炎の龍をも焼き払う⑧

 増えすぎた冒険者をギルドマスターのレイに押し付けて数日、港町の最寄りに着き。


 俺が選りすぐった冒険者達の前に立ち、作戦の説明をする。


「今回の作戦は魔物から港町を奪還することだ。まず魔物が何故港町を襲ったかというと、正確な話ではないが魔物の生態によるものだろうと推測される」


 聞き齧りのことを堂々と胸を張って話していく。間違っていたとしても構わない。


「魔物は非常に大食いの生き物で、普段は人間を避けるが餌が枯渇すると餓死よりも人を食いにくることを選択する。気候の影響か近頃の港町での漁獲量は減っていたらしい。それは人間にとっても辛いことだが、同時に大食いの生き物である魔物にとっても同様だ。分かりやすく、魚が食えないから代わりに人間を食いにきたという話だな」


 この話自体はそれなりに有力な説として知れ渡っているのか、特に反応もなく進む。


「魔物が居座っている理由も、人間がいなくなっても人間が備蓄している食糧があるからだろう。つまり、穀物庫や魚の加工や保管をしている場所、あるいは畑などに多く魔物がいるだろうことが想定される」


 若い冒険者が拳を握りしめる。


「じゃあ、穀物庫に向かうんだな!」

「いや、そこは後回しだな。今回の作戦に参加するメンバーは精鋭揃いだが、数は少ない。正面からぶつかるのは得策ではない」

「じゃあどうするんだ?」

「可能な限り、負傷や死者が出ないように立ち回りながら魔物を減らしていく。さっきも言ったように魔物は普段は人を積極的には狙わないが、腹が減れば食いにくる。逆に言えば、腹が膨れている状態なら危険が迫っていると判断すれば逃げていくだろう」


 若い男は「なるほど……」と、頷く。


「魔物を倒せば、逃げるやつも出るから倒した分以上に数が減っていく。数が減れば戦いやすくなる。というわけで、一気に最大戦力でぶつかるのよりも少しずつ削った方がいい。相手は軍隊じゃないんだ」

「相手を少しずつ削るのは分かったんだけど、こっちの人数はなんで絞ったんだ?」

「一番の理由は、十人程度なら俺が確実に守ることが出来る。それを超えると咄嗟のときに守りきれない可能性があるからだ。加えて、こちらも飯やらの補給の問題がある。最大人数で一気に攻めてもはらぺこだ」


 他に疑問を持つものはいなさそうだと目を動かしてから話を続ける。


「今回の作戦では少人数でチマチマと削って行くことになるため、何度も部隊が進行したり下がったりと繰り返すことになる。そのため、今までの街道で作ってきた小屋を建設してそこで休むことを考えている」


 今まで小屋作りと港町の解放を何故同時にしていたのか、疑問に思っていた冒険者たちが得心が言ったように頷く。


「この街と港町の中間地点、その中間地点と港町の中間地点、港町の近くの地点、港町の中の市街地、と拠点を縦に複数作り、そこで補給をしたり休憩をしたり部隊の再編を行うことになる」

「どれぐらいの期間を想定しているんだ?」

「完全な掃討まではする必要がないというか、人数も人数だからしらみつぶしにするのは領軍任せになるから……大雑把に魔物と戦うとして、街を丸々二周ほど戦闘しながら歩くことを考えると……三週間程度だな。もちろん前後はするだろうが」

「……まるで掃除をするみたいな言い方だ」


 年配の男は感心と呆れを混ぜたような顔付きで俺を見る。


「まぁ、この面子ならば掃除とさほど変わらないと考えている。何重にも安全策は取るつもりだが」


 俺の言葉を聞いた自身のなさそうな男が手を上げる。


「あのー、精鋭というには、ちょっと能力的に足りてないやつが混じってません? 僕とか」

「戦闘能力だけでなく、生存性の高さと判断力、魔物の知識などを鑑みた結果だ。特に今回は戦うだろう魔物の種類が多く、その知識を持っている人物に期待している」


 言外に貴方を高く評価していると言うと、少し照れ臭そうに頬を掻く。


「いざというときに逃げ込む場所に戦闘能力が高い奴が控えてくれているのも安心出来るだろう。まぁそれに、適宜メンバーは入れ替えていく。今回突入するメンバーは状況の把握に優れた偵察部隊と考えてほしい」


 他に質問はあるか、と尋ねると、ベテランの男が口を開いた。


「あー、勇者様も参加すると聞いたんだが」

「……勇者?」


 …………フィナのことではないよな?

 初めて聞く単語に疑問を抱き、隣に控えていたモノに目を向けると、こそこそと耳元で囁いて教えてくれる。


「退魔の聖剣に選ばれたすごい剣士様のことです」

「こちらの世界版の津月みたいなものか。いや、特にそういった話は聞いていないな」


 勇者……ね。


 それから細かい話をしていき、夕方ごろに解散となる。


 なんとなく気になるのは勇者とやらの話だ。

 聖剣に選ばれた……か。それは物語のようでそれなりに好きな類の話ではあるが、やっぱり俺はそういうのよりも好きなタイプのヒーローがいる。


「勇者様が気になるんですか? 総統も案外男の子です」

「いや、別に憧れとかじゃないぞ? ……俺は選ばれてヒーローになるのよりも、なる必要なんてないのに自分で選んでヒーローになる方がかっこいいと思うからな」

「悪の総統なのにヒーロー好きなんですね」


 モノはおかしそうにくすりと笑い、俺はその言葉に大きく頷く。


「そりゃそうだ。悪党は大概の場合、正義の味方が好きなもんだ」

「ふふ、変なこと言います」

「変じゃないさ。前世でも、津月は俺の組織でもそれなりに人気があったからな」

「津月って……フィナさんですよね?」

「ああ、かっこよかったよ。まさに勇者って感じでさ」


 モノが「そうは見えませんが……」みたいな表情を浮かべてから、何かを言おうとして、急に驚いたように立ち止まる。


「とうっ!」


 と、格好つけた声と共に何者かが近くの屋根から俺達の前に飛び降りる。

 狐の仮面で顔を隠し、黒いフードのついたローブを深く被り、身の丈に合わない剣を腰に差した……小柄な人物。


「やあグラスフェルト。僕は闇の勇者、ダークブレイバーだ」


 フードの奥には白い髪が見えている。

 見覚えのある背格好で、聞き覚えのある声……。


「えっ、フィナ、急にどうしたんだ。なんかいないと思ってたら」

「フィナ……? 誰のことだい? 僕はダークブレイバー。闇勇者だ」


 びしっ、と、フィナ……ダークブレイバーが俺を指差す。


 モノは「本当にこの人がかっこよかったんですか……?」と疑うような目を俺に向ける。

 いや、うん……訂正したくなっているけど、あの頃のフィナは本当にかっこよかったんだ。本当なんだ。


「フィ……じゃなくて、ダークブレイバーさん、何の目的で俺たちの前に……?」

「ダークブレイバーは勇気あるものたちの味方……。助力しよう。諸事情あって、顔は見せられないがね」


 いや……完全にただのフィナである。

 呆れながら考えて、フィナのトンチキな格好はこの前、俺が「フィナの方が人気が出たら困る」という発言をしたからだと気がつく。


 ああ、フィナが助力しているとバレたら困るから仮面を被っているのか……。いや、無茶だろ!?


 急に仲間にダークブレイバーが参戦してきたらみんなびっくりするよ。だってダークブレイバーだぞ!?


「というか……冒険者が言ってた勇者ってフィナの変装のことかよ……」

「ダークブレイバーです」

「あ、うん。ダークブレイバー。……そもそもダークブレイバーってなんだよ……!」

「光だけではなく闇の力も使うようになったブレイバーです」

「そもそも元のブレイバーがなんなのか分からない」

「ブレイバーはブレイバーですよ」


 だからブレイバーはなんなんだよ……!

 俺のツッコミをよそに、謎の狐面の戦士ダークブレイバーが仲間に加わった。

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