第2話 憧れと自信
夏休み。
前の代の最後の大会が終わったということは、夏休みに入るということである。長期休暇は3時間の練習時間が認められているが、僕らがしていた時と比べ幾分最近の夏は暑いようで、気象庁から熱中症のアラートが出たり、暑さ指数などで部活を中止にしたり、色々めんどくさいところがある。またこうした暑い中で休憩時間を考慮しなければならないので、大切な練習時間のうち30分はアップと休憩で消える。難しいが、顧問をしている以上それでも練習メニューというものを考えなければならない。
自分としては、チーム全体の練習は試合前だけにして、こういった試合も入っていないような時期は選手に合わせた練習をしてほしいと考えている。少ない時間なので、尚更効率を上げたいということだ。
そのためにすることは…
「おい、早川ちょっとこっちへ来てくれ。大丈夫だ、怒っている訳では無い」
そう、「かわいがる」こと…ではなく、「充分な対話」である。本人の状態や自分の自信のある部分、気にしている部分、また野球以外の部分であろうと、様々な対話をすることによって、選手の最大限のポテンシャルを引き出そうと考えたのだ。
まず呼んだのはエースの早川。早川は前の代では大量点差がついた時に出していたが、自分としては、早川には自分なりのピッチングを見つけてもらいたかったのだ。点差がついていればチームを気にすることなく投げられると思っていた。今は先発完投型のような投球をしているが、本人は三振をとっても中々歯を見せない。何か早川は自分を「束縛」しているような気がしたのだ。
「先生、なんですか?」
「お前の、憧れている選手を1人出してくれ。」
「え、憧れている選手ですか…まあやっぱり本格派として読買の須賀とかですかね」
「須賀か…須賀ねぇ…まぁ確かに今いいピッチングを続けてるな。」
「先発として見習いたいです」
須賀は今年また目覚ましい活躍を見せている人気球団のベテラン投手である。彼はスライダーを軸として、打者を簡単に料理している。スライダー…そうか、スライダーにあったのかもしれない。できるだけ優しく、それでもしっかりと伝わるようにこう言った。
「じゃあ、お前は今須賀として投げているのか?」
「はい?」
「須賀として投げているのか?いやそうではないよな。須賀はスライダーが決め球で、キャッチャーもスライダーを軸に配球しているな。なら、お前もスライダーを決め球にするのか?」
「いや、そういうわけではないです」
「そうだ。そこなんだよ。お前は前々から須賀に憧れて、肘に負担のかかるスライダーを練習して。結局じゃあお前の決め球はなんだ?1番自信のあるボールは?お前が1番、投げ込めるボールだ」
「…フォーク、ですか」
「…そうだな、お前がそう考えて言うんだからフォークなんだよ。俺もフォークは勝負できると思っている。須賀に憧れてスライダーにこだわりがあるかもしれない。だが須賀にはなれないんだ。だってお前は早川忍大であって、読買の須賀ではないから。けどそれは、誇っていいんだ。投手として1番大事なのは、試合を支配できるかどうか。自分の世界を作れるかどうかなんだよ。お前がいつも三振をとっても悩んでいるような表情になっているのは、スライダーに納得がいっていないからだろう?」
「はい…そうです」
「じゃあ、納得のいかないスライダーを投げて自信がついたか?打者を支配できたか?そこが大事になってくるんだ。別にスライダーを捨てろとは言ってない。須賀に憧れて、スライダーを練習する。もちろんいい事で、2球種目の勝負球があるっていうのはすごく有利になること。それでも、まだ自信を持って投げ切れるか?満塁の3ボール2ストライク、押し出しサヨナラの場面で投げられるのか。そこが大事なんだ。投げられるか?」
「いえ…まだスライダーは…」
「そうだな。まだ、投げられない。これに関しては、練習すればいいんだ。ただ、今打者を支配する、自分の世界を作れるボールっていうのはスライダーではない。これは自分でも分かってるだろう。スライダーは最初はカウント球から計算していけばいい。ただとにかく言いたいのは、打者を支配するためには何が必要か。そこを考えるんだ。」
「…はい、分かりました」
「呼び止めてすまんかった。行っていいぞ」
…
彼が三振を取っても歯を見せない理由。それは確実に、「自信」にある。自分でもスライダーが上手く投げられないのは分かっていても、憧れからスライダーという球種に取り憑かれてしまったのようにスライダーを投げ込む。自信の無いボールで三振をとっても、結局不安なのは変わらず、ベンチに戻る時も笑みはない。打者からして1番嫌なのは、自分のピッチングをされること、支配されることなのである。1度その流れを作られると、中々ひっくり返せないのが野球というものであり、先発投手はその流れを作って試合を作るのが仕事なのである。なのに自信の無いボールで打たれて、抑えて、また打たれては抑えて…大差があったからいいものの、接戦ではやはり思い切って投げられるものではない。その時何が自分を支えてくれるかというと、やはりこの「自信」の部分にたどり着くのだ。そこの境地にまだたどり着けていないスライダーを多用しても、試合を作ることは出来ない。だから捨てる必要はなくとも、多用する必要もない。自信を持って投げられるボールを彼がフォークだと思うなら、そのフォークを思い切って投げればいい。それだけの話なのだ。
…しかし自分としては、早川の本当の「決め球」は、フォークではないと思っている。
自信は結果から着いてくる。そう思って、次の選手を呼んだ。
「おーい、伊地知。まだプロテクターはつけるな。ちょっと話したいことがあるから来てくれ。」
挑戦先生 問屋持丸 @ztmy
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