炎の龍をも焼き払う①

 親父にどちゃくそ怒られてから数日。レングとモノを隣に、少し後ろにフィナを連れて、多くの冒険者や商人や職人を連れて街の外で立つ。


「よし、集まってくれたみんな。まずは礼を言おう。ありがとう。ここに集まってくれた奴等は、そのひとりひとりが自分の利益よりも仲間達を守りたいと思う誇り高き英雄だ。そんな奴等と共に行動出来ることを、俺も誇りに思う」


 反応は悪くない……が、似たような話ばかりで飽きさせてきたな。

 まぁ今回は適当に切り上げて……と、考えていたところ、冒険者達が何かに反応を示す。


 見たことのない魔物だな。

 デカい人型のツノが生えた魔物を見て、運がいいと内心で思いながら前に出る。


「お、おい、坊ちゃん!?」

「いい、下がっていろ」


 魔物が振り下ろした粗雑な作りの棍棒をすり抜けて、太った腹に手をかざす。


 パキリ、冷気が音を立てて魔物を捉えてその表面を凍らせていく。


「──氷魔法」


 誰かがそれを呟いたのを確認してから、指先から炎を生み出して魔物に着火する。

 魔法は異能の炎により燃えやすいという特徴から、魔物を覆っていた氷と冷気が一気に燃え上がって魔物を焼き尽くす。


「氷と炎……?」

「二属性……って、あり得るのか?」

「あんな子供が……オーガをあっさりと!?」


 ドサリ、と、倒れた魔物を見て、それから腕を振り上げる。


「挨拶はこの程度にしておくか。また乱入者がきても面倒だ。……いくぞ!」

「おおおお!!」


 威勢のいい返事を聞きながら一番戦闘を歩く。

 内心、覚えたばかりの魔法が上手くいったことに安堵しながら、多くの人や荷を引いている馬を引きつれる。


 ……実のところ、俺が今使った魔法は完全に見栄と演出のためのハッタリである。


 氷属性の適性があると判明して、一夜漬けで覚えたはいいが、現状だと冷気を雑に放出することしか出来ない。


 攻撃を防ぐことも出来ないので身体能力で躱して、遠くに飛ばせないので直接触れる必要があるし、瞬時に凍らせる威力もないので相手が動くのよりも前に異能の炎で仕留める必要がある。


 ……というか、ぶっちゃけた話、魔法とかなしに異能の炎で焼いた方が強いのが現状である。


 今回はあくまでも「俺たちが着いていっている人物は特別なすごい存在である」と思わせることで、「この人物から褒められることは栄誉である」と判断させる。


 世間知らずの坊ちゃんの手伝い、と、英雄の仲間として戦うなら明らかに後者の方がモチベーションも上がるだろうし、脱落者も減るだろう。


 初手は上手く行った。

 これからまず、馬に引かせている木材を早めに消費したいので真ん中よりも少しこちらの街に近い場所で建築……人数にものを言わせて突貫でもなんとかなるだろう。


 ……それにしても眠い。昨日、徹夜で魔法を覚えたせいでフラフラする。後で隠れて休むか。


 ひとりひとりに声をかけていき、軽く雑談してから馬が引いている木材を積んだ荷車に乗り込んで丸まる。


「そうとー、大丈夫ですか?」


 そんなモノの言葉に手を上げて返事をして、そのままグッタリと意識が薄れていく。……ハッタリのために必要だったとは言えど、無理をしすぎたな。



 ◇◆◇◆◇◆◇


「魔法を覚えたい? いや、ローはもう使えるだろ」


 本を読んでいたレングに頼みにいくと、レングは本を閉じながら不思議そうに俺を見返す。


「いや、あの炎は魔法ではなくて異能力……全然違うもので、俺は魔法に関してはほとんど知識がない。可能であれば土とか岩を操るみたいなのが覚えたい」

「異能力……? あー、土属性が希望か。いやー、どうかな。ローって土属性っぽくないんだよな。火か風か闇……まぁ、光属性も候補か」

「どういうことだ?」

「いや、属性って一人につき一つだからな。あと、意思の力だからか割とその人物の性格で属性が判別出来るんだ。熱血っぽいから火とか、行動力があるなら風とか、悪っぽいなら闇とか、逆なら光とか」


 レングから行動力はあるが考えなしのアホと思われていることは分かった。


「土とか水は?」

「水は俺みたいに誠実で義理堅いイケメンだな。土は慎重というか、まぁ真面目って感じの」

「そうなると、俺は水か土ってところだよな」

「水属性は誠実で義理堅いイケメンだから違うな。土属性は借金をしない」

「具体的すぎる特徴があるな、土属性。魔法が使えない可能性はないのか? 使える人の方が少ないんだろ?」

「家系的には使えると思う。適正は遺伝するしな。まぁ、教えるのはいいけど、そんなすぐには絶対に使えるようにならないぞ。普通半年程度はかかる。俺はイケメンだから一月で覚えたが」

「イケメンって物覚えもいいんだ。……まぁ覚えるよ。明日の旅立ちまでに」


 レングは「いや、無理だろ」という表情を浮かべるが、まぁダメ元でもやった方がいい。

 戦いに使えるかは別としても、冒険者の気を引くにはいいものだ。


「まぁ、とりあえず属性から調べていくか。氷属性だけはなさそうだな」

「氷?」

「あー、なんか冷血漢というか、冷たい感じの奴が多いな」

「ふーん、そうなのか」


 まぁ、話半分ぐらいで考えておいていいだろう。

 やはり異能が炎なので火属性になるのか。それともまた別か……。気合いを入れて、レングに向き合って頭を下げる。


「よろしく頼む」

「ああ、まぁ、一年以内に覚えられたら及第点だ」


 レングは手の上に水の球を発生させ、俺に笑いかける。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 ガタリ。揺れた感覚で目が覚める。

 思っていたよりも眠りこけてしまったな、なんだか寝心地がよくて……。


 いい匂いがして、柔らかい。


「総統? 起きちゃいました?」

「ん、んぁ……?」


 目を開けると、俺を見下ろしながら微笑むモノの顔が見えて、数秒ぼーっとしてしまう。

 ああ、なんか柔らかいと思ったらモノのふとももか。


 気持ちいいな……太陽の方向からして、まだそんなに経ってないはずなのにかなり回復した感じがする。


 ……ん? モノのふともも? ……硬いところで寝ていたからそれを見かねてのことか。

 …………フィナに見られていたらどうしよう。


 いや、まぁ婚約者ではあるけど恋人というわけでもないし、そんなに気にしなくとも……そもそも見られているとも限らないしな。


 と、考えながら身体を起こすと、白い髪が綺麗な少女がじっとこちらを見ていた。


「……」

「……」


 じっとこちらを見ていた。


「……あの、フィナ……さん?」

「なんですか」

「いや、これはですね」

「……別に気にしませんよ。こんな小さな子に嫉妬するほど子供じゃありま……グギギギ」


 取り繕えてない……!

 俺が謝ろうとすると、モノが俺を引っ張って自分の膝の上に戻す。


「総統。お疲れなんですからもう少し休んでいてください」

「い、いや……モノにも悪いから」


 も、モノさん? と俺が少し驚いていると、モノは俺の頭を撫でて微笑む。


「私は総統のメイドなんですから、お膝ぐらいいくらでも貸しますよ?」

「うぐぐぐぐ」

「いや……婚約者の前であんまり別の女の子とくっつくわけには……」

「むごごごごごご……」

「ほら、フィナの中の津月凛音が出てきてるだろ」

「どういう意味です、それ」


 大人しそうな深窓のご令嬢みたいな美少女の容姿に生まれ変わったのに表情の作り方が津月になっているという意味だ。


「はあ……グラスフェルトはそういう人ですよね。前世でも可愛い子に囲まれてましたし、可愛いメイドさんを侍らせるぐらいしますよね」

「誤解だ。いや、マジで誤解だ。というか、前世で俺の側近ってほぼおっさんだっただろ」

「嘘です。街で可愛い子を数人連れてました」

「街で……? あ、いや、あれはたまたまで……! というかよくそんなの覚えてるな!? もう10年以上前だぞ!?」



 俺とフィナがわちゃわちゃと話していると、レングが怠そうな顔で顔を出す。


「おーい、魔物の群れが出たから手伝ってくれ。俺の魔力は温存しないとダメなんだろ? って……はあ……俺は真面目に働いてるのに、俺を巻き込んだ弟が女の子二人を侍らして鼻の下を伸ばしてる……」

「侍らしてもなければ鼻の下も伸ばしてない。というか、レングも婚約者とかいるだろ」

「いや……あんまり仲良くないしなぁ。ほら、頼んだぞ」


 体を起こして荷馬車から退いて、指先から氷を生み出してそれを燃やすように異能を使う。


 現状、大したことは出来ないが異能の燃料にして威力と持続性の足しにぐらいなら出来るか。


 火炎を纏わせた氷の礫をぶん投げて魔物を仕留める。何匹かを倒したあと、残りは弱らせる程度に留めて冒険者達の手柄にする。


「ふう……そろそろ休憩だな」


 そんなことを呟きながら考える。


 建築や仲間集めをしながらの旅だ。

 普通よりも遥かに時間がかかるだろうし、それの間に魔法と異能の練習をして少しでも個人としての戦力を上げておくか。


 魔法や異能による特別性と出自による権威をアピールしたが、やはり冒険者は戦闘に従事している者が多いので強さを見せつけた方がいい。


 ……もっと前から魔法を習っておけばよかったな。


 いや、まぁ、少し前まではもう少し体が育つまでは大人しくする予定だったんだから仕方ないか。


 ……あれ、そういや、なんでこんなに急いでいるんだっけ。

 別に、ゆっくりやればいいだけで……こんな無理な日程を組む必要もなかったはずなのに。


「総統? また疲れちゃいましたか?」


 ひょこり、と、俺の傍から顔を覗かせるモノを見て、自分自身に感じていた疑問が氷解する。


 モノの頭を撫でて、街道を真っ直ぐに遠くを見据える。


「……ああ、なんだ、そういうことか」


 俺がそう呟くと、モノは不思議そうに俺を見つめていた。

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