第4層 良いダンジョンと儲かるダンジョンは別物です

 ら、来週のダンジョン興行ランキングで30位以内に入る!?


 アスタロトの発言で所内は大いにざわめく。


 現在、うちのランキング順位は287位。私が入社して2年たつが、その間、250位より上に入ったことがない。

 最後に30位以内に入ったのは、おそらく十数年ほど前。まだ骸田所長が現役ダンジョン設計士としてバリバリ活躍していた頃まで遡るだろう。


 困惑する所員たちを見て、アスタロトは呆れたようにため息をつく。


「お前たちの目標はなんだ? 考えてみろ。興行ランキングで上位に入る力量がなければ、D-1 グランプリの優勝なぞ、夢のまた夢だぞ」


 うぐぐ、全くもってその通りである。


「それに目下最大の課題は、資金不足だ。興行ランキング上位に入れば賞金でまとまった金が入る。大会用のダンジョン制作費用を稼ぐにはこの方法しかない」


「でもあと一週間で、どうやってランキング上位に入るダンジョンを作ればいいんですか……?」


 私は思いきって質問してみた。

 だってそもそも資金が30000Gしかないのだ。私としてはそれすら不可能に思える。


 だがアスタロトは当然策はあるという笑みを浮かべると、こう答えた。

「ダンジョンリメイク、すなわち現在運用中のダンジョンを改修する」


 ダンジョンリメイク。それはこの業界でもポピュラーな制作手法だ。


 使われなくなった古いダンジョンや収益性の低いダンジョンを安価で買い取り、内部をリノベーションする。

 元からあった資材や構造をそのまま使えたりするので、いちからダンジョンを作るよりはるかに安く済むのである。


 なるほど確かにその手があったか、とみんな感心して頷く。


「現在、この工務店で運用中のダンジョンの情報を見せろ」

 アスタロトがそう告げると、サキュラは「かしこまりました」と魔法でダンジョンの情報をスクリーンに投影した。


 内容はこうだ。


『イキュラス孤島のダンジョン』

 難易度:★2

 階層数:1層のみ

 MP量:500

 ボス:牛山うしやま ミノタウロス (Lv.20)

 生息モンスター:スライム、ゴブリン、ウルフ (Lv.5~15)

 メイン報酬:火トカゲのアミュレット【ランクD】

 トラップ:スイッチ系(針型と火炎型)

 挑戦者数(週間):24人

 討伐者数(週間):2人

 興行ランキング(週間):287位


 このダンジョンは「イキュラス湖」に浮かぶ、小さな島をそのままダンジョンにしたものである。


 イキュラス湖のほとりには「ワカバ―」という小さな町が存在している。近辺のモンスターが温厚かつ弱いものが多いため、駆け出し冒険者たちのはじまりの町として有名だ。


 そんなロケーションのため、必然的に訪れるのは初心者冒険者ばかり。

 このダンジョンを攻略できればいっぱしの冒険者と認められる、いつしかそんなルールが生まれ、数多の冒険者たちがこのダンジョンから巣立っていった。


 いわば、チュートリアル的ダンジョンなのである。


「ふむ、よく配慮されたレベルデザインだ。ゴールまでの導線も複雑すぎず、かといって単調でもない。報酬も全職業が装備できる属性系アクセサリというのも良い」


 アスタロトはスクリーンに映し出された情報と、詳細な仕様がまとめらた資料を高速で読み進めていく。


「なかなかよくできている。さすがは老舗の工務店だ、技術の高さが伺えるな」


 ほ、褒められた……!


 これまで叱られてばかりだったので、どんな苦言が飛び出すのかと身を固くしていた所員たちだったが、思いもよらぬお褒めの言葉をいただき、喜び沸き立った。


 そうなのだ。自慢ではないが、このダンジョンは業界界隈でも有名で、設計思想や構造が勉強になると、遠方から技術者が学びに来るほどなのだ。


「だが興行としての評価は下も下。全く話にもならないな」


 ガーーン……


 上げてから落とされたせいでショックさ倍増。所員はみな机に顔がめり込むほど、落ち込みうなだれた。


 だが正直なところ、うすうす気づいてはいた。初心者向けを意識しすぎたせいで、ダンジョンで倒れる者がほぼいないのである。これが興行ランキング底辺の理由であった。


「これではただのボランティアだ。いいか、諸君」

 アスタロトはすっと立ち上がると、所員をぐるりと眺めてからこう告げた。


「我々がしているのは『ビジネス』だ。人間をダンジョンで倒し、その対価を魔族政府から頂戴する。そうして経済が成り立っている」

 コツコツと会議室をゆっくりと歩きながら、アスタロトはさらに続ける。


「人間を倒すこと。それこそがダンジョンの、そして魔族の本分だ。決して忘れないように。わかったか?」


 「はい!」と所員は口を揃えて答えた。


「このダンジョンを見て思った。やはり諸君らの技術は高い。ただ商売のやり方を知らないだけだ。そこは俺が全面的にサポートするから安心していい」


 「はい!!」と再び所員は返答する。

 アスタロトの人心を掴む技術はすさまじい。まるで為政者のようである。


「素晴らしい。では諸君に次のミッションを与えよう」


 アスタロトは手を叩くとこう告げた。

「イキュラス孤島のダンジョンは今日をもって、初心者向けダンジョンを卒業! 明日から『冒険者ぶちのめし殺戮ダンジョン』に生まれ変わるぞ! さあ、フル・リノベーションだ!」


「どぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!???(所員一同)」

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