第一章:エピローグ
建物と建物の間をすり抜けた風が頬を撫でる。
美味そうな食べ物の匂いが混じっていて、立っているだけで腹が減る。
祭りに合わせて誰も彼もが好きに歌って、好きに楽器を鳴らして、その音が祭りという一つの音楽になっている。
少し騒がしいけど、悪くない。
適当な段差に腰掛けて、ポケットから出したハンカチを地面に敷いてそこにモノを座らせる。
ちょこり、と、丁寧だけど子供っぽい座り方のモノを見て少し笑うと、モノは俺の方を見て心配そうに口を開く。
「こんなところにいて、本当に大丈夫なんですか? 総統はこのお祭りの主役なのに……」
「レングとレイさんに任せてるから平気だ」
モノは「でも……」と口にするも、本音では離れたくないのか、身をこちらに寄せてピッタリと俺にくっついている。
俺は約束していた通り、魚のパンを齧りながら道ゆく人を眺める。
大通りを歩く人達は、前に来たときの不安そうな様子はなく、楽しそうに見えた。
「……特等席だな」
モノは不思議そうにこてりと首を傾げる。
戦って守れたものを見るなんて……あの世界ではしたこともなかったな。
「……津月もこんな風だったのかな」
俺がそう呟くと、ひょこっと大通りの方から顔を出したフィナが俺を見る。
「僕がどうかしましたか?」
「いや、大したことじゃない。……というか、色々買いすぎだろ……」
「うへへ、お祭りは楽しまないと損ですから」
新しい狐面に、ヨーヨーのようなオモチャ、それに屋台の料理を両手いっぱいに抱えたフィナは「はい、どーぞ」と俺達に料理を手渡す。
「わわ、グラスフェルト、この麺甘いですよ!? し、新感覚……!?」
「このパン、独特の酸味があるな……。なんか変なのばっかり買ってないか?」
「珍しいなって思って」
「はしゃぎすぎだろ……。モノの方が大人だ」
「今は僕の方が歳下なのでっ」
いや……その理屈はどうだろうか。
俺がそう考えていると、モノはクスリと笑って、パクパクと屋台の料理を食べる。
「えへへ、おいし」
それから屋台を回ったり、歌を歌っている人のところで耳を傾けたり、世話になった冒険者や大工たちに挨拶にまわったり、三人でふらふらと祭りを楽しんでいると、ふと、この祭りの人混みの中、帯剣している男を見かける。
一応避けといた方がいいかと考えて二人の手を引いて人混みに紛れようとするが、男の目は俺を捉えていた。
「おい、そこのガキ」
明らかに目当ては俺だな……。
無視は逆効果か。
少し動いて路地に入り、それから男を見る。
それなりに仕立てがいい服だが、品のない香水の匂いと女性の匂いがついているところを見ると、女遊びが派手らしい。
気になるのは背中に負った剣……。こんな人混みの中という非常識さもあるが、どうにも、こう……全身の毛が逆立つような悍ましい気配がする。
まるで剣が意思を持って俺を狙っているかのように感じる。
そんな剣を見て、フィナは不思議そうに「……聖剣」と口を開く。
「……聖剣って」
「あ、いえ、適当に言っただけです。なんだか神聖な気配がしたので」
……あの、殺意と排除の塊みたいな剣が……?
男はフィナの言葉を聞いて気をよくしたのか「ああ、聖剣だ。んで、この俺様が勇者様だ」と自慢げに言う。
「……勇者? あー、そういや、なんかそういう話を聞いたような」
勇者が参加するとかしないとか、てっきりダークブレイバーを名乗る津月のことかと思っていたが、まさか本物がいるとは。
男は関心がなさそうな俺の言葉に気を悪くしたように眉を顰めて舌打ちをする。それから一歩近寄り、見下すように俺を見る。
「俺の手柄だったはずのが、横取りされてよ。んで、お前の兄貴に話をつけにいったらお前に聞けとよ」
「あー、なるほど。そういう。とは言っても、俺にもどうしようもないな。俺だけではなく多くの冒険者やら職人やらが集まって成したことだ」
ああ、勇者だのなんだのと言っているが、ただの功績を齧りにきたハイエナか。
「お前が代表なんだろ? そもそも、教会を通さずに勝手なことをして……」
「ここの領主には話を通してある、レングが。教会がその判断が出来るということなら、教会がここの領主と話をつけるのが筋だ」
「ちっ、クソガキが生意気なことを」
男の手が背中の聖剣に伸びる。
殺気はないな、子供だから脅せば従うと思ったのか。
……あー、悪党の中でもこういうのは苦手だな。権力と富を持っているのに、悪を成す奴は。
仕方ない。火の粉は払うか。
男が俺に突きつけようとした聖剣はフィナが持っていた竹串に抑えられて止まる。
俺だけでも十分対応出来たのに……。まぁ、気持ちは嬉しくなくもない。
「──は? 竹串?」
「今、グラスフェルトに何をしようとしました? ……殺そうとしたのなら、グラスフェルトを殺そうとしたのなら」
「だったらなんだって言うんだよっ!」
男はまだ自分の実力が目の前の少よりも遥かに劣っていることに気がつかないのかそう吠えて、フィナの竹串に聖剣が弾き飛ばされる。
「……容赦はしません」
上空に飛んだ聖剣が降ってきて、フィナはそれを掴み取る。
「──な、なんで……「聖剣を握れる」」
フィナの体格には大きすぎる剣を持っていることに驚いている……という風ではない。
それは本当に「自分以外が握れるはずがない」と思っているような様子で……。
フィナは聖剣を持ちながら俺の方を見る。
「グラスフェルト。僕が持ってる魔剣と合わせて、光と闇が合わさって最強に見えると思いませんか?」
いや……聖剣は本物っぽいけど、魔剣の方はただの店売りの特価価格の剣だし……。
「あー、フィナ。俺は平気だから返してやれ」
「むぅ……はい。もうグラスフェルトに剣を向けないでくださいね。次は容赦しませんから」
男はフィナからもぎ取るように聖剣をとって、怯えた青い顔をして剣を抱えて後ろに下がる。
「お、俺が、俺だけが勇者のはずだ。俺が選ばれたのだから……」
まるで自信の拠り所を失ったようにフラフラと歩き、けれども悪意のある視線を俺たちに向ける。
「っ……おぼ、覚えてろよっ! この田舎者どもが、せ、聖剣のことは、何かの間違いで」
そう言いながら逃げるように消えていく男を見て、フィナは不思議そうに首を傾げる。
「なんだったんでしょうか?」
「……さあ。まぁ、気にするほどの手合いでもないだろ」
俺とフィナはこういうことにも慣れているが、モノは怯えているかもと目を向けるが、特にそんなこともなくフィナと同じように首を傾げていた。
……モノも場慣れしてきてるな。
それからまた腹一杯に飯を食べて、音楽を聞いて、そしてほんの少し気恥ずかしいながらも前世で好きだった歌を歌う。
モノの好きな歌も聞かせてもらって、そうしているうちに日が傾く。
「……お祭り、終わっちゃいましたね」
「そうだな。少し寂しいな」
前世でも祭りなんて体験してなかったしな。
途中絡まれはしたが、それを含めても楽しい祭りだった。
「……うし、じゃあ、帰るか」
俺がそう言うと、モノは寂しそうに立ち上がって俺の手を握る。
「総統」
「ん、どうした?」
俺がそう聞くと、モノは優しく微笑んで俺を見つめる。
「物を、たくさんたくさん抱えなくても、しゃがみ込まずに済む方法があるんです。私が、一緒にいます。手を握って一緒にいたら、しゃがみ込まずにいられますよ」
モノの髪を飾る蝶の髪留めは夕焼け空を吸い込んで赤い色に染まっていた。
フィナが不思議そうに首を傾げる中、俺はモノに言う。
「そういや、言い忘れていたな。……おかえり、モノ」
「えへへ、ただいまです、総統」
港町に出かけた方が「おかえり」と言い、待っていた方が「ただいま」と言うなんて、ヘンテコなやりとりだけど、これが正解なのだ。
モノは「総統と一緒にいてあげる」という約束を守ってくれたのだ。
俺も「モノの故郷になる」という約束を守らないとな。
二人だけにしか通じないやりとりをして、くすり、くすり、雑踏の足音に紛らせながら俺たちは宿に帰った。
ラスボスが異世界に転生しました〜悪の組織のリーダーは愛するヒロインを救うために世界を焼き尽くす〜 ウサギ様 @bokukkozuki
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