないことへの不安が色濃く滲んでいた。彼女の天麗を見つめる目が微かに揺れていた。

 天麗はその様子を前に、誤魔化すのは不誠実だと判断した。彼女は少し躊躇いながら言った。


「私には――私にとってそんなことは大した問題じゃなかったんだ。戦えないこと・・・・・・の方がよっぽど怖かった」

「戦えないことの方が怖い? どういう意味ですか?」


 杏樹の問いに、天麗は自嘲するような笑みを返した。


「言ったろ。考え方の問題だって。多分解決することは無理だろうよ」


 それから彼女は一度首を振って、纏わりつく感情を振り払った。次に杏樹の顔を見据えた時には普段通りの顔つきに戻っていた。


「手間かけさせて悪かった。私もスキルを伸ばすこと自体はちゃんとやるつもりだ。自己紹介の時にも言ったけど足を引っ張るつもりはない。やれることはやるつもりだ」

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