炎の龍をも焼き払う⑥

「ローレン・ファル・アストロ様……」

「ああ、この前ぶりだな」


 この場で会ったのは偶然だが、ギルドマスターの女性にはそう思えなかったらしく、まるで俺の言葉に対して身構えるような態度を取る。


 この勘違い、都合はいいか。


「俺の名前が分かるということは、この街の冒険者から聞いたのか。悪いな。前は事情があって名乗ることも難しかった」

「いえ……あの、ローレン様は、何故こちらに」

「ああ、単に通り道というのもあるし、前に世話になったからな」


 ギルドマスターの女性の表情が固まる。


「ああ、いや、あの冒険者のことじゃないぞ。気にするほどのものでもない」


 少し早合点が多いのは、思考が早く最悪を回避するリスクヘッジが出来ているからだろう。


 こういう頭が良く臆病なタイプは、実のところ少し苦手だ。


 警戒心が強く、周りが熱に浮かされれば逆に冷めていく性質。純粋な頭の回転がいいとか、勉強やらが出来るなどとはまた別種の、客観性が高いという系統の賢さ。


 こういう流されない頭の中いい人間との一番楽な交渉方法は……まぁ脅迫だ。


 リスクを嫌うから争いたがらないだろうし、脅迫した上で見返りも渡せばそれなりに納得もしてくれる。


 だが、そういうのは津月……というか、フィナが怒るよなぁ。でも効率を考えれば……。


 少し考えて首を横に振る。


 考えろ。この人が興味を引きそうな話題を。

 一秒、二秒。


「……鉄道。というものがある」


 三秒、四秒。少し会話のテンポも入りもおかしいが、許容範囲だ。


「鉄道? それは……何の話ですか?」

「レイさんの欲しがっている「答え」の話だ。ここまで来たら、隠す必要もない」


 彼女の勘違いに乗っかるように話を始める。


 この人の俺に対する警戒を最大限に利用する。超越的な存在、曖昧な言葉とハッタリと虚勢によりそれを思わせろ。


「答え、とは……」

「疑問があるのだろう。どうして……と」


 ギルドマスターの女性は眉をひそめる。その反応に、俺は身体から冷や汗を垂らしながらも首から上だけは反応しないように表情を作る。


「蒸気機関ってものがあってな。まぁ簡単に言うと……いや、今その説明は必要ないか。巨大な自走するトロッコとでも言うか」

「……トロッコ。それがどうしたんですか?」

「単純に、大量のものが高速で輸送出来るという話だ。人も物も」


 彼女は押し黙り、それから俺をスッと見据える。


「それは……どれほどのものなのですか」


 ……ことのほか実直だな。

 分からないことを分からないと言えるのは美徳だ。


「そのままの意味で世界が変わる。ほぼ全ての現行の問題が解決すると言っていい」

「……冒険者の殉職率もですか」

「ああ、かなり直接的に解決できるな。今までは多少無理な戦いにも挑ませることになっていたが、輸送が簡単になれば適切な実力のものが挑めるようになるし、人の行き来が増えて技術の伝来が多くなればそもそものレベルが上がる」

「……病気とか」

「知り合いが病気なのか? 即効性はないから、直接その人物に恩恵はないが、病気の治療法などの研究は飛躍的に進むだろう」

「飢饉などは」

「一番恩恵を受ける分野だな。農業にせよ畜産にせよ、一箇所で作った方が分散して作るのよりも効率がいい」

「……欠点は?」

「正直者だな。分かっていないことを隠すつもりがない。だから、高く評価している」


 そう言ってから、女性の方を向き直す。


「まず、馬鹿みたいに金と時間がかかる。鉄のレールを長々と敷くわけだしな。大まかな作りは知っているが細かなことは俺も知らないから、ここから研究も必要になるだろう。採算が取れるようになるまでかなりの時間がかかる。次に燃料やら鉄やらを大量に掘ることによって起こる環境の破壊、加えて人工が爆発的に増えることによる諸問題と、分業の活性化に伴う格差の拡大。……と言っても、今問題になってることじゃないからイメージは湧かないか」


 長々と語って、それから頭を掻く。


「一言で言うと「近代になる」というところだ」

「近代? それはまるで……」


 と、そう言ってから彼女は深く考え込む。


「少し無駄な話をした。……まぁ、今の話は忘れていい。肝要なのは俺があなたを高く買っているというだけのことだ」

「……なるほど」

「今回の件は、既に成功したと言っていい。充分な戦力と士気、加えて後方の支援まで含めて。だが、問題はある、表に立っている俺とレングは嫡子ではない貴族の子弟で、長兄が家督を継ぐまでにあまり功績をあげすぎるのもまずい」


 俺の適当な言葉を真剣に聞いたレイは合点がいったように「なるほど」と呟く。


「立役者がほしい。名前ばかりのお飾りでも構わないが。だが、けれども、せっかくならば善良で優秀なものがいい」

「買い被りです」

「もっと適切な人物がいるなら別にそれでも構わない。そもそも「無給で働いて手に入るものは栄誉です」なんてものに乗るやつばかりとも限らないから無理にとは言わないが」


 まぁ、本音はこのまとまりのない部隊の隊長を出来るやつが俺以外にいないのでなんとしてでも押し付けたいところなのだが、まさか「失敗してもいいから余った人手を預かって」なんて言えるはずもない。


「……少し、考えてもいいですか?」

「ああ、もちろん……と、言いたいが、あの人数だと街に滞在するのもそれなりの苦労だ。今日の夜というところで」

「……はい。どちらに向かえば」

「……そうだな。話は変わるが、オススメの店は知らないか? 美味いところがいい」


 彼女はキョトンとして、俺を見返す。


「ええっと、レストランでしたらあちらに……」


 その方向を一瞥し、土地勘がないのでどこらへんのどの店かが全く分からないまま首を横に振る。


「いや、高級店じゃなくてな。実のところ素寒貧でな。この前の地龍の報酬がないと明日の飯にも困るありさまだ」

「……大衆店、ですか。でしたら」

「ああ、出来たら安くて美味いところ。あと、酒を飲んで騒いでも平気なのとそれなりの人数が入れる。ああ、あと……魚」


 魚という言葉に、彼女は首を傾げる。


「好物なんだ。魚が置いてる大衆酒場がいい」


 俺の言葉にモノが照れた様子を見せて、女性は「貴族相手にそんなところを紹介してよいものか……」と戸惑いながら地図を書いて俺に手渡す。


「案内しましょうか?」

「いや、いい。流石に昼間から酒場にはいかない。この前はあまりゆっくり出来なかったから、今日は散歩でもするさ。ああ、報酬は夜にこの酒場に」


 俺はそう言ってからその場を後にする。

 少しして、トコトコとついてきているモノが俺の手を引く。


「総統、もっと説得しなくてよかったんですか?」

「いや、あれで十分だ。もう断るのは無理だ」

「えっ、でも、総統は断ってもいいって……」

「方便だ。状況的に、もう断るのが不可能になっている」

「んぅ?」


 これから人を集めて適当に宴会のようなことをして、その騒ぎの中だと断らないだろうという算段だ。


 ダメ押しに報酬の金をそのまま支払いに使って「ギルドマスターの奢りだ」みたいな適当なことを言って注目を集めたら断りにくいことこの上ないだろう。


 そして……彼女はそれが分かった上で考える時間がほしいと言った。


「まぁ、それに、別に他に候補が全くいないというわけでもない。それより、宴会の準備だな。とりあえず、この店に行って何人までいけそうかを聞いてこよう」

「はい。総統。……あんまり悪いことしちゃダメですよ?」

「ああ、分かってる」


 地図に従って店に向かい、店主と話して宴会の段取りを取り付ける。


 ……これはあくまでも親交を深めたり士気を維持するためのものだが……少し楽しみだな。

 前世では、仲間と集まって騒ぐということはなかなか難しい状況だった。少しぐらいなら楽しんでもバチも当たらないだろう。

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