ようこそ!骸田ダンジョン工務店へ ~魔王と不死者とときどき勇者~
北原黒愁
第1部 1章 崖っぷち工務店
第1層 ようこそ! 崖っぷち工務店へ!
「あぁ~……今週のダンジョン興行ランキングも287位かぁ……」
時刻は朝8:00。
今日発表されたばかりのランキング順位を見て、私こと
あ! ご挨拶がまだでしたね!
おはようございます、私はアンデッド族の不知火アン。ここ、骸田ダンジョン工務店で働く見習いダンジョン設計士です。
折角なので、ちょっとだけ我が社を紹介させてください。
この世に数多存在する「ダンジョン」。
これは全てダンジョン工務店の魔族職人が作ったものですが、そんな工務店の中でも、我が骸田ダンジョン工務店は創立2000年を超える老舗中の老舗。
これまでに数多くの冒険者や勇者を葬り、様々な賞を受賞してきた一流のダンジョンメーカーなんです。
そして、そんなわが社の顔とも言えるのが、骸田マミー所長。
彼は最古のダンジョンと謳われる「ピラミッド」を設計したレジェンド職人さんなんです!
えへへ、どうです? うちの工務店、すごいでしょ?
そう、すごい、はずなんです。それなのに……
私は改めてモニターに映し出されたランキングを眺める。
287位。これは決して高くない数値である。
現在存在するダンジョン数が303個であることを考えると、高くないというより、むしろ底辺であると言ったほうが良いかもしれない。
ダンジョン興行ランキング。
それは、数多の冒険者を屠ったダンジョンの功績を称える番付のことである。
上位入賞ダンジョンを制作した工務店は、魔族政府から多額報奨金や様々な特権を与えられるほか、知名度も飛躍的に上がるため、クライアントからの依頼も取りやすくなる。
そのため、工務店はみなランキング上位を目指し、日々切磋琢磨しているのだ。
「おはようございまーす!」
「おはよう。アンは今日も一番乗りか。感心だな。」
始業時間になり、他の所員も出社してきた。
ちなみに私は入社2年目の新人。誰よりも早く来て、朝の清掃をするのが私の日課である。
「みんな、おはよう」
朝8:30。所長の骸田さんが出社した。
今日のコーディネートは、ダークグレーの上品なスーツに黒のロングコート。そして、トレードマークの帽子。なんとも紳士な装いである。
骸田所長はアンデッド族のミイラ種で、素肌を包帯でグルグル巻きにしている。誰も素顔を見たことがないらしいのだが、きっと素敵なナイスミドルだろう。
「よし、それでは朝礼を始めようか」
所長の呼びかけと共に、所員は全員起立する。
骸田ダンジョン工務店は毎朝8:30に朝礼を実施し、そこで本日の伝達事項や各員の業務内容を報告するのだ。
「えー……今日はみんなに、伝えなければならないことがある」
いつもと変わらない風景……と思ったのだが、なんだか所長の様子がおかしい。
「実は、我が社には……300億Gほど借金がある」
シーン……
一瞬の沈黙の後、
「えぇぇぇぇぇぇぇ!!??」
ザ・青天の霹靂な衝撃の告白に、所員からどよめきが起こった。
経営難なのは知っていたけど、まさか借金があったなんて。しかも300憶ってとんでもない金額の!
動揺する所員たちを前に、骸田所長は更に話を続ける。
「現在その借金を『ベルゼブブ迷宮製作所』に肩代わりしてもらっている状態だ。返済期限は30日後。それが無理ならば、我が社を吸収合併する、と先方は言ってきている」
借金を肩代わり!? しかも相手があのベルゼブブ迷宮製作所!?
ベルゼブブ迷宮製作所は、いわゆる業界最大手のダンジョン工務店である。
ランキングの上位常連で実績ある会社なのだが、ここだけの話、黒い噂が絶えない。
無理に他の工務店から人材を引き抜いたとか、競合他社を破産に追いやったとか、強引な手段で会社の規模を拡大してのし上がってきたと、もっぱらの噂だ。
「もし吸収合併されたら……この工務店や私たちはどうなってしまうのでしょう?」
と遠慮がちに聞いたのは、事務課の
魅惑なワガママバディをもつサキュバス族のお姉さんで、工務店の窓口や契約管理など様々な事務仕事を一手に務める、憧れのバリキャリなのだ。
「その場合は、骸田ダンジョン工務店の看板を降ろすことになる。所員のみんなの今後については、なるべく希望通りに叶えられるよう尽力するつもりだ」
看板を降ろす、ということは即ち、骸田ダンジョン工務店の廃業を意味する。
え? 工務店がなくなっちゃう? あまりに突然のことに頭が真っ白になる。
2000年の歴史をもつ、業界でも随一のこの工務店が?
ほんでもって、私まだ2年しか務めてないのに!?
「あの! 今からでもなにかできることはないでしょうか! 私、この工務店が好きなんです! なくなっちゃうのは嫌です!」
私は高ぶる感情のまま、骸田所長に詰め寄った。
みんなも同感だと口々に声を上げる。
そんな私たちを見た骸田所長は、
「ああ。私もこの工務店を畳む気はない。この店は私にとってかけがえのない想いが詰まった宝だからね」
と力強く頷いた。
「だから今年は久々に出場しようと思う。ダンジョンNo.1決定戦『D-1 グランプリ』にね」
D-1 グランプリ!
またもや所内がざわめく。
D-1 グランプリとは世界一のダンジョンを決める頂上決戦。
ダンジョン興行ランキング上位か、委員会に推薦された工務店しか参加できない、選ばれし者の戦いなのである。
それに確か、D-1 グランプリの優勝賞金は300憶G。優勝すれば借金全額返済できる!
「少しばかりコネがあってね。今回特別に、D-1 グランプリにエントリーさせて貰えたんだ。大会で優勝すれば、賞金を借金返済に当てられる。この工務店を存続させるにはそれしかない」
「おおおお!」と歓声があがり、所内が熱気で満ちる。
D-1 グランプリは、ダンジョン工務店に勤める者ならば、誰もが憧れる夢の舞台。職人ならば腕がならないはずがない。
「だが大会までは残り30日しかない上、目指すのは優勝。とてつもなくハードルが高い。いや、現在の工務店の状況を鑑みると、優勝なんて夢のまた夢だ」
た、たしかに……うちは歴史はあるものの、長らくの経営難で人も少ないし、資金も乏しい。
加えて残り期日があと30日。D-1 グランプリは興行ランキングと同じく、「ダンジョンで人間を倒すと獲得できる『討伐pt』の累計値を競う」大会だ。
資材の手配や、設計、建築、冒険者の誘致とやることは山ほどあり、とても今の人員だけでは乗り切れそうもない。
とたんにしょぼくれていく所員たちを見て、骸田所長は「パン!」と手を叩く。
「だが安心してくれ。大会に優勝するために、強力な助っ人に要請を頼んであるんだ」
「さあ入ってくれ」と声をかけると、カランカランと来店を告げるドアベルの音と共に、1人の男性が入ってきた。
「彼は『
※
ダンジョン―—
それはあらゆる欲望が渦巻く魔境である。
太古の昔から人間は己の欲を叶えるためにダンジョンに挑んできた。
ある者は富を。ある者は名誉を。またある者は知識を。
だが人間は知らない。ダンジョンがいかにしてそこに在り、作られているかということを。
これはダンジョン制作に魂を燃やす職人たちの、情熱と錯綜と再生の物語である。
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