炎の龍をも焼き払う⑩

 ◇◆◇◆◇◆◇


 グラスフェルトが訪れた港町の最寄りの街。

 直接の魔物の被害こそ小さいものの、これからいつ魔物に襲われるかも分からないと、住民達は強い不安を覚えていた。


 住民からの強い要望を受け、町長はこの国の英雄……聖剣に選ばれし勇者の派遣を幾度も要請していた。


 地形の関係上、軍隊の出撃は難しく、少人数での戦闘に秀でた勇者が最適で、何度も何度も繰り返し要請を送り、やっと了承の返事をもらい、来るとの約束の日から十日が過ぎた今日、勇者が街に訪れた。


「ああ、勇者様。こんな辺鄙なところまでよくぞ……。これはこの街の名物で……」


 大したもてなしも出来ないがせめて、という思いで勇者の姿を見かけた店主が揚げた魚を挟んだパンを差し出そうとして、勇者と呼ばれた男の手に払われる。


 パンが地面に落ちて、男はそれを踏み潰してそのまま道を進む。


「ったくよ……。なんで俺がこんな田舎に」

「ま、まぁ、まぁ、これもヘリオ様のご威光がここまで届いているということですよ」

「なら気安く話しかけるなってんだ。あのクソジジイ共の口車に乗せられたが、マジでやる気しねー。はー、さっさと終わらせるか」


 付き人の女性が慌てながらヘリオと呼ばれた男に言う。


「あの……ヘリオ様の小耳に入れたいことがありまして……。この領地の近くの領主の息子が討伐隊を組織して討伐に望んでいるそうでして……」

「はあ? 近くの領主の息子ぉ?」

「どうやら司祭様達も把握されていなかったようで……。申し訳ありません」

「炎龍もいるから俺を呼んだんだろうが……。まぁいいや、どうせ逃げ帰るだろうしよ。けど、変な主張はさせるなよ? 司祭に炎龍の討伐と引き換えに乳のデカいシスターちゃんをもらうことになってるんだよ」


 ヘリオのその言葉に一瞬だけ眉をひそめてしまった付き人の女性は少し咳をして誤魔化してから口を開く。


「龍に限らず、多くの魔物がいることです。討伐隊と協力する利益は……」

「あー、なしなし。こっちの功績を掠め取ろうとしてきてウザそうだ」

「…………。でしたら、先を越されませんように早く向かいましょうか」

「あー? いや、いいよ、ダルいし。今日は適当にこの街の女でも漁る。まぁ芋しかいなさそうだけど、たまにはゲテモノもいいだろ」


 女性は内心不快に思いながらも頭を下げて、隣から下がる。

 自分は何をしているのか、そう考えながら、ヘリオの後を追う。影の頭からを踏むようにして、一歩、一歩と。



 ◇◆◇◆◇◆◇




 亜麻色の髪の毛が俺の頬をくすぐって、こそばゆさに微睡から目覚める。

 俺が目を覚ましたせいで少し身動ぎをしてしまったのか、モノの瞳がゆっくりと開いて、少しぽーっと俺の方を見る。


「おはよう、モノ」

「あ……おはよ、ございます」


 少しぼーっとして、それから顔を赤く染める。


「す、すみ、すみませんっ! 総統の寝所にお邪魔するなんてっ!」

「いや、いいよ。眠れたなら」


 男女で同衾するような歳でもない……が、まぁ寝ていて問題になるような歳でもないだろう。


 少し甘えにきた程度のものと思えば、可愛らしいもので、フィナも怒ったりはしないだろう。


「そ、総統。その……えっと、は、はしたかなかったですよね。すみません」

「いや、そんなことはないさ。……行くか」


 モノを部屋に返してから、手早く着替えて外に出るとフィナがダークブレイバーの格好をして立っていたのでそのまま連れて向かう。


 予定の場所に集まった顔ぶれを見つつ、いつものように挨拶と鼓舞を行い、それからフィナの方に目を向ける。


「あー、急で申し訳ないが、この人物も討伐に参加することになった。見た目は小さいが、戦闘能力は極めて高い」

「どうも、ダークブレイバーです」


 しん……。と、静まる。

 いや、分かるよ。俺より小さいやつが急に現れて急にこいつ強いから仲間ね。みたいなことを言われても困惑するだろう。


「あー、うん、疑問に思うのも分かるが、俺よりも強いから心配しなくていい。な」

「ダークブレイバーです」

「アドリブ力が低くて自分で作ったキャラの発言が上手く出来てない……! いや、アホにしか見えないかとしれないし、事実としてアホなんだけど、本当に戦闘能力は極めて高いから」


 と、俺が擁護するも、納得がいっていない……というよりかは、背中を任せられる相手なのか不安に思っているようだ。


「ローレン様、その方の実力を見せてもらっても?」

「ああ……まあ、いいか。怪我はさせないようにな」


 モノを下がらせてフィナに目を向ける。


「ダークブレイド」


 フィナは深く頷いたあと、腰に下げていた剣を引き抜く。


「黒い剣……」


 誰かが驚きと共に溢したその言葉通りに、フィナの持つ剣の刃は黒色であり、その黒い刃には値札が付いていた。


 ──特化価格ッ!


 お得に剣を購入するんじゃあない! と、ツッコミたい気持ちを抑える。

 いや、もうみんな気づいているから値札に突っ込んでも問題ないか。


 声を上げた男も値札のついた剣を向けられたことに困惑しつつも、俺の方を見てから剣を抜く。


「始めても?」

「ああ、タイミングは任せた」


 不意打ちをしても構わないと思ったのだが、男は狐面のフィナを見てスッと構える。


「行くぞ」


 正々堂々……と、いうやつなのだろうが、それは「格上」を相手にするものではないだろう。

 男の振った剣はフィナの隣を通り過ぎて、黒い剣が男の首元に突きつけられる。


「ッ──」


 当然の話だが、物体は強い力をかけた方が速く動くし、軽いものの方が速く動く。


 子供の体格で、電柱をぶん回せるフィナの速度は到底人間の動体視力で追えるようなものではない。


「と、まぁ、これでも実力者だ」

「納得しました。よろしくお願いします」


 フィナもペコペコと頭を下げ返す。キャラを守れ、ダークブレイバーは人にペコペコするタイプの名前じゃないだろ。


「まぁ、じゃあそろそろ行くか。モノは宿に戻ってレイさんのところに……」


 そう俺が言うと、モノはメイド服のスカートをぎゅっと握って、瞳に涙を潤ませてこくりと頷く。


「あ……ちょっと待った」


 行ってしまいそうになったモノの手を握って引き止めると、不思議そうな様子のモノの瞳が俺を捉える。


「……あー、その、寂しいよ。うん、寂しい」


 他の誰にも言わないような情けないことを口にすると、モノは少し驚いて、それから俺に笑いかける。


「えへへ、私もです。……いってらっしゃい」

「ああ、いってきます」


 軽く手を挙げてから、人を連れて港町へと向かう。

 それなりのメンバーを集めたことで、道中では特に苦労もせずに進むことが出来た。


 道中魔物が現れて、真っ先にフィナが飛び出しているのを見てレングが困った表情を浮かべる


「ロー。あの子……フィナちゃんだよな?」

「ダークブレイバー……いや、まぁ、そうだな」

「預かってる子を怪我させたらまずいだろ。何より、お前の婚約者で……」


 レングが「大丈夫なのか?」と俺に尋ねるが、今現在と魔物と接敵しているのをフィナ任せて俺に話しかけている時点で大丈夫とは分かっているだろう。


「なんとなく勘づいていると思うが、フィナは前世での知り合いでな」

「ああ……。転生ってよくあることなのか……?」

「さあ……。まぁ、俺よりも強いから問題はない」

「……確かに並大抵なことでは怪我はしそうにないが」


 フィナは魔物が吐き出した魔力の塊による攻撃を剣で斬り裂き、近寄って掴んでぶん投げる。


「なんか魔法斬ってるし……どういう原理の剣技なんだ?」

「決意の力である異能は意思の力である魔法に対して優位に立つ。フィナの身体能力は異能によるものだから、魔法に対して効果的なんだろう」

「……異世界の魔法ってズルいな。……まぁ強いのと、並大抵のことだと怪我しないのは分かったが……守ってやれよ」

「分かっている」


 溜めていた炎を氷の礫と共に弾丸のように撃ち出し、フィナが投げ飛ばした魔物を貫く。


 爆ぜる魔物を見て、この技は港町では使いにくいなと考える。

 威力が高すぎて無駄に建物を破壊してしまいそうだ。……出来ることならば、綺麗な状態で街を取り戻したい。

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