第10話 スキルの可能性 ~男子の場合~
一年四組が異世界へ迷い込んでから三日目の朝、彼らは寮の訓練場に集合していた。
訓練場は中庭を挟んだ向かい側にあり、上から見ると長方形のフィールドが広がる形となっている。四組は男子と女子二十人ずつに分かれて待機していた。担任の菖蒲は女子側についている。
予定の時刻になるとミラとリオが現れた。二人とも軽装だが、僅かに威圧感のある風格を漂わせている。
二人は二、三の会話をした後、それぞれ担当するグループの元へと向かった。
リオは二列に並んだ男子たちの前に立つと、話を始めた。
「今回皆さんの訓練を担当することになったリオ・ヘイドンです。《青嵐》では主に物資や人員の運搬を担当しています。どうぞよろしく」
織田晴臣、帆足歩、黛大刹が活気に溢れた返事をする。それ以外の男子はそこそこの声量で、祖父江信宏と一二三護は小さく頭を動かすだけだった。永遠は軽く礼をしながら小声で返事した。
「さて、これから皆さんには自ら戦う術を身に着けていただくわけですが、ここでいう戦闘技術とは大きく二つに分けられます。一つが、武器の扱いや体術といった自らの肉体と技術を以って戦うやり方。もう一つが、スキルを活用して戦うやり方です。皆さんにはまずスキルの活用方法について学んでもらいましょう。皆さんはスキルについて学ぶのは初めてですからね」
リオは皆の顔を見回した。
「スキル持ちの一番の特徴はその名の通りスキルを持っていること。そんなの言うまでもないだろうと思うかもしれませんが、これが最も重要な点です。スキルを活用した戦いというのは、軍人でもない素人でもできることですからね。“スキルをいかに戦闘に活かせるか”はスキル持ちにとって最大の課題です」
リオの言うことは永遠にも感覚的に理解できた。軍人でなくとも刃物を持った人間は例外なく危険であるという話だろう。ましてやその刃物はその人間に内在する不思議な力だ。
黒崎勇人が困った表情で質問した。
「でも、スキルが戦闘向きでない人もいますよ? そういう人はどうしたらいいんですか?」
勇人の表情から、永遠は彼のスキルも戦闘に向いたものではないと推測した。彼と同じ不安と疑問を抱いている生徒は他にもいるだろう。そう考えて周囲にさりげなく目を配ると、何人かが微妙に緊張するような顔をしていた。
「それを今から説明します。皆さんはスキルを“不可思議なことを引き起こせる便利な力”という風に捉えていませんか?」
「そうだけど違うの?」
歩の言葉に、リオは否定を返した。
「いえ、間違っていません。ですがそれがすべてでもありません。スキルは成長するんです。使用者の意思一つで
生徒たちはいまいちぴんとこない顔をした。晴臣がそんな彼らを代表するように訊ねた。
「スキルが成長するってのは理解できるけど、起こりうるあらゆる可能性を実現ってのはどういう意味です?」
リオは一度頷いて微笑んだ。
「僕のスキルを例に挙げましょう。僕のスキルは『軍船』といい、船に戦闘能力を与えることができます。僕は昔このスキルを活かして海賊狩りを行い、懸賞金を稼いでいたんです。それがたまたまミラさんの目に留まって《青嵐》にスカウトされたんです」
「『軍船』かあ。分かりやすいスキルだな」
松永匠が述べた感想に永遠も同意した。活用できる場所は限られるが、水上戦闘において大きなアドバンテージをとれそうだと思った。
「うん? それはおかしいぞ? 儂らが船に乗った時は特に武装があったようには思えんかったが」
そこへ声を上げたのは黛だ。彼の言葉を聴いて、永遠は少なくとも自分の目に映った限りで船に武装はなかったことを思い出した。
「どちらかというと豪華客船って感じだったよね。あんなに広い空間を生み出せたんだから」
椿雪成が船の内部に広がった空間を脳裏に思い起こしながら言った。
リオは予想通りの疑問が提示されたことに満足そうな笑みを浮かべた。
「はい、良い疑問です。皆さんを乗せたあの船は軍船に見えなかったはずです。しかし、間違いなく皆さんが目にしたあれは『軍船』のスキルによるものです」
頓智でも投げかけるようにリオは言った。
皆が首を傾げていると宝田三雄が突然納得がいったように声を出した。
「ははあ、成程。そういうことですか」
「宝田は分かったのか?」
「ええ、これはあれですね。異世界系でお馴染みの“スキルの拡大解釈”ってやつです」
晴臣が訊くと、宝田は眼鏡をくいと押し上げながら得意げに言った。
桜庭剛毅が胡散臭いものを見るような目つきをした。
「何だそれ?」
「スキルはある特定の効果を引き起こすものとされています。昨日天性鏡に触れた時にスキルの内容が表示されましたよね? 普通ならそこに書かれていたことしか引き起こせないと考えるところですが、ここに抜け道があるんです。ある種のイカサマと言ってもいいでしょう」
「イカサマって?」
歩が訝しそうな顔を作る。宝田は重大な秘密を公表するかのような重々しい口調で言った。
「“内容に合致している限り、あるいは明らかに反していない限り、どんなことでも可能である”という抜け道です」
桜庭は眉間に皺を寄せて首を捻った。
永遠は宝田の言わんとすることが理解できた。
「ああ、そういう……」
「トワも分かったの?」
歩が期待の込めた目を向けてくる。それに呼応するように他の男子も永遠に注目した。思わずたじろぎそうになるが、どうにか必死に抑えて永遠は自分の考えを口にした。
「ええと、そうだな……これも例を挙げた方がいいかな。例えば『水生成』ってスキルがあるとするだろ。普通なら単に水を生み出すだけだと思うけど、これを海水とか炭酸水とか熱湯とか、とにかく水と呼べるものなら何でも生み出せるスキルとして捉えることもできるってこと。そうだよな?」
宝田は勢いよく肯定した。
「そうです! 今の例で言うなら海水も炭酸水も熱湯もすべて水に違いありません。ごく普通の水でなくてはいけないという制約でもない限り、どれも生み出すことが可能なんです」
「はえー」
歩は感心したように口を開けた。晴臣をはじめとする数名が「成程」と呟いた。
リオは永遠と宝田の回答に対して、笑顔で答えた。
「とても良い例を挙げてくれてありがとうございます。今お二人が説明してくれた内容が正解です。“起こりうるあらゆる可能性を実現する”とはそういう意味なんです。効果に沿う限り、あらゆる事象を引き起こすことができる。それがスキルの最大の特色です」
果てのない可能性を提示された男子生徒たちは、興奮で胸を高鳴らせた。自分が獲得したスキルが今はまだ想像できないような力を秘めている事実は、彼らのモチベーションを上げるために効果的だった。
「つまり、どれだけ想像力を豊かにできるかがスキルを使いこなす鍵ってことかな?」
一二三が説明された内容を簡潔にまとめた。
「はい、一見戦闘に役立てそうにないスキルに思えても、視点や発想を変えれば思いもよらない使い道を閃くこともできるでしょう。僕の『軍船』は戦闘向けのスキルを味方の支援もできるように伸ばした形です。『軍船』は当初船に戦闘能力を付与することしかできませんでした。そこから船そのものの性能を拡張することへ方向性を持っていったんです。戦闘能力だけでなく居住スペースなどの生活空間を付け足しても、『軍船』としてあり得ないとは言えません。むしろ軍船として長期の航海に耐えうるように追加した仕様の一部と捉えることができます。たとえそれが下手な客船より映えるものだとしてもです」
「スキルの定義を逆手にとる! これぞ異能系ラノベの定番ですな!」
これまでに読んだ架空の世界を舞台にした小説と類似した現実に、宝田は感極まるといった調子だった。
「そういうわけで皆さんにはまず自分のスキルについて理解を深めることから始めましょう。“このスキル、こんなこともできるんじゃないか?”という疑問を抱くことが始めの一歩です。実際に使いながらいろいろ考えてみましょう。友達に相談するのも良いでしょう」
リオがそう言うと、早速生徒たちは思考を開始した。
晴臣は黛、桜庭、若松羅紋と頭を突き合わせながら、あれこれ案を出し合っている。
別の場所では宝田、松永、因幡七曜の三人が一緒に考えていた。
樹神透、祖父江、一二三、京極進一は一人で思考することを選んだ。
それ以外の男子生徒もいくつかのグループに分かれていた。
残っているのは永遠と歩だけだった。
永遠は一度息を吐いてから、やや強張った顔でリオの元へ行った。歩はその後を黙ってついていく。
彼には自分が抱える問題を単独で解決する方法を思いつけなかった。昨夜ベッドの中でどうすべきか悩み、その結果慣れない思考に没頭するより専門家に相談すべきと結論づけた。
「リオさん、ちょっと相談していいですか?」
「何でしょう?」
リオは『絆』について正直に打ち明けた。リオは真剣な表情で聴き終えると、腕を組んで唸った。
「前提条件を満たさないとそもそも発動することすらできない系統のスキルですね。この手のスキルはたまに見かけます。久住くんの場合は“四組メンバーと絆を紡ぐ”が発動条件となっていますが……対象が極めて狭く限定されているのは珍しいですね」
「リオさん、どうにかならないかな?」
歩は懇願するように言った。純粋に永遠を心配していることが伝わり、永遠は嬉しいと思う反面申し訳なくも思った。他者との付き合いを拒絶してきた彼は、このような場合にどう感謝を返すべきか方法を知らなかった。
「効果自体が不明なので何とも言えませんね。まずは実際に誰かと絆を紡いで効果を確認することから始めないと……“力を得る”というのがどういうものか把握するのが先決です。久住君は今クラスで仲の良い人はいますか」
永遠は隣に立つ歩の顔を見た。
「一番会話が多いのは帆足か……後は織田とか?」
僅かな間とはいえ共に迷宮を探索した晴臣とは悪くない関係を築けていると思っていた。歩ほどでもないが彼ともあれから何度か会話を交わしていた。それ以外の男子生徒とは一切交流がない。
「では、その二人と親密になるところから始めてはいかがでしょう。あれこれ考えるより今は実践することに専念してみましょう」
「……そうですね」
永遠は溜息を吐いた。
結局のところ行動しないことには始まらない事実を再認識しただけだった。
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