第3層 ダンジョン業界でも都会の物件が人気です

 場所はかわって会議室ーーー

 アスタロトは全員を会議室に集めると、ホワイトボードに先ほどの情報を記載した。


『大都市ラダンより徒歩10分! 閑静な湿地帯に囲まれた好立地・天然地下洞窟!

 販売価格:20憶G

 場所:ハーディー湿地帯中央付近

 広さ:30000m2

 MP量:1000

 原生動物:ポイズンワーム、吸血ヒル、キングスパイダーなどの虫系モンスター

 建築条件:定めなし

 特記事項:伝達事項あり』


「さて諸君。この中に問題点が3つある。わかる者はいるか?」


 3つも!? 私は改めてホワイトボードをジッと眺める。

 だめだ、なんとなく価格が高い気がするっていうことしかわからない。


 みんなもわからないのだろう。誰も手を挙げないので、

「ではそこのお前、答えてみろ」

 とアスタロトは私を名指しした。


「大都市から徒歩10分、というのは魅力的なのですが、ダンジョンがある場所が湿地帯、というのが冒険者にとって悪印象なのと、それに対して価格が少し高いのかな、と……」

 私は正直に思ったことを答えた。


 それを聞いたアスタトロは軽く頷き、

「まぁ正解率30%、といったところだな。では説明しよう」

 と、解説を始めた。


「まずこの土地で最もマズいのは、原生生物が状態異常持ちばかりの虫系モンスターだという点だ。状態異常は対策に手間暇と金がかかるからな。多くの冒険者は遭遇を避けたいと考えるだろう」


 さらに、とアスタロトは続ける。

「虫系モンスターはその見た目から、女性冒険者のウケが非常に悪い。昨今、冒険者の男女比率はほぼ半々。つまり、冒険者の半数は集客が見込み辛いということだ」


 な、なるほど、確かに。所員はみなアスタロトの説明に聞き入っている。

「2番目にマズいのは、特記事項だ。おい、そこのインキュバス。お前、管理会社から特記事項の理由を確認したか?」


 キュバスはアスタロトに名指しされ、ビクリと体を硬直させる。よほど先ほどの件が怖かったのだろう。

「い、いえ、聞いてません。管理会社から人気殺到で早く契約しないと他に持ってかれるって急かされて……」


 それを聞いたアスタロトは、ハァ……と深いため息をついた。


「そんなのは管理会社の常套句だ。いいか、特記事項は単なる補足ではない。購入者に説明義務があるがある場合に記載するものだ。そしてその問題とは、大抵の場合、事故物件であることを指す」


 事故物件。ダンジョンメーカー業界におけるそれは「ダンジョン施工中に職人が死亡した土地、または建物」であることを示す。


「おそらく、魔族でもてこずるような凶悪な原生生物が住み着いているのだろう。虫系の巣窟にはよくある話だ」

「そして最後に先ほどの湿地帯だ。湿地帯は底なし沼エリアが隠れていることが多い。ダンジョンにたどり着く前に死ぬ危険性があることを考えると、避けたい冒険者は多いだろう」


 アスタロトは最後にこう締めくくった。

「この3つの問題点に対して、20憶Gは高すぎる。高く見積もってせいぜい1憶Gだな。よってこの土地の購入は絶対ナシだ。さて、今の説明を聞いて質問があるものはいるか?」


 ぐうの音もでない、見事な分析。みんな黙りこくってうつむいている。上辺の情報だけに目を取られて本質を見抜けなかった自分が恥ずかしい。


 そんな所員の心の内を感じ取ったのか、アスタロトは少しだけ声を和らげると、

「まあ、後がなくて焦るのはわかる。だがそういう時ほど落ち着いて判断しないと、大惨事を招くぞ」

 と所員1人1人の目を見ながら告げた。


 アスタロトの説明は、すごく腹落ちする内容だった。凄腕コンサルタントの名は伊達じゃない。

 みんなアスタロトに尊敬のまなざしを送っている。


 キュバスに至っては、先ほどの恐怖はどこへやら。目を潤ませキラキラした目でアスタロトを見つめている。

「さて、講義はここまでだ。では続けて、D-1 グランプリ優勝に向けた作戦会議に移る」


 それを聞いて、所員はみな居住まいを正した。

 そうだ、ここからが本題である。


「まず、この工務店の現状を把握しておきたい。現在、ダンジョン制作に使える資金はどれくらいある?」

 アスタロトは事務課のサキュラに問いかけると、サキュラはキリリと答える。


「およそ30000Gでございます」

「そうか、30000Gだな。わかった。次に……ん!? ちょっと待て」

 アスタロトは思わずサキュラを二度見した。


「いま、なんと言った? 俺の聞き間違いか、30000Gと聞こえた気がしたが」

 それに対して、再びサキュラはキリリと答えた。


「はい、相違ございません。現在我が工務店の残資金は30000Gです」

「ハァァァァ!?」

 アスタロトはあまりの衝撃に思わず席から立ちあがる。


「30000Gだと!? 正気か!? そんなサラリーマンの小遣いみたいな金額で、ダンジョンが作れるわけないだろうが!」


 そう、ダンジョン制作は非常にお金がかかる。小規模のものでも1憶G、ランキング上位を狙うような大規模なダンジョンを作るならば100憶Gは必要だろう。


「おい、インキュバス! お前、さっき30憶の土地を契約しようとしてたよな? その金、どこから調達するつもりだったんだ!?」


 それに対して、キュバスもキリリと答える。

「消費者金融の、融資です」

「つまり借金だな!? このバカ!」


 アスタロトは怒りのあまり、ペンをスパーン!と机に叩きつけた。

「ただでさえ借金まみれなのに、更に借金を上積みするやつがあるか!」

「しかし金がないと、金を生み出すこともできないので」


 一連のやりとりに眩暈を覚えたのか、アスタロトはフラフラと机に突っ伏して頭を抱える。


 どうしよう、敏腕コンサルがものすごくわかりやすく困っている!


 やっぱりいまの工務店の状況は異常だったんだ、どうしよう……とみんなオロオロしていると、アスタロトが例のドスの効いた低い声で呟いた。

「おい、骸田所長……後で、話がある」

「はひぃ」


 いつもの紳士然とした態度はどこへやら、骸田所長は震える声で頷いた。


 アスタロトはフーッと息を吐くと、椅子の背に深くもたれかかった。

「よーくわかった。この工務店の問題が。そして同時にやるべきこともな」

 そう言うとまたもや、大変に邪悪な笑みを浮かべた。


「いいか、諸君。来週の興行ランキングは必ず30位以内にランクインするぞ。さもなくばが待っていると思え!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る