水族館内は混んでいた。

家族連れ、カップルがほとんどで場違い感がすごい。


「おぉ……」


中に入ってすぐにトンネル状の水槽だった。

エイやマダイ、アジやウミガメなどの名前くらいは知ってそうな魚が優雅に泳いでいた。


トンネル状の水槽はなぜか圧迫感が強く、少しドキッとしてしまう。


「すごい……」


「それな、なんか……すごいな」


「……語彙力」


「う、うっさいわ!」


でも、迫力あっていいよな。

気づけばさっきまでの気まずさがなくなった気がする。


水槽に近づいて近寄ってくるエイの腹の写真を撮ろうと試みる。

しかし、泳いでいるエイを捉えるのは至難の業だった。


「しぶとくうごくなっ……」


「ふふっ」


俺が写真を撮るのに奮闘していると、背後からパシャっとシャッター音が聞こえると同時に秋保の声が聞こえてきた。


「ん、どうした?」


「いえ、なんでもないわ」


「そうか?……よし、いくか」


「他の魚の写真はいいの?」


「お、おう。満足できる写真は撮れたからな」


「そう?なら、進みましょう」


そして進んだ先にはクラゲコーナー。

ふわふわ浮いている様はかわいい。


クラゲの写真を撮るのは簡単だった。

まぁ動きが激しいわけじゃないしな。


「富樫君、ちょっと写真撮ってもらっていい?」


「おう、まかせときー」


と、スマホを受け取ると丁度近くにいたカップルが声を掛けてきた。


「写真撮りましょうか~?」


「あ……、お願いします。富樫君、こっち来て写真撮ってもらおう」


「お、おう」


スマホの彼女さんに託して、俺は秋保の隣に並ぶ。

彼女さんの掛け声に合わせて笑顔を作る。


「撮れました~」


「ありがとうございます」


「いえいえ~、やっぱり彼氏と写真撮らないと意味ないじゃないですか~」


「そ、そうですね……」


「あ、もしかして!……ふふ、頑張ってね?」


「っ!」


秋保はなにやら彼女さんに耳元で何かささやかれたようだ。

秋保って割と顔に出やすいんだな~。


カップルさんが離れていき、スマホを持った秋保が戻ってきた。


「写真どうだった?」


「あとで送るわ」


「おう、ありがと」


にしても、クラゲって結構種類あるのなー。

なんかゲーミングクラゲみたいなの飼ってみたい。


「偏見かも知れないけど、男子って虹色に光るもの好きよね?」


「っ!これはゲーマーなら誰でも通る道だ!」


「そ、そうなの……?」


いや、例外はあると思うけどね。

大体のゲーマーなら憧れるんじゃないかな?


「まぁ、そんなことはいいから次いこうぜー」


「そうね、次はサンゴ礁に住む生き物らしいわ」


「ファイ〇ディング・〇モ!」


「そう、それね」


移動してあの映画で見た魚たちを見る。

テレビで見るよりもキレイでびっくり。

実物ってやっぱすげぇわ。


んで、満足したので次のコーナーへ。


「おおおお」


「でっかいわね……」


目の前に現れたのは体調3mくらいありそうなホッキョクグマ。

いざ目の前にしてみると迫力が半端じゃないぜ!


「ゴワゴワしてそう」


「その前に食べられそうね、富樫君が」


「ぬっ!ホッキョクグマと戦うシミュレーションしとかねぇと……」


「一発KOだから必要ないわ」


失礼な、せめて1分はもってやるわ!


それにしてもでけぇな。

背中に乗ってみたい。


「なにを思ってるのか易々と想像できるわ……」


「……隣移ろうか」


照れ隠しの為にホッキョクグマゾーンから移動する。

そして隣はペンギンゾーンだった。


「皇帝ペンギン!……って言いたいけど混んでるなー」


「さっき餌やりのイベント終えたばかりとは言え、見物はしたいものね」


子連れの家族が多く、ちょっと遠目でしか見えない。

秋保は一生懸命背伸びしていた。


すると、子供が急に下がってきて秋保に当たった。

態勢が不安定だった秋保は勢いのまま後ろに転びかけた。


なんとか俺に抱き寄せる感じで転ぶのを回避した秋保。

しかし、子供の親は別の子供の世話で精いっぱいで気づいてないようだ。


「大丈夫か?」


「え、ええ……ありがと……」


「えっと……」


急なことだったとはいえ、抱きしめてしまった。

再びなんとも言えない気まずさが残る。


「ね、ねぇ……」


「なんだ?」


「はぐれると危ないから……」


他のお客の声で薄っすらとしか聞こえなかった。


「……手を繋ぎましょう」


「お、おう……」


差し出された手を次は俺が握り締める。

気まずさが別な気まずさに変わったが、どこか心地よい気分だ。


だけど、意識して手を繋ぐのは緊張するのもだ。


だって……。







「ホッキョクグマまでしか記憶にねぇよ……!」


あの後、電車で一番降りるのが早い俺が降りるまで手を繋いでいた。

別れ際に手を離すのが勿体ないと思うくらいには、ずっと握っていたし、柔らかかった。


そして、家に帰って余韻に浸っていると電話が掛かってきた。

彰人から。


初心うぶだね~』


「うっせ、童貞舐めんな!」


『それでデートは大成功だったのかい?』


「たぶんな」


ボーリング行って、ラーメン食って水族館行って。

ついでに手を繋ぐ関係まで進んだ。


かなり進展したのではないだろうか。


「でも、手を繋げたのってたぶん雰囲気だよな~」


『颯真は柚木さんのこと好きなのかい?』


「ぶっちゃけ、どっちかと言えば好き……かな?」


『自覚は薄いって感じ?』


「付き合えるなら付き合いたい。でも、無理してまで付き合いたいってわけじゃないからそうなのかな~」


まだ高嶺の花って感じがするんだよね~。

たまに素を見せてくれるから普通に接していられるけど。


『高嶺の花、ね~』


「どうした?」


『ううん、なんでもない。……っと、誰かから連絡が来たから切るね~』


「おう、おやすみ」


俺も今日のログインと日課やんねぇと。

秋保とのデートで忘れるとこだったわ。


トイレに行って冷蔵庫から飲み物を取り出す。

コップにお茶を注ぎ、一気に飲み干す。


「ぷは~。……デートか」


そいや、飲みかけのスポドリってどこ置いたんだっけ……。


「デートに行くの?!」


「母さん?!」


丁度お風呂から上がった母さんに独り言を聞かれてしまった。

まだ湿っている髪を拭いていたであろうタオルを床に落とす。


いつの間にか俺の目の前まで移動してきた母さん。

意外そうな眼をしながら……。


「あのそーまがデートに行くの?!」


「いや、行くっていうか……行ったというか……」


「行ったの?!……パパぁぁ!そーまが女の子とデートしたんだってー!!!」


「ちょ、母さん恥ずかしいからやめてぇぇぇ!!!」


母さんが寝室にいる父さんの下に駆け寄る。

俺は母さんの誤解を解くために追いかける。


その日の夜の母さんの声と俺の悲鳴が近所に響き渡ったらしい……。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る