炎の龍をも焼き払う⑫
戦いにおいて重要なのはいかに場を整えるかだ。
今回の敵である炎龍は、以前に戦った地龍に比べても分かりやすくドラゴンらしいドラゴン。
剣をも通さぬ赤い鱗、鎧ごと焼き払う火炎、大空を自由に飛び回る翼、盾をも引き裂く爪に、破城槌の威力を持つ尾。
その身体の全てが人間にとって脅威であり、ただの身じろぎですら武器になり得る。
……が、まぁ、あちらの攻撃は脅威だが、その鱗やデカい身体は俺にとってはそれほど脅威ではない。
どうやらタフさや硬さに関しては地龍の方が上らしく、俺の異能力ならば十分仕留められる範疇だ。
問題は飛行を含めた機動力だ。
一撃で仕留められる威力の異能力はそれなりのチャージ時間が必要で、連発は出来ないし、回数も限られている。
一撃必殺を狙うなら二発が翌日の調子を崩さない程度、三発で翌日は戦うのが厳しくなり、四発で撃った瞬間に気力が失われ、五発ですっからかんといった感じだろう。
「ロー、どうした?」
「いや、準備は足りているか考えてな」
この二日間、他の魔物をある程度狩りながらレングや他の魔法使いに頼んで街の至る所に魔法で作った水を溜めておいた。
龍の炎を防ぐための盾であり、同時に俺の炎の威力を増させる燃料でもある。
……それ以外は地形の把握や風向きの把握や体調を整えたぐらいのものだ。
だが、けれども、今はこれで挑むしかない。
風上の方に龍の姿を見て、気付かれないように少しずつ寄る。予定通りの射程範囲。
スッと手を前に出して構える。
指先に炎を溜め込み、火力の補助に魔力を注ぎ込む。
現在の俺における最高の威力を誇る異能と魔法の合成技。
「【
俺の手から大量の紅い蝶が舞い飛び、空高くその羽を広げていく。
初手をどうするべきかという案は三つあった。
一つ目は地龍のときのように俺の火炎の弾丸による不意打ち、二つ目はフィナが近寄って真っ向勝負、そして今、選んだのがこの技だ。
俺が龍との戦いで一番恐れた「空に逃亡されること」を防ぐために、大量の火の蝶を空に飛ばすことで飛んだところを迎撃する構えを取る。
少々、消極的ではあるが、龍が近隣に逃げる可能性だけは潰せる。
目を覚ました龍は鬱陶しい虫を払うように火を吹くが、俺の異能は龍の炎にも負けずに逆に龍の炎を焦がしていく。
龍はその様子を見て、余裕ぶっていた体を起こして、その異変に対応しようと火元の俺に目を向ける。
まだ距離はあるが……接敵は一瞬だろう。
「ダークブレイバーは予定通り、俺の炎に巻き込まれないようにしながら近くを警戒。レングは火炎の対処に集中、弓部隊はとにかく撃ちまくってかすり傷でもいいからダメージを与えろ」
そう指示を出しているうちにやってくる炎龍を見て「ふんっ」と鼻で笑う。
知性を感じられない瞳。まるきり、ただの獣だ。畏れるような存在ではない。
「ふははっ! ふはははははっ! 行くぞ! レングッ! 突進がくる、合わせろっ!」
「あいよっと」
レングが生み出した水の壁を俺の冷気が凍らせて巨大な氷壁と化して、火炎を伴う炎龍の突進を受け止める。
「遠距離攻撃! 用意!」
氷壁越しに冒険者達が弓を構え、俺が異能の炎が氷壁をぶち抜き炎龍と共に氷壁を焼き払う。
「放てっ!」
俺の指示と共に矢が放たれて竜に襲いかかり、飛んで逃げようとした龍を空中で蝶によって迎撃して地面に叩き落とす。
さあ、闘争だ。
◇◆◇◆◇◆◇
グラスフェルトが戦うその横で、思う。
炎の龍。
それの存在を聞いたとき、ひどく恐ろしいと思った。
自身も火炎の異能力者であり、最大の仇敵も火炎の異能力者だったため、その炎の怖さを知っているからだろうか。
あるいは、昔読んだ漫画などで強力な存在であると描かれていたからか。
単純な恐怖というよりも畏怖に近い感情は、人から街を奪い破壊な限りを尽くす実物を見て……。
──ああ、なんだ、こんなものなんだ。
と、安っぽい安心に変わった。
確かに強いのだろう。事実として怖いのだろう。
けれども……私が、僕が思い浮かべていたのは、もっと……「力」に近いものだった。
竜の吐いた火炎がグラスフェルトの生み出した氷壁に阻まれて防がれる。
グラスフェルトにとっても気楽な相手ではないだろうに、周りを見回して指示をする余裕すらある。
攻めにおいても守りにおいてもグラスフェルトを中心としていて、少しずつ、少しずつ、冒険者達がスムーズにグラスフェルトに従うようになっていく。
……少し、不思議と、火への恐れが強まってくる。
炎の龍は恐ろしい、僕はそう思った。
けれども、目の前の龍にはそれを感じない。
まるで、下手な真似事を見ているかのような、安いCG映像のような……本物の龍を前にしてそう感じるのだ。
まるで僕が本物の本当の炎の龍を知っているかのように。
龍とは、あちらの世界では力の象徴だった。
荒れた海、氾濫した河川。人の力の及ばぬ力の奔流を人は「龍」と呼び、畏れた。
だとすれば、僕が畏れた火炎の龍とはなんだろうか。
グラスフェルトの炎と龍の炎がぶつかり合い、互いに喰らい合うように燃やし合う。
自身の最強の力である火炎が他の火炎と拮抗している事実に、龍は警戒を覚えたのか後ろに下がろうとし──グラスフェルトは前に出た。
僕はグラスフェルトの炎が怖いのだろうか。それ自体は……最強の力かもしれないけれど、たくさんの人が集まれば止められないわけではない。
だったら、炎の奔流とは何なのか。……どこか、遠くにグラスフェルトの戦いを見て、炎の龍を焼き尽くす彼の力を見て……不思議に思った。
答えの出ない疑問に思考をやめようとしたその瞬間、龍に打ち勝ったグラスフェルトを見た冒険者達が雄叫びをあげる。
思わずその勢いと熱気に身体がびくっと震えて、気がつく。……これが、怖い。
火炎の龍の上に立ったグラスフェルトは雄叫び。上げる冒険者を見て腕を振り上げる。
「──俺達の……勝利だッッ!!」
「ッゥ……ゥ……ウオオオオオオオオオオオ!!!!」
冒険者たちはグラスフェルトに心酔したように叫ぶ。
大きな音と、熱気。その雄叫びはまるで火炎のように燃え盛り、グラスフェルトが進む後についていく。
「──掃討だ! 着いてこいッ!」
多くの人間が一人の男に、まるでそうするのが当然であるかのように付き従う。
グラスフェルトは近くにいた魔物を焼き払いながら前へと進み……。
それから一瞬、何かに気がついたかのような表情を浮かべる。
このタイミング……人々が自分の存在に心酔しきった時点で、後ろに付いてくる人間を見て、グラスフェルトは何に気がついたのか。
小さく、誰にも聞こえない声で、グラスフェルトをじっと見ていた僕にしか見えない唇の動きで、彼は呟いた。
「──国、奪れるな」
一から開拓するよりも、よほど簡単に、よほど確実に。
英雄である自分が人を率いれば王座を奪い取れると、そう気がついたのだ。
グラスフェルトは熱に浮かされている冒険者を見てそれを確信する。
英雄グラスフェルトが腕を振り上げて、声を張り上げれば、この熱気はより強く広がり、街や都市をも巻き込んで燃え上がるだろう。
僕が恐れた炎の龍が、その頭をもたげる。
人々の熱狂。歓喜。それはもはや誰にも止められない流れであり、あらゆるものを巻き込んで加速していく。
河川の氾濫にも近い、誰かが止めようとしても止まるはずのない火炎の奔流。
そこで焼き尽くされた龍よりも、熱く紅い。
怖い。怖い。怖い。
そうだ。そうなのだ。
僕が畏れた火炎とは、この火龍でもなく、グラスフェルトの異能でもない。
グラスフェルトという英雄の引き起こす、火炎のような人々の熱狂。
それこそが本当の火炎の龍で──「ああ、止められない」と僕に思わせるには十分なものだった。
「ぁ……待って……」
行かないで、グラスフェルト。
そんな言葉はあまりに小さく、この火炎のような熱気と雄叫びの中、聞こえるはずもない。
なのに、グラスフェルトの脚が止まって、振り返る。
グラスフェルトは熱狂の中を歩いて、僕のところにやってくる。
思わず、すがりつくような声が出る。
「……行かないで、グラスフェルト」
ギュッ、と、彼の手を握ってそう言う。
「僕は、ほんとうは、ずっと、ずっと、あなたと一緒にいたかった」
こんな安い言葉が、彼に通じるはずはない。
この熱狂を、英雄の誕生を、グラスフェルトが見逃すはずがない。
だけど、続けてしまう。
「……大好き」
月並みなありがちなつまらない愛の言葉。
振り払われるはずの手が、止められないはずの足が、止まっていた。
視線をあげる。
僕が畏れた炎の龍は「えっ……あっ……」と、顔を真っ赤に染め上げて僕の顔を見ていた。
まるで炎に焼かれたみたいに真っ赤っかに。
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