其ノ参

朱沢さんの家に到着する頃には、全員が一通りの自己紹介を済ませていた。


柄シャツの中年男性の名前は番場克匡(ばんばかつまさ)といった。職業については誤魔化されたが、ただの自営業だと強く念押しされた。それで全員察したのだろう、それ以上は誰も追及しなかった。番場さんは古い馴染みの友人が失踪し、その友人がツクヨミアソビに巻き込まれたのだと語ってくれた。


若い女性の名前は一色こはる(いっしきこはる)というらしい。年齢はそれほど変わらないだろうが、若い子の名前だと何となく感心した。なんでも、大正ロマンをテーマにした地下アイドルグループ「はいから・がーるず」のセンターマイクなのだそうだ。一色さんの恋人がツクヨミアソビで失踪し、その行方を探そうとした矢先に巻き込まれたのだという。


ロングヘアの女性は黒須アリサ(くろすありさ)と名乗った。見たところ年齢は20代後半、恐らく自分同じくらいだろう。地方を回って興行するマジシャンなのだという。得意なマジックは脱出系だそうだ。最近は興行の仕事がめっきり減り、今後は副業も考えているらしい。黒須さんは学生時代からの友人が失踪したと教えてくれた。


「えっと、俺は瀬戸翔一郎(せとしょういちろう)って言います。普段は救急救命士をやっているので、もし怪我した時は俺がすぐに処置できると思います…!」

自己紹介は得意ではなかったが、思いつく限りの典型的な自己紹介を済ませた。全員が自分と同じような境遇、つまり探し人がいるという一種の連帯感からか、裕子の失踪の件もすぐに打ち明けた。


「高校生の妹さんか…。そりゃあ、何としてでも見つけてやらねえとなぁ…」

番場さんは人情派なようで、親身になって話を聞いてくれた。職業はあれだが、決して悪い人ではないようだ。


朱沢さんの自宅は、市街地にある一軒家で、あまり生活感が無いように感じた。研究で書斎にこもりっきりで、生活のほとんどを書斎で過ごしているのだそうだ。あまり使われた形跡の無いリビングルームに通され、そんな話を聞かされた。


「世間話をしている場合じゃないですよね…。申し訳ありません。例の都市伝説に巻き込まれていない私が何故、見計らったようなタイミングで皆さんの前に現れたのかと申しますと…


まず端的に申し上げます。私は、皆さんの探している方々に、二週間前に会っています」


朱沢さんは、郷土史研究のテーマとして月影市固有の伝承について調べていたそうだ。都市伝説ツクヨミアソビの情報が極端に少ないのは、この都市伝説が月影市固有の話だからだという。


ツクヨミアソビは、50年周期で訪れる怪異だ。その度に不特定の誰かが選ばれ、ツクヨミ様と呼ばれる少女の遊びに巻き込まれる。遊びと言えば聞こえはいいが、その内容は命の危険が伴うものであり、選ばれた人間は負けるまでその遊びに付き合わされる。負けとは、死を意味する。


「負けたら死ぬって事は、正義(まさよし)はもう殺されてるって事…?」

一色さんが青ざめた顔で言った。番場さんは険しい顔をしている。自分も言葉に詰まった。


「でも、ツクヨミ様?でしたっけ。あの言い方は、人質がいるから遊びに付き合えって意味ですよね。ツクヨミ様が、遊びに勝つことにこだわっているなら、人質を既に殺しているとは考えにくいんじゃ無いでしょうか…?」

このような状況にも関わらず、黒須さんは冷静だった。


「詳細はまだ調査中ですが、50年前に一人の若者がツクヨミ様に勝利したらしいのです。気休めになるかは分かりませんが、皆さんが助かる見込みもあるはずです」

朱沢さんは、心許ないフォローを入れた。


「そういえば、朱沢さん。2週間前に裕子に会ったんですか…?」


「ええ、そうですね。2週間前、確かに裕子さんを含めた4名にお会いしています。」


ツクヨミアソビは50年周期で発生する怪異だ。前回のツクヨミアソビから今年で50年なのだという。彼は、その噂の真偽を確かめるため四ノ辻の地蔵尊を訪れ、そこで裕子たちに出会ったらしい。


「四ノ辻の地蔵尊に被害者が集められるもの調べた文献通りなのです。ですが、本当にツクヨミアソビが実在するとは夢にも思いませんでしたがね」


その後、裕子たちは朱沢さんの自宅にしばらく滞在していたらしいが、数日前に南町へ調査に向かってから戻って来ていないというのだ。


「調査に向かったって、一体何の調査ですか?それに、裕子がここに居たのであれば、どうして連絡をくれなかったんですか!」

思わず強い口調になってしまったが、その疑問は他の3人も同様らしい。


「怪異の調査ですよ。ツクヨミアソビの遊びというのは、怪異にまつわるものです。ここに滞在している間、あの4人は月影市の怪異について調べていたのです。それに、もし皆さんに助けを求めてしまっては、大切な皆さんを巻き込む事になる。そう思っての裕子さんたちの判断です。まあ、結果として皆さんも巻き込まれてしまったわけですが…」


全員が沈黙した。今までずっと、怪異という存在が、自分たちの住む町に潜んでいたというのだろうか。


沈黙の中、黒須さんが口を開いた。

「朱沢さん、お聞きしたいのですが。怪異の調査といえば、ヒキサキオンナというのも月影市に存在する怪異なんですか?」


「ええ、その通りです。それが皆さんに科されたアソビなのですね。


ヒキサキ女、これは月影市の城址(じょうし)公園にまつわる怪談です」

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