03 雨雲をつれて──②

 「人が……人が多すぎる…………」


 超機構学園都市ちょうきこうがくえんとしクレイドル東学区の繁華街からほど近い、昨年リニューアルオープンしたばかりの巨大複合商業施設『らぽーる』は、休日の昼過ぎということもあってかなりの賑わいをみせていた。地上6解建て地下2階建ての8フロアからなる施設は、数日かけても回り切れないほど広大だ。


 『らぽーる』地上階、中庭エリアに広がるテラス席の一角に、少し遅めの昼食をとる男女四人の学生グループの姿があった。


 はたから見ても美男美女ぞろいだ。

 周囲からは何かの撮影か?と勘ぐるような注目が向けられる。


 そのテーブル席の隅で、星暮丙一ほしぐれへいいちはげっそりとした表情を浮かべていた。


「うっ…………」

「丙一様。よろしければ酔い止めを」


 そんな丙一の様子を見逃さず、すかさず手が差し伸べられる。

 几帳面にも、ちょうど1回分の錠剤を取り出し手渡したのは、横に座った波雲晶なみくも あきらだ。


 洗いたての絹のように滑らかな肌に、さらさらとした金糸のような美髪がよく映える。かすかに異国の血を感じさせる青みがかった目は、どこか非日常的で清廉せいれんな光をたたえている。


 “超”が付くほどの美少女である。


 丙一と歳は一つしか変わらないはずなのに、ぴんと伸びた背筋は凛として隙がなく、ぐっと大人びた雰囲気だ。


 道行く男性客からのちらちらとした注目もどこ吹く風と、その熱心な視線は丙一に注がれている。目の前にいる丙一のこと以外は関心が無い、といわんばかりのふるまいが、一層ミステリアスな魅力を引き立てる。


「土曜日ならこんなものだよ。人混みにも、これから慣れていかないとね」


 一方、丙一を『らぽーる』に連れだした本人である真琴まことは、顔ほどの大きさがあるハンバーガーをほおばって、マイペースな様子だ。


「そうだぜヘーイチ。つーかもう学校始まってんだろ? 東学区は学生めちゃ多いし慣れなきゃ大変だぜ」


 そう言ってのけるのは、四人のうちで唯一ゆいいつ、南学区に籍を置く真中迅馬まなか じんまだ。

 丙一、晶、真琴の3人はいずれもこの東学区に在籍している。


 着崩した制服とハイカットのスニーカー、椅子の背もたれに腕を回してどっかりと足を組む様子は、やんちゃな気風を体現しているかのようだ。


 サイドを短く刈り込んだ髪型とも相まって、強面こわもてに見える。


 近寄りがたい風体ふうていながら、目元にはどこか優しさも感じられ、本人は気取るつもりはないが、すっと通った鼻筋とすばらしく整った歯並びからは、若手俳優のような趣すら感じさせる。


 南学区で有名人である迅馬に、ひそかに焦がれる女子も少なくなかった。


「……全校集会とかいうやつ。今のところアレが最悪に近かった……」


 晶から受け取った錠剤を口に放り込んで、丙一はテーブルに突っ伏した。


「あんな数の人間が一か所に集められるなんて、普通じゃないだろ……」

「大丈夫。きっとそれが普通だって思える時が来るよ」

「……本当かよ」

「約束したでしょ。私がこの世界クレイドルでの普通を教えてあげるって」


 ふふん、と心なしか得意げに微笑む真琴の表情を、机に突っ伏した丙一は見ていなかった。


 そんな二人の様子に、ほんのわずかにかげりを帯びた晶の視線が向けられる。


「お? なんか降りそうじゃないか?」


 迅馬の声につられて見上げると、みるみるうちに空が雲に覆われ始めた。

 ぽつり、と水滴を感じたが最後、雨のカーテンを引いたかのように、理不尽なまでに唐突な夕立がやってきた。


 突然の降雨にテラス席のあちこちから悲鳴が上がる。


 すぐさま丙一たちも室内に入ろうとしたが、食事中だったことも災いして、一足出遅れてしまった。人でごった返す室内に逃げ込んだ時には、すっかり制服に雨が染みていた。


「おかしいなー、天候予定表は確認したはずなんだけど」


 雨水を払って、真琴はスマホを取り出す。


「直前に更新がかかったようですね」と晶。

「というか、最近天気の変え方荒くない? 雨降らせるならちょっとずつ、降りますよーって段階を踏んでから降らせればいいのに」


 真琴のスマホをのぞき込んで、感心した声で迅馬が言う。


「お前らマメだなぁ。俺ぁ一回も開いたことねーよそのアプリ」

「ふふ。真中くんはそれっぽいね」


 一方の丙一はというと、濡れたくせ毛の黒髪もそのままに、一人窓際で空を見上げていた。


「丙一様、濡れたままだとお体に障ります」


 晶はまだ濡れていないハンカチの面を使って、丙一から滴る雨水をそっと押さえるように拭いていった。丙一はぼうっとした様子で突っ立ったまま、なすがままだ。


「丙一くん?」

「あー、雨が珍しいんじゃねぇか?」

「珍しいって…………あっ」


 真琴ははっとした。


 食い入るように空を眺めるその目つきは、興味と好奇心の目だった。

 まだ世界のことを何も知らない幼子がするような、純粋な驚きに満ちた目だ。


「なんつーか、本当に生まれてからずっと『あの場所』で生きてたんじゃあ、雨なんか降らねえし、見たことねぇだろ。とんでもねぇことだぜ、改めてよ」

「…………」


 迅馬のつぶやきに、真琴は思わず言葉を失ってしまった。

 一見何気なく接してくれるその裏側には、きっと真琴には想像もできないような世界があった、はずだ。


 何を見て、何を思って、丙一は生きてきたのだろうか。

 丙一と同じ境遇を分かち合った晶には、その気持ちがわかるのだろうか。


「お体は冷えていませんか?」


 名前を呼ばれてはじめて、丙一は晶に気づいたようだった。いや、気づいてはいたはずだが、意識が向かなかったというほうが正しい。


 目をぱちぱちとさせた丙一は、自然な動作で晶からハンカチを取った。


「……あ、悪い晶。お前は俺が拭くよ」


 驚いた晶は、しかし、口をつぐんでおとなしく受け入れる。

 その透き通るように白い頬に、ほんのりと朱がさしているのに目ざとく気づいて、真琴は眉間にしわを寄せた。


「丙一くんには、教えなきゃいけないことがまだ沢山あるなぁ」

「そうだな……。雨でコレなんだから、雪見たら腰抜けるんじゃねぇか」


 そういうことじゃねーよ、真琴は内心で突っ込む。






「とりあえず、まだ一時間は雨降るみたいだから、ショッピング続けよっか」

「悪いけど、俺はちょっと風に当たってくる。あとで合流するから先行っててくれ」

「……まさか本当に人酔いしてるの?」

「私も行きます」

「いや、いい、大丈夫だから。十分もしたら戻る」


 ふらふらとどこかへ歩き出す。丙一の後姿を見送る三人。


「いきなり飛ばしすぎたか?」と迅馬は頭の後ろで指を組んで言う。


「俺ぁ言ったぜ、最初はもっと人通りの少ない場所でいいってよ」

「だからって、南学区の競艇場に連れて行こうとするのは論外だから」

「なんでだよ、面白いだろうが競艇」

「未成年の賭博は普通に犯罪なんです」


 迅馬は斜め上に視線を泳がせた。


「…………何も賭けてねぇよ。競艇という熱いスポーツの魅力に取り憑かれてだな」

「いま変な間があったよね。絶対賭博してるじゃん、信じらんない……」

「額によるんだって! いや、実際ヘーイチは気にいると思うしよ!」

「真中さん。あまり丙一様に良からぬ遊びを教えるのはおやめください」

「ほら怒られた」

「マジで……?」


 他愛もない会話をする3人から、通路を挟んだ向かいに、五、六人の男たちがたむろしていた。ほのぼのとしたショッピングモールそぐわない、トラブルの気配に、3人は目を見合わせた。


「ねえあれ」

「あ、ナンパか?」


 男たちに囲まれるようにして、小柄な少女の姿があった。


 距離があるため会話こそ聞き取れないが、知り合いでないことは明らかだ。

 立ち去ろうとする少女の行く手を阻むように、男たちが取り囲んでいた。


「バカだなアイツら。男のナンパは必ず一人でやるもんだ。雁首がんくび揃えて大人数で行ったら、そりゃあビビられるだろ」

「そういう話じゃない。──私、助けに行ってくる」


 いうが早いか、真琴は「ちょっと持ってて」とトートバッグを迅馬に渡し、男たちのほうへツカツカと歩き出した。その背中には一切のためらいがない。


 これが普通の高校生であれば、多勢に無勢、まず女子を一人で行かせたりはしないだろう。


 が、当の迅馬と晶はというと、黙って真琴を見送っだけだった。


「ヤバくなったら言えよー」

 

 と、迅馬にいたっては、緊張感なくひらひらと手を振って見せる始末だ。

 


 

 


「行く場所がないなら、俺たちのホテルにおいでよー。シャワーとかすげー豪華。ガラスでめっちゃスケスケなんだよね」

「ね、別に何もしないって。俺たち、困ってる女の子に優しくしないと死んじゃう病気なんだ」


 近づくにつれて聞こえてくる下品な言葉の連発に、真琴は顔をしかめた。


「いえ……お気持ちはありがたいんですが」


 と抵抗する少女に、リーダー格と思しき男の手が伸びる。


「え、マジ? オイお前ら、この子来てくれるってよ!」

「あっ! ちょっ……」

「いやぁ、クッソかわいいじゃん。ガチでラッキー。俺コンビニで色々買うわ」

「おれ、0.01のやつな。いつものメーカーの」

「いちいちうるせーよバカ。死ね!」


「──ちょっといいですか」


 真琴の冷たい声に、男たちが振り返った。


 男たちの隙間から顔をのぞかせた、シルバーともブロンドともつかない淡色の髪をした少女────朝霧あさぎりジゼルと、真琴の視線がぶつかる。


 助けを求めるような目。


「……は? 何だおまえ?」

「その人、困ってるように見えますけど。同意は取れてます?」

「え、いやいや。ついさっき会ったとこスけど、マジで意気投合してェ。これから場所変えようとしてるところなんすよ」


 へらへらと笑う男の横から、ずい、と体格のいい別な男が威圧するように前へ出た。

 ほかの客からは見えにくい位置で、ちらりと柄シャツの袖をまくって見せる。


 あらわになったのは、手首に取り付けられた濃いブラッドオレンジの腕輪だ。

 それは彼が“制限”を受けるほどの力を持っているということを示している。


 明確な示威しい行為。 


「おっ逆ナンかよ。一緒に来るなら楽しいことできるけど、君もどう?」


 少女から手を離したリーダー格の男は、真琴のほうに足を踏み出しながら、こちらも同じく手元をちらつかせた。小指から手首にかけて取り付けられた器具は、ブラッドオレンジよりもさらに等級の高い、鈍い真鍮しんちゅう色に輝いている。


「……本気? 演算負荷クロックに手をかけながらの揉め事は、場合によっては治安維持隊セーフキーパーの補導対象になるよ?」


「ははっ、知らねーよそんなの」


 リーダー格の男が八重歯をむき出しして笑った次の瞬間、小指の先から放たれた電流が近くのテナントの軒先に置かれた電飾看板に飛んだ。


 バヂン、と電気がショートする音とともに、看板が破裂して破片が飛び散る。


 近くにいた買い物客や、真琴の様子を野次馬としてそれとなく注目していた見物人から悲鳴が上がった。


「悪いけど、その程度じゃ威嚇にもならないから」


 真琴は落ち着いたまま、ちらりと迅馬を振り返った。


 群衆越しに真琴を見ている迅馬は、握った両拳をシャドーボクシングのように振り回し、最後にビシッと中指を立てた。『やっちまえ』と言いたいのだろうか。相変わらず品がない、と真琴は苦い顔をした。


「これ以上面倒を起こさないで。今日はただでさえおバカ二人連れてるんだから」


 はあ、と息をつく真琴は、あくまでも自然体だ。

 まっすぐとチンピラたちを睨みつける視線には、微塵も気圧された様子がない。


「へぇ、なんか知らねーけどいいんじゃね? 多少生意気な方がヤリ甲斐あるよな」

「あ、あの……!」


 と、怯えた様子でチンピラと真琴を見比べていたジゼルが、声を上げかけたときだった。


 ジゼルの視線が、真琴の肩越しに、真琴たちよりもさらに向こうから群衆をかき分けて速足で近づいてくる複数の人影の人影をとらえた。そろいの黒スーツに身を包んだ男たちは、とても昼下がりの商業施設には似つかわしくない。


 大きな目が丸く見開かれ、顔が硬直する。


「────っ!!」


 ジゼルはとっさにチンピラに掴まれた腕を振り払うと、一も二もなく駆け出した。


「なッ、オイコラてめぇ!」


 真琴とリーダー格の男が動き出したのはほぼ同時。


 手先から発した青白い電光が、ジゼルの華奢な背中をかすめ、近くの店舗の軒先に直撃する。


 破裂音とともに、蛍光灯が砕け、火の粉が降り注いだ。


 と、真琴は、素早く自身の手首のにつけた腕輪──演算負荷クロックに指を触れ、サイキックの一時的制限緩和を行う。


「のわっ────‼」


 不可視の力に掴まれた男は、戸惑う仲間たちの前で、ふわ、と突如宙に浮いた。

 いや、

 

 そのまま、地面に引き寄せられる。


「ぶべッ!」


 という声を上げたが最後、全身を強く打った衝撃で気絶する。


「こいつッ!」

「やるかこらァ!」


 大柄な男二人が、臨戦態勢をとる。


「俺ぁ女だからって容赦はしねえぞ、オイ」


 先に動いたのは、ブラッドオレンジの腕輪を誇示していた男だった。

 自身の腕輪に触れるや、全身の筋肉が風船を膨らますように、瞬く間に膨張する。そして付近にあった3人掛けの長ベンチを背もたれごと掴むと、いとも容易く振り上げた。


「歯ァ食いしばれボケ‼」


 風圧を感じるほどの勢いで、ベンチを丸ごと振るう横薙ぎの一撃。

 立ち尽くす真琴に真横から直撃し────


「……はっ?」


 ベンチは、真琴の前に展開された見えない壁に阻まれるようにして、動きを止めていた。みちみち、と血管の浮き出た筋肉から音が聞こえそうなほど力を込めても、ベンチを振りぬくことはおろか、引くこともできない。


「終わり? なら私の番だね」


 余裕の表情だった。


 きゅ、と手をねじるような動きに合わせて、鉄と木材で構成されているはずのベンチが、まるで飴細工のようにぐにゃりと形を変えた。かと思えば、そのまま男の身体を巻きついてしまう。


 男が体勢を崩して地面に倒れた瞬間には、ベンチは鉄と木材でできた元の硬質さを取り戻し、即席の拘束具として機能した。さすがの男も両腕をまとめて締め上げられては動くことができない。 


「クソが! おいどうにかしろ、動けねえぞ!」

「チィ! やっぱりてめぇ、腕に自信のあるサイカーかよ!」


 甲高い声で喚いた男は、腕輪持ちではないようだ。

 ジーンズのポケットからラフに折り畳みナイフを抜くと、真琴に飛び掛かった。


「死ねオラ!」


 走り込みとともに繰り出された勢いのある刺突を、真琴は半身になってひらりと躱した。チンピラは空振った勢いを殺しきれずに、真琴の置いた足に突っかかる。


 地面に倒れた隙を逃さず、狙いすました掌底が顔にめり込んだ。鼻の骨が折れる鈍い感触。


「ばはぁッ⁉」


 転げた拍子にナイフが手から離れ、チンピラは血を吹き出す鼻を両手で押さえ、地面にのたうち回る。


「がっ──‼ ごが、んなああ!」

「何言ってるのか分かんないけど、これは危ないから没収ね」


 チンピラが拾おうと手を伸ばしたナイフは、宙を滑るように、真琴の手元に移動する。


 手のひらからほんの少し浮いた位置で、無数の万力に全方位から圧迫されるようにめきめきと圧縮されていく。真琴の手から離れて地面に転がったときには、ほとんど球体のようだった。


 真琴は悠々と服の汚れを払っている。


「──へぇ、サイキックなしでも結構やるじゃねぇか、アイツ」


 と漏らしたのは遠巻きに一部始終を眺めていた迅馬だ。

 晶は特に何の感慨も沸かないのか、眉一つ動かさず、ただ迅馬の反応に合わせるように頷いた。


 逃げるでも戦うでもなく、おろおろと残っていたチンピラは、すっかり腰が引けた様子で、真琴を震える指でさした。


「てめぇ、その信じらんねぇほど強力な念力……しかもそれ……!」


 驚きに見開かれた視線がとらえていたのは、真琴の左袖だ。

 金属光沢をもつその腕輪は、しかしチンピラたちのそれとは、全く異質で途方もなく重厚な輝きを放っている。


「黒い腕輪! まさか、『特等星スターズ序列五位』の夜海真琴か?!」

「ご名答。抵抗しないならここまでにしてあげる。それとも、他のお友達みたいになりたい?」


 真琴は鼻血を垂れ流しながら恨めしい目で睨み上げる男と、その傍らでベンチに巻きつかれた男を顎で示した。


 いや、やめておく………、と残るチンピラは降参の意を示して手を挙げた。


 パチパチ、と野次馬の一人が拍手を始めた。


 苛立つチンピラたちをよそに拍手はさざ波のように広がっていく。


 真琴は注目を浴びながら、こんなに目立つはずじゃなかったのに、と少しばかり照れくさくなる。


「お疲れさん。いい手際だったぜ」


 と笑顔の迅馬に対して、晶の表情はいぶかしげだ。


「しかし、東学区は比較的治安がいいと聞いていましたが」


「ほんと、信じられない。いまだにこんな往来で勝手にサイキックを開放する人がいるなんて」

「まあどこにだってバカはいるってことだろ」


 晶は、ほぼ球体になったナイフを拾い上げるとしげしげと眺めた。


「……これでも制限を受けている状態の念力、ですか」


 迅馬はおもちゃを取り上げられた子供のように、すねた声で言う。


「……俺もちょっとだけやりたかったな」

「バカ言わないで。あなたのサイキックは一つ間違えただけで死人が出るでしょ。立場をわきまえてよ『序列四位』」

「冗談冗談。つーか仮に戦ったとしても、この程度のチンピラ相手ならサイキックなしで十分だろ」


意地の悪い表情で、ケケケと笑う迅馬。制圧されたチンピラたちは、ばつが悪そうに迅馬から目をそらすことしかできなかった。






「失礼。これはどういった状況かご説明いただきたい」


 重く響くような威圧的な声が、真琴たちに降りかかった。


 黒服に身を包んだ三人の男たちが真琴たちを見下ろしていた。


「あん?」と眉を上げた迅馬と黒服の間に、真琴が割り込む。


「お騒がせしました。クレイドル東学区所属、夜海真琴です」真琴は携帯していたブローチを、なるべく周囲から目立たないように黒服に見せた。「一応、スターズです」


「スターズがなぜこんなところに?」

「……私用です。たまたま通りかかったところ、一般区域でのサイキック不適切使用、器物破損などがあったため、鎮圧しました。──こちらこそ失礼ですが、あなた方は?」


 むっとした声で、真琴は逆に問いただす。


 治安維持隊セーフキーパーが来るには早すぎる。騒ぎを聞いて駆け付けた機動隊のような装備でもない。得体のしれない不気味さがあった。


「我々は中央学区の者です。申し訳ありませんが、それ以上は今は言えません」

「中央学区、ねえ」と迅馬が顎をさする。

「単刀直入に伺いましょう。ついさきほどまで、彼らと一緒に女子生徒が一人いたはずです。彼女がどこへいったかご存じですか?」


 彼ら、と指す仕草があまりにもぞんざいで、真琴はついに隠さず顔をしかめた。


「…………」

「いいや? 知らねえな」

「わたしも近くにいなかったので、分かりませんね」


 真琴はチンピラたちに連れ去られそうになっていた少女を思い出した。助けを求めるような目だった。


 回答に迷う真琴に、控えていた黒服の一人がたまりかねて声を上げた。


「知っていることがあるのなら、包み隠さずお話ください。いくらスターズとはいえ、嘘や黙秘は処罰の対象にある場合があります」


 いったいどこまで横暴で権力主義なのか。

 真琴は、内心で毒づいた。中央の連中は昔からずっと嫌いだ。


「申し訳ありませんが、わかりません。言葉を交わしてもいませんから。どこに行ったのかは、まったく検討もつきませんね」

「本当に?」

「ええ、余すところなく本当です」


 真琴は最大限の作り笑顔で黒服たちに返した。


「お役に立てなくてすみません」

「…………わかりました、信じましょう。ご協力感謝します」

 行くぞ、と立ち去ろうとする黒服たち。

「ちょっと、この人たちはどうするんですか?」

「我々には関係ありません」

「はぁ⁉ クレイドルの学生なのに、関係ないことないですよね? それが大人の仕事ですか」


 真琴の呼び掛けには答えず、黒服たちは足早に離れていく。


「なんなのあの人たち」

「中央学区か。あんまり関わろうとするなよ、ろくなことにならねぇぞ」

「迅馬くんのところ……南学区は中央には不可侵でやってるもんね。でも私たちの学区で勝手なことをされて黙ってるっていうのは……」

「お話し中に申し訳ありませんが、ひとまず治安維持隊をお呼びした方がいいのでは?」と晶は冷静だ。

「──そうだった」


 真琴が連絡を入れる傍らで、晶も自身のスマホを取り出した。


 ジゼルが駆けていった方向は、奇しくも丙一が歩いて行った方向と合致している。


 スクロールする必要もない、数えるほどしか登録されていない連絡先の中から、晶は丙一にメッセージを送信した。

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