第6話 目覚めたスキル

 迷宮管理局所有の寮の寝心地は良かった。翌朝、一年四組の四十一名は全員起床時刻に遅れることなく目を覚ました。まだ精神的に疲労が残っている者がちらほらと見受けられたが、差し迫った問題はなかった。

 朝食には質素なパンとミルク、それに固形の保存食が提供された。早朝の内にリオが運搬してくれたと後から聞かされ、彼らは若い船長に多大な恩義を感じざるを得なかった。


 迷宮管理局のシーリア・ラングが寮を訪れたのは、朝食の最中だった。


「おはようございます皆さん。よく眠れましたか?」

「まあ、それなりに……」


 菖蒲は生徒たちの様子を窺いながら答えた。


「昨日お伝えしたように本日は皆さんがスキルに覚醒しているか検査します。朝食後に一階西のホールに集合してください」


 朝食の片付けをした後、彼らはホールへ移動した。ホールは彼らが教室から転移した先の部屋よりやや小さく、しかし大きな窓があり解放感に溢れる場所だった。

 彼らが到着した時、シーリアはホールの中心に用意された置台の上に大きな器を載せているところだった。器は銀色で縁の部分には植物の蔓と葉のような装飾が施されている。シーリアは器の上に透き通るようなガラスの杯を翳した。すると外から見て空のはずの杯から水が溢れ出て、器へ落ちていく。永遠は何らかの魔道具だろうと推測した。

 やがて、器一杯に水が満ちたところでシーリアは杯を翳すのを止めた。


 シーリアは全員が器に注目していることを確かめると口を開いた。


「こちらが皆さんのスキル覚醒の有無を判定する魔道具『天性鏡てんせいきょう』になります」

「天性鏡?」

「見た目は豪華な皿って感じだな」


 晴臣はありきたりな感想を述べた。それに対して彼の隣に立つ女子生徒が疑問を口にした。


「だけど、水面が光ってない?」


 シーリアは頷くと、彼女の疑問に回答した。


「光っているのは天性鏡に込められた魔力ですね。今ここに張られた水全体に魔力が満ちているんです。その魔力を用いてスキルの判定を行います」


 永遠は心臓の鼓動が早くなっていることに気づいた。未知の体験を前に手に汗が滲んでいた。それはクラスメイトたちも似たようなもので、誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。


「スキルの判定方法は簡単です。一人ずつこの水に触れていただくだけです。そうすればその人が覚醒しているかどうか、覚醒しているならどんなスキルを保有しているのかを映し出してくれます」

「それもネット小説でよくあるやつですね。物語序盤でお馴染みのスキルを鑑定できる万能アイテム」

「そして、誰かがチートスキルを持っていると判明するんだよね」

「あるある」


 異世界について熱く語る宝田と彼の話に乗る女子生徒の組み合わせは、彼らの中で受け入れられつつあった。宝田に突っかかっていた口調の強い男子生徒も最早何も言うまいという様子だ。


「さて、それでは順番に判定を……」

「ちょっと待った」


 シーリアが言いかけたのを、稲荷貴恵が止めた。


「稲荷さん? どうかしましたか?」


 突然の介入に菖蒲は不思議そうな顔をした。

 皆が訝しむ中、貴恵はシーリアをじろりと見る。


「スキルを調べるのはいいとしてさ、それ私たちだけでやれないの? 迷宮管理局の人間も同席する必要あるわけ?」

「はい、今回は迷宮管理局の管轄下で実施されますので」

「それってつまり私たちのスキルの情報が迷宮管理局に握られるってことだよね? 信用していいの?」

「あー……」


 誰かが今気づいたように言う。それに伴い生徒たちは言葉を交わし合い、悩みだした。


「言われてみればどうなんだろう? これって結果を報告する義務とかあるのかな?」

「そうですね。どうなんですか?」


 菖蒲の問いかけにシーリアは「そうです」と答えた。


「原則として迷宮管理局の管轄下で実施された判定の結果は、その管轄する管理局に報告しなければなりません。そして、この情報は必要に応じて他の公的機関に提供されることがありえます」


 “他の公的機関”という言葉には含みがあるように思えた。それに気づいた杏樹が千紘に話しかける。


「他の公的機関って……」

「うん、官憲とかだろうね。スキルを悪用した犯罪なんて当然あるはず。犯罪にスキルが用いられたと疑われたときに提供されるのだろう」


 永遠はやむを得ない話だと思った。この世界にどのようなスキルが存在するか知らないが、使い方を誤れば人々を危険に晒すことは容易に想像できた。


「分かりました。そういうことなら従いましょう。皆さんもそれでいいですね?」


 貴恵は不服そうな顔だったが頷いた。他の生徒は素直に同意した。


 晴臣が前に進み出る。


「それじゃ、最初は俺から行くよ。こういうのは誰かが先陣を切らないとな」

「既にスキルに覚醒しているのが明らかだから、変に気負うこともないからね」

「ああ、それにあの力がどういうものなのか知りたいってのもある」


 晴臣は置台の前に立つと、一度深呼吸した。それから右手を出し、天性鏡に張られた水にそっと触れた。

 その瞬間、水面にいくつもの波紋が生じた。波紋の一つ一つに光が纏わりつき、幾何学模様のように見える。


「おお……」


 晴臣は幻想的な光景を直視していた。数秒経過した後、水面の放つ光の中に文字が浮かび上がる。

 彼は天性鏡を覗き込み、放心したように口を開けていた。


「ふむ、成程」


 同じく天性鏡を覗き込んでいたシーリアは持っていた自動筆記用の魔道具を使う。迷宮管理局で使われる上質な紙に、天性鏡に映し出された文字をそっくりそのまま書き込んだ。


「もう終わりですか?」

「はい、結構ですよ」


 晴臣は小さく息を吐くと、見守っていたクラスメイトの元へ戻っていく。

 歩が「お疲れ」と肩を叩きながら言った。


「ちょっと身構えていたけど拍子抜けだったね。結果はどうだった? 言いたくないようなら言わなくてもいいけど」

「いや、隠すようなものでもないし教えるよ。俺のスキルは『浄化』だった」

「『浄化』?」


 歩は首を傾げた。


「ああ、水面に文字が浮かび上がったんだけど……そこには魔を祓う神聖な力を扱えるって書かれていた」


 “神聖な力”という言葉に永遠は心当たりがあった。歩も同様ですぐに考えを口にした。


「神聖な力……あの手から出ていた光のこと? もしかしてあの狼の魔物が光を浴びて苦しんでいたのって、その神聖な力ってやつの所為?」

「多分そうだと思う」


 “魔”という言葉が示すものが魔物なのか、いくつか含まれる中の一つに過ぎないのかは分からなかった。だが、あの戦いで危機を脱したように、敵に立ち向かうことのできるスキルであることは明白だった。


 傍で聞いていた杏樹の友人たちが騒ぎ出す。


「神聖な力……よく分かんないけど、それって凄いじゃん! マジ勇者って感じ?」

「うん! なんだか物語の主人公みたい!」

「そ、そうかな……」


 煽てられて満更でもないのか晴臣は顔を紅くした。

 そうしている間に、今度は星加天麗が判定に挑んでいた。彼女は天性鏡を覗き込んだ後、シーリアと何か話していたが、やがて皆の元へ帰ってきた。永遠は彼女の表情を見て眉を寄せた。


(星加の表情、やけに暗いな)


 天麗は思いつめているような表情で一言も喋らなかった。彼女は迷宮の部屋にいた時と同じように壁に背中を預けると、そのまま顔を俯かせた。


 それからクラスメイトは一人また一人と判定を行った。有用なスキルに覚醒したことで浮かれる者、好みに合わないスキルにがっかりした者。反応は様々だった。 

 永遠はそんなクラスメイトの様子を眺めていた。


「トワはまだ行かないの?」


 歩が促すように話しかけた。彼の判定は既に終わっていた。


「……俺は後の方でいいかな」


 永遠は自分の番を後回しにしたいと考える性質だった。それでいて一番最後は目立つため最後から四、五番目を狙おうとしていた。

 やがて、判定を終えていない生徒が残り僅かとなった頃、菖蒲が言った。


「まだ終えていない人はどれくらいですか?」

「あと残ってるのは久住くん、淡路あわじさん、卜部うらべさん、大嶽おおたけくん、京極きょうごくくん――それに千紘さんもまだですね。こういうのは早く行くかと思っていましたが」


 既にクラスメイトの顔と名前を把握している杏樹が答えた。彼女らが見やった方へ目を向けると、悠城学園の教室にて永遠と同じように誰とも接していなかった面々がいた。陶山千紘は永遠の視線に気づくと小さく首を振り、先に行くよう無言で天性鏡を示した。


 千紘以外の四人もまだ行く気がないと察した永遠は、ついに動くことにした。

 天性鏡の前までゆっくり進み、シーリアと顔が合う。彼女は無言で頷いた。


 永遠は指で軽く水面に触れた。


(俺のスキル……どんなやつだ?)


 内心そわそわしながら永遠は浮かび上がった文字を見た。

 それを目にした瞬間、永遠は目を疑った。


(『絆』……?)


 彼にとってまったく縁のない言葉がそこにあった。

 絆。

 それがスキルの名称を表していることは理解したが、その効果を想像できなかった。


 永遠はその下に浮かんだ文を読んだ。


(他者と確固たる絆を紡ぐことで力を得ることができる……他者と紡ぐ・・・・・? 絆を・・?)


 思考が理解へと至らず彼はその場で固まった。心配したシーリアが声をかけるまで彼は何も耳に入らず、動くことができなかった。


 我に返った永遠は重い足取りで戻っていく。その最中、明らかとなった己のスキルについて考えた。

 天性鏡にはスキルの詳細が浮かび上がっていた。

 『絆』――他者との絆を力へと変えるスキル。対象となるのは同じ一年四組に所属する人物のみ。彼らとの間に紡いだ絆の数が多いほど力が増す。そう言った効果だ。

 だが、それは絆を紡ぐまでは何ら力を得られないことを意味していた。現在の永遠はクラスメイトにとって無力な足枷でしかない。それに絆を紡ぐという言葉の定義も不明瞭だった。いったいどれほど交友を深めれば絆を紡いだと見做されるのか? その基準が永遠には分からなかった。

 それでも力を得るために誰かと絆を紡げるよう努力すれば事態は改善できた。だが、久住永遠という人間にとってその選択は酷であった。


 何故なら――。


(無理だ……! 俺にできるわけがない! 万年ぼっちの俺が絆を紡ぐなんて到底不可能だ!)


 人と仲良くなる方法など彼は知らない。必要以上に人と付き合うことなく、自分だけの安穏とした世界で生きてきた彼は、どうすれば絆を手にできるのか答えを見出せない。


(『絆』なんて……こんなスキル、俺には重すぎる!)


 永遠は絶望するしかなかった。

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