第2層 邪神も逃げ出す鬼主任がやってきた

 所長に招かれて工務店に入ってきたのは、スラリとした長身の魔族の男性だった。


 切れ長の鋭い瞳に、闇色の髪。頭には二本の角が生えている。

 また、髪の色と同じ深い闇色のスーツをパリッと着こなし、腕には高級そうな時計。見るからに仕事ができそうなイケメンである。


「紹介しよう。彼は魔上まがみアスタロト。D-1グランプリに優勝して工務店を立て直すために招致した凄腕のダンジョンコンサルタントだ。では魔上くん。一言、みんなに挨拶してもらえるかい?」


 魔上アスタロトは興奮にざわめく所員たちの前に立つと、咳払いをした。


 魔上アスタロト、その名前は私でも知ってる。


 数々のダンジョン工務店を立て直してきた、経営とダンジョン制作のエキスパートで、彼の手腕にかかれば、どんなへぼくれ工務店でも一流に生まれ変われるともっぱらの評判だ。

 とある雑誌には、彼の助力を請うオファーが殺到していて、予約10年待ちだと書いてあった気がする。


 そんなすごい人が、まさかうちみたいな弱小工務店にきてくれるなんて!


 アスタロトは更にもう1度咳払いをすると、ざわついていた所員たちもようやく静まった。

 それを確認すると、アスタロトは頷き口を開いた。


「はじめまして、諸君。魔上アスタロトだ。このたび骸田所長の要請を受け、30日間限定でこの工務店の主任を務めさせてもらうことになった。D-1 グランプリの優勝は限りなく高い壁だが、諸君の技術と俺の知識があれば、必ず優勝できると確信している。これからしばらくの間、よろしく頼む」


 わああああ! と所内から歓声が上がる。


 なんて頼もしいんだろう! こんな人材を誘致してくるなんて、やはり骸田所長はすごい人である。


「魔上くん、これから何卒よろしく頼むよ。それでは簡単に、我が工務店のメンバーを紹介しよう」

 骸田所長は所員の顔を見渡しながら順番に紹介していく。


 現在の工務店のメンバーは骸田所長含めて、全員で9人。


 まずは、建築課の大工、王牙おうが ケンゾウ。筋骨隆々のオーガ族である。


 次に、魔物管理課の調教師、猫ヶ浦ねこがうら キティ。工務店最年少のケットシー族の少女だ。


 次に、事務課……と順番に紹介していく骸田所長だったが、不在の所員がいることに気づき「おや」と首を傾げた。


「設計課の氷室ひむろくんがいないな。今日休みって連絡きてたかな?」


「いえ、何もきてないはずです」と事務課のサキュラが答え、氷室と呼ばれた所員の机を調べる。

 すると……


「あの……所長。こんなものが……」


『退職届

 実家の稼業を手伝わなくてはならなくなったため、突然ではありますが辞職させていただきます

 氷室 フロスト』


 ガーーーーーーン!!!


 骸田工務店唯一の正設計士、突然の辞職!

 ショックで所員全員が凍り付く中、アスタロトは「どうかしたか」と問いかける。


「い、いや、なんでもないよ。ちょっと設計士……あ、じゃなくて、せ、せ、清掃係! そう、清掃係のバイトの子が辞めてしまっただけだ」

 骸田所長は慌てて取り繕うと、急いで次の所員を紹介する。


「さあ、こちらが我が工務店の誇る、正設計士の不知火アンくんだ!」


 な、なんと。

 私、不知火アン、本日をもって見習いを卒業して正設計士に昇格したようです。


 アスタロトはうろんな目で私を見る。敏腕コンサルの目には、どうみても私がひよっこ見習いにしか映らないのだろう。なんというご慧眼。大正解です。


 アスタロトの疑念を敏感に感じ取った骸田所長は、すぐさま次の話題に移した。


「さあ、次のメンバーを紹介しよう! 次は営業課のエース、花柳淫くんだ! って、あれ? 花柳淫かりゅういん キュバスくんは?」


 骸田所長はまたも不在の所員がいることに気づき、包帯越しにもわかるほどの大量の汗をかき始めた。

 ミイラって汗かくんだ。


 これはさすがに誤魔化しきれないと、骸田所長が「あの、その」と口ごもっていると、

「みなさーん! やりましたよ!! ついに例の土地、抑えることができました!!」

 と、すごい勢いで誰かが工務店に飛び込んできた。


「か、花柳淫くん! よかった、ただの遅刻だったか……!」


 骸田所長は、九死に一生を得たというように肩をなでおろした。


 彼の名はインキュバス族の花柳淫キュバス。営業の他に広報も兼務している、工務店のムードメーカーだ。


「すみません、所長! 今日は取引先に寄ってから出社するって伝え忘れてました! ってあれ? この方どなたです?」


 遅れてきたキュバスは、状況がわからず、アスタロトをジッと見つめる。

 だがアスタロトはその視線を無視して、キュバスが持っている契約書を指さした。


「いま、例の土地を抑えた、と言ったな。どんな土地だ?」


 その言葉を聞いて思い出したのか、キュバスは満面の笑みを浮かべて契約書をビシッと突き出した。


「そうでした! 聞いてください、兼ねてから商談を進めていた例の一等地が、ついに契約できそうなんですよ! 競争率20倍ですよ!? いやぁ俺がんばったなぁ! ボーナスでちゃうかなぁ!」

 その契約書にはこのように記されていた。


『大都市ラダンより徒歩10分! 閑静な湿地帯に囲まれた好立地・天然地下洞窟!

 販売価格:20憶G

 場所:ハーディー湿地帯中央付近

 広さ:30000m2

 MP量:1000

 原生動物:ポイズンワーム、吸血ヒル、キングスパイダーなどの虫系モンスター

 建築条件:定めなし

 特記事項:伝達事項あり』


 おおー! と所内から歓声が上がる。大都市ラダンから徒歩10分! これは確かに良物件だ。


 ラダンは人口約10万人を誇る、この大陸随一の商業都市である。国家間を結ぶ陸路の中継地であるこの都市は、日夜様々な商人が出入りし、国際色豊かな様々な品々が売買されている。それ目当てに多くの冒険者がこの都市を訪れるため、絶好の稼ぎポイントダンジョンロケーションとなっているのだ。


 やや価格が高い気もするが、大都市徒歩10分の立地ならこのくらいが相場なのかもしれない。


「ね! すごいいい土地でしょ! じゃあ早速これから、本契約を……」


「却下だ」

 いそいそと契約書にサインしようとしたキュバスだったが、アスタロトは横からその契約書を奪い取る。

 そしてそのまま、


 ビリビリビリィッ!!

 と破り捨てた!


「うわぁぁぁぁぁ!?」


 突然の暴挙に、キュバスは膝から崩れ落ち悲鳴を上げる。

「おい、オッサン! なんてことすんだ……ヘブッ!?」


 非難の声をあげたキュバスだったが、アスタロトに顔面をわしづかみにされ、そのまま吊るし上げられる。


「これが良物件……だと?」

 ドスの効いた低い声で呟くと、キュバスをそして歓声をあげた所員たちを睨め付ける。

 ヒイイッ! 怖すぎる!


「まさかこんなこともわからないほど、レベルが低いとはな……いいだろう。最初の仕事だ」

 アスタロトはキュバスを投げ捨てると、所員に向かってこう告げた。


「全員、いますぐ会議室に集合しろ! これからみっちりと教育してやる」

 アスタロトはそう言うと、邪神も顔負けのなんとも邪悪な笑みを浮かべたのであった。

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