炎の龍をも焼き払う③

 食事の片付けも終わり、夜の見張りを買って出て少し見晴らしのいい場所で火の蝶で視界を確保する。


 モノは寂しがりだからか俺の膝を枕にして毛布に包まり、フィナもおとなげなくそれに対抗してか同じように反対側の膝を枕にしていた。


 ……暇だが……そろそろか。


 冒険者のひとりがムクリと起きて、キョロリと周りを見回してから少し離れた物陰にいき、少しして戻ってくる。


「ローレン様、見張り代わりましょうか?」


 冒険者の中でも少し線の細い男が俺を見てそう言う。


「ローレンでいいですよ。レオさん……あ、まずい、敬語で話してしまった」


 俺がそう言うと線の細い男は少し驚いた表情を見せる。


「あー、すみません。これでも貴族なんで、あんまり丁寧に話すのはまずいんですよね、秘密にしておいてもらえますか?」

「……ああ、まぁそうですよね。こっちが無礼をしてはいけないように、お貴族様もあまり下手に出てはよくないものですよね」


 レオに向かってはにかんで見せると、彼は俺の隣に座って息を吐く。


「冒険者にしても、職人にしても、荒っぽい人が多いですけど、平気ですか?」

「まぁ、そう接してもらえるのは仲間と認められているからですよ。……レオさんは、なんで冒険者に?」


 と、言ってからレオが口を開く前に軽く頭を下げる。


「ああ、すみません。踏み込んだ話を。……ただ、他の人と雰囲気が違って……自分と近いものを感じたので、少し不思議で」

「……片田舎の商人の倅なんで、貴族なんて大したものに近くはありませんよ。ただ、家業を継ぎたくなくて飛び出したドラ息子です」

「……よかったじゃないですか」

「えっ?」

「ここにいるということは、家から出て自分の利益よりも優先したい仲間が出来たということでしょう。たぶん、それが正解なんだと思います。……こんな子供に言われても、かもしれませんが」

「……いえ、そうですね」


 レオはぺこりと頭を下げて去っていき、しばらくするとまた別の冒険者がむくりと起きる。


「おー、ボンボン、見張りかぁ? 貴族の割に自分の脚を動かして、なかなか見どころあるじゃねえか」

「あー、誰がボンボンだよ。俺のことはローレンって呼べ。ほら、敬え敬え」


 男はガハハと笑って俺の頭をゴシゴシと撫でる。


「坊を敬うにゃあ、ちょっと背丈が足りねえな、肉食え、肉を」

「食っても伸びねえんだよ。はー、もうちょいデカけりゃ、格好もつくのによー」

「まぁまだまだデカくなるよ。……んで、目的はなんだ?」


 豪快な男はずいっと俺に顔を近づける。

 他の連中よりもいくらか年上のこの冒険者はずっと一歩引いて俺を観察していた。


 この場にいるのも、俺の小屋計画に賛同したというよりかは、俺に裏の目論見がないかを疑ってのことだろう。


 俺は数秒時間をおいてから、「降参」とばかりに手を上げる。


「やっぱなんかあったか。演説もちょっと強引だったしな。んで、何が目的よ」

「あー、見りゃ分かるだろ」


 ぽすぽすと寝ているモノの頭を撫でる。


「この子、あの港町にいたんだ」

「……惚れた女のためってことか。男じゃねえか」

「ふん、違うけどな。まぁ、想像に任せとくよ」


 男は俺の言葉を聞いて納得したように自分が寝ていた場所に戻っていく。


 またしばらくすると、今度は大工の男が目を覚まして、炎の蝶に目が向いて俺の方にやってくる。


「ああ、旦那。歩き通した上に建築作業と、無理をさせている」

「その分、金をもらってるんで」

「……金だけの話でもなさそうだけどな」


 俺が目を向けずにそう言うと大工の男は「ふん」と鼻を鳴らす。


「実はな、ある計画を練っていて、旦那の見解を聞きたい。冒険者用のテントのデカいやつを作れないか、一年程度立てっぱなしで保つようなものを」

「テントで一年? 随分と無茶な話だ」

「レングの魔法を見ただろう。あれで堀を作れば壁の代わりになる。だが、肝心の家の用意が難しい」

「……開拓用、ということか」

「ああ。テント……というか、簡単に建てられる家。今回の小屋の性能をあげたようなものを作りたい。……正直なところ、馬鹿なガキの夢想であると自分でも思っている」

「……なるほどな。考えておく」

「ありがとう。こんなバカな話を真面目に考えてくれる、頼れる人は旦那しかいなくてな」

「……ふん」


 大工の男が去っていったのを見て、よし、と頷く。

 とりあえず三人……それなりの好感を稼げたな。何人かに、食事のときにそれとなく飲み物を進めて夜に目を覚ますように誘導したが良い成果だ。


 そんな風に考えていると、膝の上で寝ていたフィナが寝返りを打ち、ぱちっと目を開けて俺の方をジトリとした目で見る。


「……人によってキャラ変わってません?」

「津月……じゃなくてフィナも人によって態度変えるだろ?」

「変えませんけど」

「ええ……じゃあ前世で、俺と親に同じ態度だったの……? 名前を呼んで叫んだりしてたのか……?」

「はい。よく「津月富雄ー!」って叫んでました」


 津月のお父さん富雄って名前なんだ。微妙に知りたくなかったな、富雄のこと。


「まぉそれは置いておいて、程度問題があります。あまり、そうやって人間関係を操作しようとするのは誠実ではありませんよ。止めるほどでもないですけど」

「置いておく話題にしてはデカすぎないか、富雄のこと」

「富雄は偉大な男なので確かに大きいかもしれませんね。聞きますか? 富雄の話を」

「富雄の話はいいとして、俺のは上手くやるためだし、満更嘘ってわけでもないからお目こぼししてくれ。誰かを不幸にしてるわけでもないだろ」


 フィナは「むう」と言ってから、また目を閉じる。どうやら、許してくれるらしい。


 よし、と、考えてから、また同じように目を覚ましたやつと話していく。



 ────


「ローレンはなんでこんなことをしてるんだ? 俺たちに散々「利益がない」と言ってたけど、一番得がないのはローレンだろ?」

「……気恥ずかしいけど、憧れかな。物語の英雄に一番近いのって、冒険者だろ?」

「へへ」



 ────


 こうして俺は……。


 ────

「やっぱさぁ、女ってのは、ケツよ、ケツ。分かるか? 坊主」

「いや、その内面……気高き精神こそが大切なのではないだろうか」

「すげえ性癖してるな……」」

「性癖ではない」


 ────


 冒険者達と打ち解けていくのだった。


 ────


「おっかさんに楽をさせてえだ……!」

「坊主……!」


 ────


「やれやれ、イタズラな子猫ちゃんだ。かわいいやつめ」

「も、もう、ばかっ!」


 ────


「世界を救いたい」

「出来るさ、ローレン……。お前なら」


 ────


 バッとフィナが起き上がって俺を見る。


「聞くに耐えない……っ!」

「うおっ、どうしたんだ、フィナ」

「どうしたもこうしたもないです! だれから構わず良い顔をして……不健全です、よくないです! あとなんか途中でおっさんがおっさんに「かわいい子猫ちゃん」みたいなこと言ってませんでした!?」

「法には触れてないからいいだろ……」


 フィナは手を大きく動かしてバンバンと俺を叩く。


「痛い、痛い、やめて……。前世でボコボコに殴られたトラウマが……」

「グラスフェルトには僕という婚約者がいるんだから、他の人にかわいいとか言っちゃダメです!」

「出てる、出てる! フィナの中の津月凛音が出てるから、落ち着けっ!」

「というか、おっさん同士で「かわいい」とか言うのだいぶあれですよ!?」

「落ち着け津月……。女の子も女の子同士で「かわいい」「かわいい」と言い合うだろ……。それと同じで、おっさんもおっさん同士で「かわいい」と言い合うものなんだ」

「おっさんっておっさん同士で「かわいい」って言い合うものなんですか!?」


 フィナの言葉に頷く。

 フィナは混乱した様子で「おっさんってそうなんだ……」と呟き、もぞもぞと俺の膝の上に戻っていく。


 そろそろ俺も疲れたな……と考えていると、遠くの地平に明るみが差し込んで、他の冒険者たちもその光に反応してもぞもぞとひとりずつ目を覚ましていく。


「……グラスフェルト。ずっとグラスフェルトの話を聞いてたら朝なんですけど」

「それは俺のせいじゃないだろ……。モノはちゃんと寝てたし……あー、俺ももうキツイ」


 朝日の中、他の人が目を覚ましたのを確認して、軽く挨拶をしてからぐったりとその場に寝転がる。

 ……思ったよりも冒険者や大工達にやる気がありそうだし、起きるころには完成していそうだな。

 それから次の街まで向かって……予定よりも半日遅れ……まぁ、実質的には泊まる日が一日増えることになるので一日遅れだが、どうにかなる範囲だな。


 とりあえず今は、寝よう。夜中の間、ずっと話していたせいで疲れた。

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