第7話 思いがけない提案
全員のスキル判定が終了した。途中から誰もが予想していたが、一年四組の全員がスキルに覚醒していた。
シーリアはその結果を前に深刻そうな表情をしていた。彼女は直ちに迷宮管理局へ報告すると言い残し、寮を去っていった。
その後一同は解散し、それぞれが自由に過ごすことになった。外出の許可は出ていなかった。
寮の外には迷宮管理局の職員と思わしき男性二人が待機しているのが見えた。彼らは永遠たちが無断で外出するのと、身元の不確かな来客を制限するために配備されているとシーリアは言っていた。
昼頃、寮の中庭のベンチに永遠は腰かけていた。雲一つない空を見上げる。異世界であっても空は彼がよく知るそれと変わりなかった。
中庭には他にも数名のクラスメイトが出ていた。その中に歩の姿もあった。
彼はベンチの方へやって来ると、
「トワ、なんか元気ないね。スキルががっかりするようなやつだったの?」
永遠の気落ちした様子に気づいた歩が気遣うように訊ねてくる。
それに対して永遠は一瞥してから力なく答えることしかできなかった。
「まあな……」
「差支えなかったらどんなのか教えてくれる?」
永遠は一瞬悩んだが自分だけでは解決できない問題だと悟り、素直に打ち明けることにした。歩以外に話せる相手は精々担任の菖蒲くらいだろう。彼女は今他の生徒と話をしていて割って入る勇気はなかった。
永遠は説明を終えると、歩は困った顔で唸った。
「うーん、『絆』ねえ。それは悩むのも無理ないね。しかも四組の人限定なんでしょ? 選択肢が限られているってのは良くないね」
『絆』を活かすだけの資質が永遠自身にないことも問題であったが、歩の言うように絆を紡ぐ相手が四組に所属する人間でなければならないことも頭の痛いところだった。絆の数に応じて力を得られるが最大でも四十個。それが多いのか少ないのかの判断も現状ではできなかった。
「ちなみに、お前のスキルは何だった?」
「『テイミング』だよ。動物や魔物を支配下に置いて命令に従わせることができるんだって。僕自身の戦闘力には寄与しないけど、応用の幅が広そうなのは利点かな」
永遠はそのスキルを羨ましく思った。彼にとっては人間と接するより気が楽であるように思えたからだ。安易な感想であるが『絆』より使い勝手が良いのは確かだった。
「他の皆はどんなスキルだったか訊いた?」
「何人かは訊いてみたけど全員分はまだ把握してないよ。友達同士で教え合っている人たちもいるし、公表しない方針の人もいるみたいだよ」
永遠は頭に疑問符を浮かべた。
「公表しないって?」
「あんまり教えたくないようなスキルに覚醒した人も何人かいるみたい。稲荷さんも教えない派。まあ、あの子はシーリアさんにも突っかかっていたし、どちらかといえば他人を信じない性格なんだろうね」
永遠はこれまでの貴恵の態度を思い返した。彼女は何かと攻撃的な態度が目立ち、杏樹を始め他のクラスメイトからの心証もあまり良くないように見える。
ふと、永遠の視界に寮の中から女子生徒が出てくるのが見えた。彼女は中庭中央の噴水の前に佇んでいた菖蒲の元へ駆け寄った。
「白坂先生、ミラさんとレイチェルさんが寮の外に来てます。私たちに話があるそうです」
「私たちにですか? すぐに行きます」
菖蒲は女子生徒と共に寮の表玄関の方へと向かっていった。
永遠と歩は顔を見合わせる。
「どうしたんだろう。ただ様子を見に来たわけじゃなさそうだね」
そう言って歩は二人の後を追った。永遠は一瞬迷ってから後に続いた。
彼らが到着した時、そこにはミラ・バルトハイムとレイチェル・ハンターが敬礼する警備の職員に寮の敷地内へ通される場面が展開されていた。
「こんにちは菖蒲さん。急な訪問で申し訳ありませんが、今から皆さんを集めていただけますか?」
菖蒲は迅速に行動した。寮内の生徒たちに声をかけ、食堂へと集める。朝に続いて一堂に集められた生徒の中には今度は何事かと訝しむような顔をしている者もいた。
全員がいることを確認した後、ミラが口を開いた。
「スキルの確認は済ませたようだな。しかし、全員覚醒していたとは……」
彼女の言葉を受けてレイチェルが頷く。
「漂流者の多くはスキルを保有していますが、それでも全員ではありません。ですが皆さんは四十一名もいて全員が覚醒している。これは二重の意味で前例のない事態です」
「聞き取り調査でも詳しく訊かれることだろう。お前たちは否応なしに注目を浴びることになる」
「うへえ、それは嫌だなあ」
歩が苦い表情で言った。
ミラは眉間に皺を寄せた。
「……既にお前たちの存在が一部にも漏れているようだ。昨夜港で大勢に目撃されているからな。迷宮管理局に伝手を持っている人間が情報を抜き出したのだろう」
「ま、その辺は予測できていたよ」
貴恵がせせら笑うように言った。迷宮管理局が情報を秘匿することを期待していなかったのは明らかだった。
「では、お前たちがこれから直面する問題が何か分かるか?」
ミラは貴恵の顔を見つめると問いかける。貴恵はそんなの簡単だとばかりに答えた。
「決まってるじゃん。生活基盤の確保でしょ」
その回答を受けてレイチェルがウインクした。
「第一にそれですね。漂流者は所謂世界を越えて迷子になるという一種の遭難者ですが、だからといっていつまでも国が保護するというわけにもいきません。生きるために自らの手で生活基盤を築いてもらわないといけません」
「当然ですね。実を言うとそこをどうするかずっと考えていたんですよ」
菖蒲が溜息を吐きながら言った。今は生徒の保護者代わりとなるべき大人として頭の痛い問題だった。
「幸い言葉は問題ないので意思疎通で苦労することはありません。文化の違いはありますが、そこは追々学んでいけばいいでしょう。一番重要なことは仕事です」
「ですよねー……」
迷宮管理局の庇護下で暮らし続けるわけにはいかないことには誰もが気づいていた。食堂のあちこちから憂鬱そうな息が漏れる。
しかし、レイチェルは朗らかに笑った。
「とはいえ、仕事に就けるかどうかの心配はそこまでないんです。言葉が通じるなら皿洗いでも清掃員でも売り子でもなんでもやれるでしょう。ましてやスキル持ちとなれば引く手数多ですよ。大きな商会なんかに所属するスキル持ちは、一般の従業員と比較して給料が数倍なんてざらですからね」
給料の話になった途端、何人かの目が輝いた。その一方で、不安そうな表情の者もいた。
「俺のスキルって仕事で活かせるかなあ。そういうのに向いてると思わないけど」
「どんなスキルにも需要はありますよ。使える場所が限定されることはありますが、まったく使い道がないことは滅多にありません」
レイチェルはそう励ますが、永遠は自分のスキルについてそれが当てはまるのか甚だ疑問だった。
そんな中、ミラは硬い表情をしながら言った。
「一番の懸念事項はそこではない。今問題となるのは、お前たちがまだこの世界では右も左も分からない状態であるということだ」
「というと?」
歩が先を促すと、レイチェルもまた表情を引き締めた。
「先程ミラさんが仰られたように、皆さんの存在は既に王都の住民に知られています。全員がスキルに覚醒したこともいずれ広まるでしょう。その時、彼らが何を考えるか分かりますか?」
「ああ、そういうことですか」
「優秀な人材の取り合い、というわけですね」
樹神と杏樹が答えると、レイチェルは頷いた。
「その通り! スキル持ちの有無は、組織にとって経済活動の規模とその成果の多寡を大きく左右する要因です。このままいけば皆さんはあちこちのクランや商会からオファーがかかるでしょう。それも大手と呼ばれるような有名どころからです」
話の内容は四組にとって有益なものであるにも関わらず、レイチェルの顔はそれを歓迎できないと言いたそうであった。
「それっていいことなのでは?」
「つまり、その大手の組織が生活基盤のない俺たちの後ろ盾になってくれるかもしれないってことだよな?」
「普通に考えれば何も問題ないように思えますが……」
生徒たちからそのような声が上がる。黙って聴いていた者も同意するように頷いた。
しかし、歩はレイチェルが何を懸念しているのか気づいていた。彼は食堂を見回して言った。
「その場合さ、僕たちの所属がばらけることになるよね? それって僕たちの今後を考えると不味くない?」
彼の意見が何を意味するのかすぐに理解できたのは半分ほどだった。永遠は少し時間を要したが、間もなくその意味を悟った。
まだ理解していないクラスメイトのために杏樹が話を継いだ。
「私たちの方針は『元の世界へ帰還すること』ですよね? それならできる限り固まって行動するのが最適だと思うんです。ばらばらに行動するのは合理的ではありません」
「元の世界へ帰るために協力し合わなければいけないので、所属が分散するのは避けたいですね」
菖蒲もまた同じ懸念を抱いていたらしく、杏樹に賛同した。
「でも、大きなところに就職できれば、そこの組織力を借りて帰還の手段を探すこともできるんじゃない?」
その意見を却下したのは樹神だった。
「どこかの組織に所属するってことは、そこの利益を第一に考えることを要求されるってことでもあるんですよ。たとえば、対立する二つの組織があって、それぞれにうちのクラスから誰かが入ったらどうなるでしょう?」
樹神が挙げた例を想像して、クラスメイトは納得いった様子を見せた。
「そりゃまあ、その生徒間で敵対関係になるでしょうね」
「あるいは、相手側のクラスメイトを自分たちの勢力に引き込むよう命じられるとか」
理解が広まったところで、千紘と杏樹が樹神の意見に補足した。
「それに組織に所属するとそこの色に染まることがあり得るからね。もし、そこが過激な思想の下で動くようなところなら変な影響を受けかねない」
「ただでさえ私たちは入学直後で人間関係の構築ができていないんです。
「できるわけないよね」
今の四組は出会ったばかりで互いのことをよく知らない。そんな彼らが早い段階で分かれてしまえば、共通の目的を持つ間柄という意識が希薄になる恐れがあると杏樹たちは捉えていた。
貴恵が呆れたように息を吐いた。
「そもそも、所属した組織が帰還のために協力してくれるとは限らないでしょ。スキル持ちなんて有望な人材を逃したくなくて邪魔することだって考えられる」
「そういうこと」
歩は悩ましそうに言った。
根本的な問題は、この世界の人間が四組の帰還に協力する保証がどこにもないことだった。優秀なスキルを保有する人間を手放すことを惜しみ、協力しないだけでなく積極的に妨害してくる可能性を彼は予期していた。
「じゃあ、皆で一緒のところに就職するってこと?」
「でも、スキル持ちとはいえ学生身分の子供を四十人も雇ってくれるところなんてある?」
「すぐに役立ってくれるという保証もないのに、そこまでやる奴がいるかって話だよな」
歩たちの意見を踏まえた上でどう方針を打ち立てるべきか、彼らは口々に騒いだ。
そのざわつきを止めたのはレイチェルの手を叩く音だった。
「皆さん賢いので話がスムーズに進んで何よりです。お陰で説明する手間が省けました! そう、今皆さんが挙げた点が問題となります。帰還を目指すために協力し合うのが不可欠。しかし、ばらばらに行動することは避けたい。だからといって全員同じ場所で雇ってもらうのも難しい。実際そんなところないと思いますよ。うちのクランだって無理です」
「何十人もスキル持ちが一気に入ると待遇で絶対揉めるからな。それにそいつらだけで派閥ができるから、組織内のパワーバランスも崩れる恐れがある」
スキル持ちは他と比較して待遇を良くするのが常である。大量の新人が加入し、それがいずれも高い賃金を支払われるとなればやっかみの声も上がる。さらに、彼らだけで一つの勢力ができあがり、彼らが影響力を握ることで組織に亀裂が生じることも考えられた。
「となると、どうするのがいいんですか?」
杏樹が訊ねると、レイチェルはにやりと笑った。
「その話をするために今日ここへ来たんですよ。さて、遠回りをしましたが本題へ入るとしましょう」
彼女は部屋を見回して、意味深にたっぷり時間をとってから続きを話した。
「今挙げた問題を解決するための方法が一つだけあります。それを《青嵐》を代表して一年四組の皆さんに提案しに参りました」
杏樹は首を傾げた。
「方法? それは一体……」
レイチェルはとっておきのアイデアを披露するかの如く言った。
「単刀直入に申し上げます。皆さんだけで
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