炎の龍をも焼き払う⑪

 港町に入る。本来なら騒がしいはずだろう大通りだが、静かすぎるほどに静かだ。


 死臭はしない。

 獣の臭いが強く、けれども血の臭いもないのは肉を食われて血を啜られて、腐るようなものは全て魔物の胃袋の中に納められたからだろう。


 気を引き締めている仲間を他所にどうにも感じてしまうのは「気楽なものだな」という感情だ。


 人を殺す心配はなく、ただただ、上から強い力でねじ伏せればいい。

 俺の周りからふわりふわりと火炎の蝶が舞うように羽ばたき、近くにいた魔物に触れた瞬間に焼き尽くす。


「獣相手は手加減の必要がなくて楽でいい」

「……グラスフェルト。気持ちは分かりますが、飛ばしすぎるとバテますよ」


 フィナは心配そうな声色で俺に声をかける。


「俺を誰だと思っている。世界と平和の敵対者、灯火と陣鐘のグラスフェルトだ。この程度、ものの数にも入らない」


 大量の蝶々が火の粉の鱗粉を飛ばしながら空を舞い、俺たちに近づいてきた魔物を燃やし尽くしていく。


 ……弱い。弱い、弱い弱い弱い弱いッッ!


 加減せずに戦える爽快感と、その爽快感に酔いそうな自分への嫌悪、この程度の相手にいいようにされているこの国の人間の体たらくへの怒り、物陰に悲劇の残影を見つけての悲しみ。


 あらゆる感情をないまぜにしながら、それを吐き出すように蝶を撒き散らし、敵を焼き、道を歩き、敵を燃やし、道を進む。


「グラスフェルト」

「分かっている。俺は冷静だ」

「グラスフェルト」

「大丈夫だ」

「……何を、そんなに焦っているんですか? ……今日は偵察の予定で、こんなに街の真ん中までくる予定ではなかったはずです。街の中の拠点も作らないとダメなのに、計画に支障をきたしていますよ」


 フィナ……あるいは津月の諫める言葉に振り返ると、俺の撒き散らした炎の熱で汗だくになっている冒険者たちの姿が見えた。


 立ち止まると、フィナのチョップがこつりと俺の頭を捉える。


「……悪い」

「よしとしてあげます。ほら、入り口の方に戻って仮休憩出来る拠点を確保しますよ」

「ああ」


 ……どうにも感情が抑えきれていなかった。

 俺がリーダーとして率いる必要があったのに、真っ先に暴走。


 道を引き返しながら頭を抑える。


「異能の使いすぎ、ですか?」

「あー、若干気怠い。……完全にはしゃぎすぎたな」

「……グラスフェルトらしくないです。そんなに急ぐ理由とか、あったんですか?」


 急ぐ理由……。

 まぁ、モノが心配というのもあるし、生まれ育った街をこのままにしておくのも忍びない。


 手早く魔物を追い出しても復興にはそれなりの時間がかかるだろうし、復興した頃にはモノも吹っ切れていそうだが、それはそれとして早く済ませたい。


「モノちゃんの事ですか?」


 フィナも察したように俺を見る。


「……まぁ、そうだな。不幸を少しでも減らして、幸せを少しでも増やしてやりたい。……どうにも、贔屓をしてしまう」

「贔屓……ですか?」


 モノを助ける時間があれば、もっと多くの人を助けることが出来たはずだ。


 モノを助けることを良くないとは思わないし、後悔なんてカケラほどもしていない。

 けれど、今までの自分に比べて個に寄りすぎている。


 フィナは俺を見て、仕方なさそうに笑う。


「大切なんですね」

「……まぁ、そうだな。妹とか、娘とか、多分……そんな風に思っているのだと思う」

「いいことですね」

「……そうかな」


 個人に肩入れするのも、それが良い結果に繋がるならそうだが……。


 拠点となりそうな教会を見つけ、中にいた魔物を排除してから、その教会を中心に回るようにして魔物を減らしていく。


「よし、これで周囲に敵はいないだろう。レング、この拠点を守るための部隊を街の外の方から呼んできてくれ。あと飯も」

「兄をこき使うな。……作戦会議はどうする?」

「今、魔物に詳しいやつが今日目にした魔物の傾向についてまとめてくれているから、そのあとだな」

「異能と魔力の残量は?」

「使いすぎた。今日と同じペースを連日は難しいが、まぁ普通に戦う分なら問題ない」

「分かった。ローは少し休んでろよ」

「悪いな。世話をかける」


 なんやかんや、一番働いているのはレングかもしれないな。見張りを他の人に任せて仮眠を取る。


 異能や魔法の使いすぎ以上に、身体への普段が厳しく感じるのは子供の肉体だからだろう。


 隣で座っているフィナを見ると、俺よりも鍛えていなさそう……。

 というか、この世界だと産まれてからずっと落ち込んでいたはずなのに、俺よりも平気そうな様子なのは非常に理不尽だと感じる。


 まぁ、異能力の性質の違いのせいなんだが。


 いつでも飛び起きられるレベルの睡眠をとっていると、足音が聞こえて体を起こす。


「ローレン様、起こしてしまいましたか?」

「大丈夫だ。俺への連絡だろ」


 魔物の知識を買って、先行メンバーに入れた男は俺の近くに座り、教会から借りてきたらしい紙とペンを俺に見せる。


「今回、街中で見た魔物の種類や生態を軽くまとめたものなのですが、陸生のものがほとんどで、海洋……というか、半水生の魔物は少ないですね」

「想定とは違うな」

「おそらく、町人を逃すときに門が開きっぱなしになっていたせいで陸の魔物がやってきて、半水生の魔物を追い払ったのでしょうね。海沿いとは言えど街中だと陸の魔物の方が強いものですし」

「陸の魔物の方が冒険者は慣れているだろうし、嬉しい誤算……いや、そうでもないか。海に逃げたやつが多いとなると、また襲ってくる可能性もあるし、総数は増えたか」

「そこまで悲観的に見る必要はありませんが、街中だけでなく街の外にも魔物が多くいる可能性がありますね」


 うーん、どうしたものかな。と考えていると、魔物に詳しい男は続ける。


「今日頻繁に見かけたコボルトとその亜種は群れを作りまして、その巣を中心に狩りを行うという習性があります」

「ん、ああ」

「それで、同種同士が近くに巣を作った場合、協力しあいますし、餌が潤沢にある場合はくっついてより大きな群れになります。コボルトの活動範囲は群れの大きさに左右され、今回の場合は……おそらく、50〜100匹程度の群れかと」

「随分と多いな。魔物は大食いなんだろ? そんな規模の肉食獣の群れが成り立つのか?」

「コボルトは雑食で、食性がかなり多様でなんでも食べるんですよ。他の魔物とかも襲いますし」


 俺が男の方を見ると、彼は不思議そうに自分の顔を触る。


「何かついていましたか?」

「いや、本当に詳しいなと感心していてな」

「……はは、みっともない話ですが、貧乏で冒険者にならざるを得なくて、けれども戦うのが怖くて、準備を言い訳にして逃げている時間が多くて」

「なるほど、その準備中に学んだと。立派だな」


 俺の言葉に男は驚いた表情を浮かべる。


「いや、戦いにビビってただけですよ」

「今、志願してここにきているんだ。怯えはあるのだろうが、それを乗り越える勇気がある。それは恐怖を知らないことよりも尊いことだろう。……信頼出来る」

「ローレン様……」


 男は頷き、それから紙をめくって今日見かけた魔物について俺に説明していく。


 本当に勉強熱心だな。……それなりに造詣が深そうだと思ったが、俺が一瞬で仕留めていた魔物の種類と数と出てきた場所を把握している。


「──地図に現すと、こういう形で魔物の群れが街の中に点在している形になります」

「一直線に進んだだけなのにここまで分かるのか」

「まぁ生態をよく知られた魔物ですから。今回の作戦は魔物を街から追い出すとのことでしたが、こういう形で群れがあるということは、この辺りに強力な魔物がいて、他の魔物が近づきたがらないので難しいですね」

「最悪、俺たちが入ってきた門の方にやってきて、退路を塞がれたり、外の拠点が襲われたり、近くの街に行くことになるか」


 男は頷く。


「ですね。なので、ここにいる強力な魔物を退けるのが必須。そして、おそらくここにいるのは、それなりの大きさだけど、門を通り抜けて街の中に侵入することが可能な魔物」


 男が指を指した地図を見つつ、その魔物の名を口にする。


「炎の龍」


 ……今回の戦いの、最大の敵だ。

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