22

「人がその魂だけの姿になって、千里の距離を駆け抜けて、愛する人に会いに行く。……そんな言い伝えが、この遠野の土地には伝わっているんだって。お父さんが教えてくれたんだ」

 満天の星空を見上げて、水瀬くんはそう言った。

「僕のお父さんは、大学の先生をしているんだ。こういった古代の言い伝えを調べたりしている。そういった、いろんな地方の伝統や伝説を調べる専門の学者なんだよ」水瀬くんは言う。

「そんな言い伝えがあるんだ」

 雨は少し驚いた。

 それは思っていた以上に、ロマンティックな言い伝えだった。そんな言い伝えが遠野の土地にあるのなら、もっと早くに(雨のお父さんが雨に)教えてくれてもいいのに……、と雨は思った。

「人を好きになる。『誰かを本当に愛するっていう力』は、それくらいすごいことができるんだよ」

 雨を見て、嬉しそうな顔で水瀬くんはそう言った。

 人を好きになる。

 誰かを本当に愛する。

 それは、確かにそうかもしれない。

 私は魂だけにはなれないけれど、でも、水瀬くんに会いに行くためなら千里の距離だって(それが実際にどれくらいは雨にはぱっとわからなかったけど、だけど、どれくらい遠いところに離れ離れになったとしても)私はきっと、どんな方法を使っても、水瀬くんに会いに行くだろう、と雨は思った。

 それが、人を好きになる。

 人を愛する、という言葉の本当の意味なのかもしれない。

「……あの、水瀬くん」

 雨は少しだけ大きく深呼吸をして、自分の心と気持ちを落ち着かせる。

 それから、一度目をつぶって、開いて、ゆっくりと水瀬くんの顔を見る。

「なに、遠野さん」

 水瀬くんが言う。

 いつも通りの水瀬くん。

 水瀬くんはきっと、これから自分が私から告白されるなんてことをまるで考えていないのだと雨は思う。

 ……今までだったら、確かにそうだった。

 でも、今日は違う。

 雨はゆっくりとその体の向きを水瀬くんのほうに向けた。

 すると、(いつもと少し違う、雨の雰囲気を察したのか)水瀬くんの顔に、わずかに緊張した雰囲気が伺えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る