津月凛音に似ていない⑦
物珍しさからか、それとも自分に利益があると踏んだのか、単に人が集まっているからか、少しずつ俺たちの周りに人が集まっていく。
「俺の立場は悪いものじゃないが、三男で、上に兄が二人と姉が一人いるからな。将来的にここの土地を継ぐことはないだろう。……だが、俺はここが好きだ。最高の場所だと考えている」
思ってもいないことを口にすると別の酔った男から「いいぞ坊主ー!」と囃されて、軽く手で返す。
「その土地を守る戦士が傷つき減る事は耐え難い。騎士よりも兵士よりも、この土に近い戦士に、ほんの少し、微力ではあるが、俺に許された短い時間を使いたい……!」
俺は立ち上がり、それから俺の話を熱心に聞いていた男に目を向ける。
「あなたはどうだ。もしも仲間が傷ついたとき、あなたが助けられるところにいたら。そうだろう。助けたいはずだ」
息を吸って、煽るような言葉を意図しながら使って話を進める。
冒険者達が俺の話を聞いて、肯定的な話をし始めたらそれが周りにも聞こえるように俺の声を少し小さく、否定的な話をしているときには少し大きく。
身振りや指先、目線などを使って誘導していき、全体的な空気を俺にとって都合のいいものに変えていく。
頃合いだな、と、息を吐く。
「──と、まぁ、色々と語ったが、そういうことをしたいと思っている」
ケリーに目配せをすると、彼は仕方なさそうにパチパチと拍手をし、それに釣られてこの場にいる冒険者が歓声と拍手を俺に送る。
「俺ひとりで実現出来ることではない。だが、この件において、尽力することを誓おう」
騒ぎの中、話を聞いたいたギルドの職員に目を向ける。
「これは慈善事業となるため一時的には金と人手がかかるが、大勢で移動するとなると道中で出来ることも増える。道中にこなせる依頼を俺たちで受注するだけ受注して、こちらの都合で話を持ちかけることになるから安値にはなるだろうが商人の仕入れやらなんやらの護衛なども引き受けたりしたらその分の代金で多少は賄えるだろう」
息を吐いて、ゆっくりと吸う。
「多少の補填は出来るが、赤字な上に骨が折れるだろう。俺の言っていることは、自分の利益なんてかなぐり捨てられる馬鹿な男がやることだ。……ここに、そんな馬鹿な男はいるか?」
酔いと熱気に乗せられた威勢のいい返事に満足する。
「作戦の始動は丁度一週間後だ! 遅れるなよ? 遅れたら走って着いてこい! 具体的な話は明日と明後日にまたくるから、興味がありそうな仲間や商人を連れてきてくれ! 頼んだぞ! 愛すべき馬鹿ども!」
と、言ってからぐいっと飲み物を飲み下して、モノの手を引いてギルドから出る。
俺も自分で作った空気に少し熱くなってしまった。少しクールダウンするためにゆっくりと歩いているとモノが不思議そうに俺を見る。
「すごかった……けど、作戦とは、違ったんじゃないですか?」
「いや、これでいい。元々、この街だけで十分な戦力を集めるのは無理だからな。道中のギルドにも寄って、人を集めながらモノが住んでいた街に向かう」
「……大丈夫、です? その……怒られません?」
「流石に騙して戦わせたりはしない。実際、道中に小屋があればそれなりに安全になるのは間違いないしな。それだけして帰っていくやつがいても構わない」
モノは不思議そうにこてりと首を傾げる。
「レングが出したのは街を救うのに十分な条件を揃えろって話だろ。んで、俺とレングは強いけど、たくさんの魔物と戦うのに何度も別の街に戻って休んだり、疲れの取れない野宿を繰り返したりしても難しいという話だ」
レングが出した条件はとにかくたくさんの戦士を集めろという話ではなく、もっと単純に成功の道筋を立てておけというだけのことだ。
「だったら、戦場となる港町の近くに砦があればいい。彼らが直接戦わなくとも、大人数が小屋の建設を進めていれば、建設してるやつに見張りを任せてそこで寝かせてもらったり飯の用意をついでにしてもらうだけで疲れは取れるだろ。下手に大人数を集めるのよりも、砦代わりになるものがあった方がよっぽど戦いやすくなる」
まぁ、もちろんのこと、一緒に戦ってくれるというやつがいれば協力を頼むし、場合によってはそのまま組織に勧誘するのもいい。
「道中に小屋を建てていくのも、魔法などを使った建築のノウハウを積み立てにもなるし、さっき話した通り冒険者たちのためにもなる。完全に彼等の自由意思の元、俺たちだけではなく彼等の利益にもなるようにするから、そこは気にしなくて大丈夫だ」
「む、むぅ……?」
まぁ、一番の問題は……どうやって家を建てるかなんだよな。完全にノープランである。
金に関しては、途中に寄る街のギルドで、地龍の討伐報酬をもらえばいいのと、明らかに「俺と揉めたくない」という様子を見せていたのでいい感じに大金を借りることも難しくないだろう。
あとは俺自身の身はそれなりに信用のある身分なのでそれを担保にしたり、魔法の研究者相手に売り込むという手もある。
まぁ、けれど、一番金を集められるのは……。と、考えていたところで、後ろからパチパチという拍手の音が聞こえて振り返る。
「素晴らしい。ああ、先程の演説を聞いていましてね。アストロ家の三男は傑物と聞いていましたが、これほどとは」
背の曲がった小柄な男。
日に焼けた様子のない蒼白に近い不健康な肌と、ギョロリと浮いた目。
隠すつもりのない胡散臭さと煙草の臭い。
「坊ちゃん。失礼ですが、お困りのことがあるようでしたので声をかけさせて……」
胡散臭い男が俺に何かを言おうとしたとき、それを遮って口を開く。
「ああ、やっときたか。案外小心者なんだな」
「……やっと?」
「用件は分かっている。俺に金を貸しにきたんだろ?」
一瞬、男の表情が固まる。
「……これはこれは、流石ですな。……どうして分かったのか、後学のために聞かせていただいても」
「この街には今日初めてきたんだが……路上生活者がいなかったからだ。だから、お前が俺のところに来るだろうと思っていた」
「……はい?」
男は素っ頓狂な声をあげて、ぱちりぱちりと瞬きをする。
「街が壁に囲まれている以上、家に住める人数は決まっていて、あぶれた奴は当然路上で暮らすか隣の街に移動するような形になるだろう。他の街でもそれなりに見かけたのに、ここにはいない。自然のままならいてもいいはずなのに。ということは、まぁ不自然な力が働いている」
男は俺の言葉を黙って聞く。
「人が殺されていると考えられるのに、治安自体は悪くない。となると、まぁ組織的に人殺しをしている奴がいるのだろうことと、それによって金を得ていること、本来ならバレて捕まっているはずが継続して行っていることから衛兵などに賄賂を送って黙らせていることが伺える」
あくまでもただの推測。
当たっているとは限らなかったことを、カマをかけて男の反応を見てそれが正解であったことを悟る。
「家に住むための殺人の請負によって金を稼いでいる。そんな奴がいる街に、権力者の子供……しかも冒険者のような日雇いの人間の暮らしに対して目を向けているとなると、賄賂やら殺人やら、まぁ後ろ暗いことがバレる可能性が高い。となると、まぁ流石に領主の子供を殺すのは難しいから説得……仲間に引き込むのが常道だろう。それでその子供が金に困っている様子となると、金を貸して繋がりを作るのが賢い選択だ」
男の反応を見れば一目瞭然……全部正解らしい。
俺の背後に控えていたケリーが動こうとするのを手で制すると、ケリーは信じられないものを見るように目を見開いて俺へと向ける。
「吐き気のする邪悪だ。金を借りている相手を捕まえたとなると、事情はどうあれど俺の信頼は完全に失墜する。正体を隠して金を貸して身を守るつもりだったのだろう」
「っ…………!」
男の目が路地裏の方に向いたのを見て、男がそちらに走り出したのと共に俺も走り、男を引っ捕まえて地面に押し倒す。
「目論見がバレたとなると、すぐさま逃げる。いい判断だ」
「くっ……」
俺はニヤリと笑いながら男を見下ろす。
「お前はどうしようもない悪党だ。……が、今は金がいる。ツテもいる。人手もいる。猫の手よりも汚らしいが……いいだろうよ、俺がお前を使ってやる」
見下ろす。見下す。見下げる。
「ありがたく思え。お前から金を借りてやる。ありったけだ。明日までにお前が使える金と、お前が借金してこれる金を全部俺に貸せ。……少しの間だか、捕まえずにいてやる。首輪は付けさせてもらうがな」
男は息を飲み、それから呼吸も忘れたように、カクカクと頭を頷かせる。
「わ、分かった。分かった」
「一応言っておくと、逃げてもいいぞ。まぁ、逃げたら使えないやつだと判断はするが」
「あ、ああ、に、逃げない。分かってる」
「……いい子だ。ああ、殺人やらなんやらは禁止だ。ああ、とりあえず、大工やらに仕事を頼むために見せ金が欲しいから拠点に案内してくれ。今日はあるだけでいい」
男はカクカクと頭を頷かせる。
……案外素直だな。
いや、違うか。目的自体は達成出来たので抵抗しない方が得だと判断しただけか。
モノの方を見るとどういうことを話していたのか分かっていないのか、ついていけていなさそうな表情をしていて、ケリーの方を見ると俺を化け物が何かのように恐怖と嫌悪が混じった目をしていた。
「坊ちゃん……いや、ローレン様……あなたはいったい、何なんですか」
「いつも言っているだろう。「悪の組織」……その長、グラスフェルトだと」
俺は悪党どもを束ねる最悪の存在だ。
……正義の味方ではない。こういうやつも、利用出来るだけ利用する。
決意は揺らがない。
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