4話 The past is in the past
西暦2040年七月九日、時刻、午前7時55分。
この朝も、鳥たちのさえずりがあった。
狭い四人用ドミトリーに、一つある小窓から朝日が差し込んでいる。照らされた机に白い花瓶が置いてあって、オレンジ色の花が一輪だけ
……
中央駅前の噴水広場に、黄色い帽子の子どもが何人かいる。そばで見守る女性はバスケットを提げており、その上に白い布がかぶせてある。
透明橋の所々に滑らかな木の板がはめ込まれていて、水路横の芝生に影を落とす。水の
停止したエスカレーターに、日の光が当たっている。
七階の教室にて、担任はホームルームを閉じる。出席簿を眺めると、低い声で独り言をこぼした。
「……彼には、困らされてばかりだ。」
さて、
「なぁんにもねぇなぁ、今日」
たとえば昼休みの屋上、木板を張ったデッキスペースのベンチで、ワイシャツをまくった男子生徒がこぼす。ポロシャツを着たもう一人が「確かに、暇だ」と答える。
「本当になんもねぇ、クソほどなんもねぇや。なぁトミー。」
「うーん。じゃあ、
立ち上がったポロシャツが空を指差して、ワイシャツは大笑いした。「マジだ」と腹を抱えたワイシャツに、ポロシャツが「間違いないだろ?」と笑い返す。日陰のウッドデッキに強風が吹き抜けて、ワイシャツはそれが止んだ頃、
「あいつ、三日もサボって何してんのかな。」
と続けたのだった。穏やかな時間の流れが言うまでもなかった。
また、放課後の教室は閑散としている。窓際の前から四番目の机に女子生徒が突っ伏していて、その彼女がどこか物憂げな表情をする。遊ばせた人差し指が消しゴムを倒してしまうと、彼女は横目を窓の方にやった。斜めの日が差して、机が少し眩しい。外からの光が、少しの埃を
「あ、
三人の友人が来て、彼女はゆったりと
「んー、なーんにも。」
と答えた。
「さぁ一緒に帰りましょ!」
「ましょー」
「……はーい。」
消しゴムは筆箱にしまって、七竈夏希は紺色のスクールバッグを持った。校内に、とりわけ劇的な音楽は流れない。ただ放課後、帰り際の廊下が、まさにその廊下の色をしているのだった。ほの西日、窓は多い。一つ上の階に渡り廊下があって、反対側の棟と繋がっている。
「ちょ、先行ってて」
ふと人影を見て、七竈は踵を返した。早足になって、誰もいない階段の踊り場を抜け、上履きを鳴らした。渡り廊下の対岸に、一人の男子生徒が見える。七竈夏希の声は、この時よく響いた。
「───【塩川】。」
窓際の【塩川過去】が外を見ていた。七竈夏希を横目に捉えると、どうにも複雑な表情を浮かべた。それで、開いた口で何か言おうとしたのに、何も言わない。鞄を右肩にかけていた。七竈夏希は、少し息を整えた。
「……塩川、なんでここに?」
「それは、あぁ。……なんでだったかな。」
要領を得ない返答があって、彼女は首を傾げる。塩川は上履きでなく、来賓用のスリッパを履いていた。ワイシャツが真新しく、ネクタイも学校指定の物ではなかった。
「ん、どゆこと?」
「いや、ごめん。いかんせん、何をどう言えばいいか分からないけど、そうだな……」
「うん」
渡り廊下は八階の高さにあって、見下ろせば、二つ並ぶ棟の間に中庭があった。変わった触り心地の空気があって、七竈は多少困った顔をした。塩川からしても、七竈夏希の全身が見えていた。蛍光色の線が入った彼女の上履きと、続く渡り廊下の床、その遠近と、曲がり角の日陰も、塩川の目に映っていた。
(あぁ、喉がつかえる。)
塩川は一呼吸置いて、それから
───「ほとんど、覚えてないんだ。」
と、微笑を見せた。
……The past is in the past.
この時分の
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