炎の龍をも焼き払う④
ふたりして寝落ち、別にそれまではいいのだが……。問題はその体勢というか、姿勢にあった。
「……むにゃむにゃ、グラスフェルトぉ」
「……フィナ。おい、フィナ」
目を覚ました俺は目の前……本当に、息がかかるほど、すぐ目の前にフィナの顔が見える。
…………おっさん達のくすくすという笑い声が聞こえてきて、そちらを見るとまるで子供が仲良くしているところを見るかのような微笑ましそうな表情を俺達に向けていた。
さっとフィナを引き剥がそうとするが、完全にホールドされていて逃げられない。
「力つよっ!?」
成長を阻害しない範囲で鍛えていたはずなのに、年下の女の子の寝ぼけに負けている。
いや……昔の津月は確かに腕力が半端なかった。日本なのに剣を握って戦ってたし、電柱を振り回したり、車とかデカい岩とかぶん投げてたゴリラだったけど、今はそもそも肉体がゴリラではないのでそんなに力が強いのはおかしいだろう。
「はいはい……。離れたくないからってそんな嘘を、ローレンの腕力は大人顔負けってことぐらい知ってるからな?」
「違うからな。そういうんじゃなくて、マジで力が強すぎる」
「全然抵抗してないじゃん」
「人類を諦めさせるには充分な腕力なんだ」
いや……本当に、下手に抵抗したらプチって潰されそうな感じがする。
それなりの関係の女の子との同衾で得る感情か? これが。
しばらくされるがままにしていると、フィナの目が開いて俺と目が合う。
「ふぇ……グラスフェルト? ……どうしたの?」
寝ぼけているのかふにゃふにゃとした様子で俺を見て……。
「ひゃっ!? なな、なに!? 夜這いですか!?」
バッと俺を突き飛ばし、俺の体はボールのように吹き飛ぶ。
むしろ抱きしめていたのはフィナの方だろうという理不尽をその身に感じながら、近くの木の枝葉に突っ込み、その中の太めの枝に引っかかる。
「ぐ、グラスフェルト!? だ、大丈夫ですかー!?」
「……この状態で俺の心配をするのはマッチポンプじゃないか?」
俺は太めの枝に引っかかりながらもフィナに突き飛ばされた衝撃が止まりきらずに、引っかかった枝中心にぐるんぐるんと回転しながら突っ込む。
やっぱりフィナの力はおかしいよ。
◇◆◇◆◇◆◇
「す、すみません。グラスフェルトも長年の気持ちが抑えきれなかったのかと……勘違いしてしまって」
「……グラスフェルト「も」?」
俺が尋ねるとフィナはブンブンと首を横に振って「なんでもないですっ」と否定する。
なんなんだいったい……。
俺たちが寝ている間にも小屋の建設は進み、あらかたのところまでは完成していて、今はその中の具合を確かめているところだ。
急造用の設計ではあるが、その割にはそれなりに立派なものだと思う。
見張り台もあるし、雨風も防げるので、寝袋や簡易的なテントよりかは身体も休まるだろう。
「それにしてもフィナ……なんでそんなに馬鹿力なんだ? 鍛えたのか?」
「いえ……転生してからは全然ですけど、なんだか不思議と力持ちですね」
「いや……流石におかしいだろ。……まぁ前世からおかしかったけどな、細腕なのに怪力で。津月だからそういうものかと思っていたが……」
前世から困らされていた怪力、それが今世にも持ち越されたということは肉体の持つものではなかったのだろう。
そうするとおそらくは……。
「異能力、か。まぁ、津月は他の異能力者に比べて燃費が悪かったからな。アクティブの火炎の力に加えて、パッシブの肉体強化みたいな力も持っていたとするとそれなりに説明はつくか」
「異能力ってふたつも持てるものなんですか?」
「聞いたことはないが、理屈上はあり得るだろう。ただ、異能力ひとつ分の決意でさえ人生がめちゃくちゃになるのに、もうひとつもあるとしたらマトモな人生が歩めないだろう……というか、そんな精神の人間は絶対にすぐに死ぬ」
異能力の副作用……というか、異能力を手に入れる条件の「決意する」は本当に融通が効かない。
俺の「戦う意志」は戦いから逃げて平穏に暮らすことが出来なくなる……というか、決してそれを選ばないからこその決意なのだ。
ハッキリ言って、歪められない行動規範をひとつ持つだけでも、マトモに普通の人として暮らすことが困難になるのにそれがもうひとつというのは……強いとか弱いとか、それ以前のところで生きていけないほどだろう。
フィナは小さな手をぐーぱーと動かして、それから俺を見る。
「特に……そんなに決意とかしてないんですけど」
「じゃあ生まれつきゴリラなんだな……」
「ゴリラじゃないです。グラスフェルトは失礼なやつです」
「勘違いでぶっ飛ばしといて……。まぁ、いいや、異能力は現代の科学でもそのほとんどが解明されていないブラックボックスだ。こちらの世界だとそれ以上に研究しようがない。一生かけても既知のこと以上はしれないだろう。考察のみに留めておくべきだな」
フィナはコクリと頷く。
「……僕、おほん、私も何かお手伝いしましょうか?」
「ハンバーガールになる決意をしたのか?」
「なりません」
キッパリと断られた……。
俺はボリボリと頭を掻いて首を横に振る。
「なら必要ない」
「なんでですか? それなりに急いでいるんですから、人手はほしいですよね?」
「……フィナは、津月は魅力的だからな。参加されるとせっかく集めた人気が掻っ攫われる。それに、婚約者としても面白くない」
俺がそう言うとフィナは少し驚いてから、照れ隠しのように笑う。
「まったく、グラスフェルトはこんな小さな女の子に独占欲を抱いているんですね。ロリコンさんです」
「……俺がロリコンならフィナはショタコンになるぞ。とにかく、組織に参加していないフィナが出るのは不都合が多い。今回の作戦に参加したのはあくまでも、俺はフィナの勧誘、フィナは俺の監視と目的が噛み合ったからだろ。それ以外は求めていない」
「むぅ……なにもしないのは少し居心地が悪いです」
……意外だな。
再会したフィナはどうにも元気がなかったように思えたし、フィナの父の様子を見るに「口を開く」ということさえ驚かれる生活をしていたようなのに……食い下がるぐらいやる気を見せられたのは。
俺と再会したことで元気が出た……というと、語弊があるか。
俺を殺したことでずっと気に病んでいたが、本人からの許しが出たことと、場合によっては自分が俺を止める必要があるという使命感からやる気を出したというところだろう。
「……はあ」
「どうしたんですか?」
「いや、転生して、いままでのしがらみはなくなったというのに、変わらないなと思ってな」
「……むう」
「婚約者ではあるかもしれないし、まぁ……気恥ずかしい話だけどお互いに恋慕しているのかもしれない。けど、まぁ、俺も津月も、婚約を優先するようなたちでもなければ恋愛を優先する人間でもない。……だから、まぁ、敵対関係は続きそうだなと。勧誘は断られるし」
フィナは少し目を伏せて、それから少し嬉しそうに頷く。
「嫌いじゃないですよ。グラスフェルトの敵になるの。……しばらくは、恋人で敵のままでいましょう。……なんなら、また戦いますか?」
「戦う意味もないだろ」
俺がそう断ると、フィナは冗談のつもりだったのかくすくす笑う。
「……でも、今も変わらないんですよ? グラスフェルトが無茶をしたら止めたいって思ってます」
「……そりゃ敵だな」
「敵です。ですから、終わって帰ったら、何がなんでも休ませますからね。覚悟してくださいね」
このことが終わってもまだ家に帰らないつもりなのか……と、少し笑うと、彼女も同じようにくすくすと笑う。
……ああ、なんというか。……愛しいのだろう。彼女のことが。
今も昔も変わらず……俺の野望を止めようとする敵なのに。
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