炎の龍をも焼き払う⑦
「あー、では、新たな出会いと、作戦の成功を祈って……乾杯」
「かんぱーい! いやー、ただ酒とは豪勢だな!」
俺の元にやってきた冒険者と乾杯し、それからまたいつものように挨拶に回ろうとしたところをモノの小さな手に止められる。
「モノ、どうかしたか?」
「……いえ、えっと、その」
モノは何かを言おうとして、それから遠慮がちに首を横に振る。
「なんでも、ないです」
「あー……寂しい想いさせたか?」
俺が尋ねると、モノは迷ったような表情を浮かべてからコクリと頷いた。
「じゃあ、今日は大人しくするか」
「いいんですか? ……その、わざわざ、こんな会まで開いたのに」
「まぁ、最初の挨拶で十分だろ」
次々と運ばれてくる料理のうち、魚が使われているものを手にとってモノの前に置く。
「他に食べたいものとかあれば言えよ?」
「えへへ、主従が逆転してます。お世話は私の仕事ですよ」
「便宜上のものだからどうでもいいだろ」
少なくとも、俺はモノを使用人であるとは思っていないし、レングも妹のように思っているようだ。
「ダメです。総統はそこに座っていてください」
「ええー、まぁいいけど」
と答えると、モノは飲み物を持って戻ってくる。
「あれ、そういえばフィナさんはどうしたんですか?」
「そっちで拗ねてる。集めてきた情報をいらないと言ったら」
「グラスフェルトのあほー」
「いや……だから、手助けはいらないって。フィナは影響力強いんだから」
ミルクを飲みながら続ける。
「俺とフィナが同じことをしたら、間違いなくフィナの方が高く評価される。だからちゃんと仲間になる前には無理だって」
「むう……仲間……」
フィナは責任感の強さからくる自分だけ働いていないことへの居心地の悪さがあるのだろうが、ちゃんと仲間になるというのには抵抗があるのか悩ましそうな表情を俺に見せる。
「……一応言っておくけど、前に出て戦えとは言わない。炎の異能……戦闘の決意がなくなったんだろう」
「……なら、何をしてほしくて誘っているんですか?」
ぱちり、と、綺麗な瞳が期待するように俺を捉える。
酒場の喧騒の中、ここだけが静かで、ゆっくりと時間が進んでいた。
……当初、フィナと出会う前に津月が欲しかったのは副官としてだ。
けれど、生まれ変わってから……いや、おそらく前世で俺を殺したことで迷いが生じて異能力が使えなくなった。
戦うということ自体への強い疑念があり、それは俺の副官としては不適合なものだ。
今の津月は、フィナは……大して役に立つ人材ではない。
言ってしまえば、俺の無意味な感傷であり、不合理な気持ちの話だ。
それを踏まえて、彼女を見る。……やっぱり、津月凛音に似ていない。
ちょこりと座っている姿は、いつまでも俺にほんの少し怯えを見せるところは、見た目以上に幼く映る。
……一番は、罪悪感かもしれない。
彼女が俺を殺したことに罪悪感を持っているように、俺も彼女に殺されたことへの罪悪感がある。
もうそんなことがないように、仲間に引き入れたいというのが、今だろう。
……息を吐く。彼女の長く白い髪を見つめる。
「こんな……」
「こんな?」
「こんなおっさんが、好きだのなんだの、みっともないだろ」
一瞬、ぽかり、フィナは驚いた顔をして。
「今は子供なんだから、いいじゃないですか」
あまり子供っぽくはない表情でくすりと笑う。
「ご飯、食べましょうか」
「ああ、そうだな」
酒場らしく、酒に合いそうな味の濃いタレが付いた肉を頬張る。
口に入れたときに香る心地よい香辛料、タレには結構なとろみがあり噛むと柔らかく調理された肉から出た肉汁と混じって口の中に広がる。
スッと疲れた体の中に沁みるように感じるのは、おそらく日中歩き回って汗を流していたからだろう。
水を飲むとほんのわずかにレモンの風味がつけられていてこれも心地よい美味さがある。
「なかなか美味いな。いい店を教えてもらった」
と呟きながらモノの方を見ると、美味しそうにパクパクと頬張っていた。
「美味いか?」
なんて、食べている様子を見れば分かるのに問いかけてみると、モノはこくこくと頷いて、急ぐみたいに飲み込んだあと、ひとくちサイズに取り分けて俺の方に向ける。
「総統も食べますか?」
「あ、いや、ねだったわけではなくて……。いや、いただこうか」
俺がそう答えると、モノは嬉しそうに俺の口にそれを近づける。
「あーん」
「えっ、いや……あ、あーん」
されるがままに食べると、こちらは魚の旨みを活かしたような薄めの味付けで、これもこれでいい味だ。
……酒が欲しくなるな。と、考えているとフィナが俺の方をじとーっと見ていた。
「私もあーんってしてあげますね」
「えっ、いや、フィナが食ってるの俺と同じだし……」
「はい、あーん」
こ、子供相手に張り合うなよ……! と思いながらも口を開けると喉の奥に押し込まれる。不器用……!
「あ、総統、ほっぺにソースが付いてますよ」
モノは俺の口の端を指先で拭ってそれを舐める。
「む、むぐぐ……。次、次は私がそれをしますからっ」
「いや、取り合うようなものではないだろ……」
そう言いながら食べ進めていくも、フィナが俺の方をジッと見てきてすごく食べにくい。
「なんでそんなに食べ方が綺麗なんですか……!」
「いや……今世は貴族だし、前世でも会食多かったから……」
「くっ……」
「というか、フィナは貴族なのになんで普通に口の周りが汚れてるんだ。ほら、こっち向いて」
「むぐー」
フィナの口の周りを拭くと、フィナはいいことを思いついたみたいにポンと手を叩く。
「ソース、ほっぺにつけますね」
「なんで……?」
「ソースをほっぺから拭いたいからです」
「本末転倒って言葉知ってるか……? そもそもなんでそれにこだわるんだよ」
「だって……グラスフェルトが、かわいいメイドさんとイチャイチャしてるので」
「してないよ」
俺の言葉にふたりとも驚いた目を俺に向ける。
「し、してなかったんですか!? 総統」
「なんでモノが驚いてるんだ……」
「いえ……むむぅ……」
年頃の女の子って難しい……。と、考えていると、モノはお腹がいっぱいになったのか、少し眠たそうに俺の方に寄りかかる。
肩にかかる重さが、以前よりも少し重いことに安心感を覚えた。
「……総統」
「ん、どうした」
「……情報提供、仲間からなら受け入れるんですよね」
「まぁ、そうだけど……。モノと俺って四六時中一緒にいるし、同じ情報しか持ってないだろ」
俺の言葉を聞いたモノは、覚悟したように俺を見て、ポツリとこぼすように言う。
「……赤い龍。炎の龍を……見ました」
「それは……」
モノの指すそれは間違いなく、モノがその目で見たものだろう。
よほど恐ろしかったのか、口にするだけで顔が青くなって、手足が震えている。
「……龍、か」
俺はその冷えた手を握って、そっと温めるように包む。
「ありがとう。……モノ、俺は強いよ」
こくり、モノは頷く。
「分かってます。でも、その……」
「怖いか」
「……はい」
「……ありがとうな。そんなに、俺がいなくなることを怯えるほど大切に思ってくれて」
炎の龍というものへの知識は当然なく、勝てる算段を立てるとかそれ以前の話だ。
まぁ、港町を解放するのに俺とレングがいたらなんとかなるとレングが考えているようなので、実力で劣っているとは思わないが、けれども、保証は何もない。
けれどもヘラリと笑ってモノに言う。
「大丈夫だ。モノを置いて死ぬわけないだろ。……そうだな。ハンバーガーが食べたい。近くの街で待っといてもらうことになるから、宿屋でさ、また作ってくれ」
「……はい。はいっ!」
よしよし、とモノの頭を撫でる俺を見て、フィナは何かを決心したかのように頷いた。
「……グラスフェルト。私が協力しちゃダメなのは仲間になってないからで、でも、他の人なら仲間になってなくても協力していいんですよね?」
「ん? ああ、まぁ、今の参加者はモノ以外は組織の人間じゃないしな」
「分かりました。で、あれば……構いません」
どうしたというのか。
フィナは長い白髪を紐で縛って気合いを入れた表情を浮かべてからモノの頭を撫でる。
「大丈夫ですよ」
そう口にしながら微笑んだ。
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